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4. 殿下との対面へ
しおりを挟む室内がザワついている。
なんで? どうして? どういうこと! 地味女だけが残る?
などなど……
今にも射殺しそうな目で睨まれて私は貴族令嬢の怖さを知る。
(に、睨まれているわ。まるでジュリエッタがたくさんいるみたい……)
そんなことを頭に思い浮かべながら、この騒ぎをどうするつもりなのかと案内役の男性に視線を向けた。
でも、彼は淡々とした口調でお帰りを……と繰り返すだけだった。
「メイウェザー子爵令嬢以外の方々、お気をつけてお帰りください」
男性の取り付く島もない様子に令嬢たちが明らかに機嫌を損ねてムッとしている。
それでも男性は顔色一つ変えずにひたすら案内するのみ。
徹底している。
「出口はあちらでございます」
「~~~っ」
「どうして……!」
「まだ何もしていないのに!」
「子爵令嬢ですって? あれが良くてわたくしが駄目な理由は何ですの!」
令嬢たちの文句は続いていたけれど、その質問の答えはもらえずに半ば強引に部屋から追い出されていた。
「……」
私はここまでの光景を一言も発せず、呆然と見ていた。
すると、令嬢たちを追い出した男性がくるり振り返ってじっと私を見てくる。
その視線は何かを確かめているような感じがした。
「メイウェザー子爵令嬢は顔色一つ変えずに冷静のようですね」
「……いえ、そういうわけでは……ない、のですが」
驚いて声が出ていないだけです。
あと、“ジュリエッタ”と呼ばれることに慣れなくて反応が遅れただけです。
とはさすがに言いづらい。
「……レジナルド殿下は現在、かなり精神的に落ち込んでおられます」
「え?」
「元々は優しく穏やかな性格の方ですが、事故のショックで心を塞いでいる今は人を気づかうような心の余裕がなさそうなのです」
「……」
「そんな殿下の元で騒がしくされるのはこちらとしても困りますので」
(なるほど……)
柔らかい言い回しに変えてはいるけれど、要するに今、心が荒んでいるレジナルド殿下は理不尽な要求も突きつけて来るぞ、と言いたいんだわ。
「だから、私たちを試したのですね?」
「え?」
「わざわざ集めた令嬢たちを同じ空間に待機させて、何の連絡もよこさないまま暫く放置。そして別の部屋から私たちの反応を見ていたんですね?」
「メイウェザー子爵令嬢……」
どんなに取り繕っていても、ああいう時に人の本性というものは出てしまうものだから。
こういう騙すようなやり方は決して褒められたことではないけれど、今回のように志願者が殺到していたらふるいにかけるのは当然。
それを提出された身分や肩書きで決めるのではなく、人柄で決めようとした。
それだけのこと。
(身分関係なしにバンバン落とされていたのはこういうことだったのね?)
落とされた令嬢たちは理由を分かっていなかった。
そして、何もせずに帰らされたなんてプライドの高い貴族令嬢たちは口外しない。
だから、次の令嬢たちも何も知らずにやって来る……と。
「あ……それから、わざと煽り役の令嬢を置いていましたよね?」
「なっ!」
そこで初めて案内役の男性が動揺した。
この反応は当たりかしら? と思った。ちょっと嬉しい。
「ああいう場で誰かが言い出した最初の一言って重要ですよね? 釣られちゃいますから」
「それは……」
「皆が騒ぐ中、最初に一言だけ文句を口にしたあとは静かに黙りこんでいた令嬢がいました。少し不自然だなと思って見ていたのですが」
「……」
「でも、一つだけ分からないことがあります」
私のその言葉に男性は不思議そうな顔を向けた。
「確かに、皆が騒ぎ出す中、私は黙って静かに人間観……いえ、成り行きを見守っていましたが、他にも文句を口にせず耐えていた令嬢もいたと思うのですが?」
何も全員が全員文句を言って騒いでいたわけではない。
いったい彼女たちと私の違いはなに?
そう思ったら男性は静かに口を開いて説明してくれた。
「……ここは舞踏会でもパーティー会場でもありません」
「え?」
「我々はこれからの殿下の世話……看病を手伝っていただける方を探しているのですから」
「あ……」
私の反応を見て男性は静かに笑って頷いた。
そして最後にチクリと一言。
「そもそもあんなに綺麗に着飾っても、今の殿下には何も見えていないんですけどね」
「……あ」
(確かに!)
「───それでは行きますよ。次は殿下と対面してもらいます」
「!」
さすがにその言葉には緊張する。
「それから、このあなた方を試すような真似をしたのは我々、使用人の独断です。レジナルド殿下の命令ではございません」
「……」
男性は最後に、応募者が多すぎるんですよ……という本音もチラッと零していた。
そして、とうとうレジナルド殿下との対面の時。
しかし、何故か案内役の男性は王宮の外に出てしまう。
(どうして外に?)
そう思いながらついて行くと庭を進んだ所に別の建物が現れる。
「こちらの離宮で殿下は療養されています」
「……」
私は上を見上げる。
そびえ立つこちらの建物はかなり年季が入っているように感じた。
「王宮の部屋にいると周りが騒がしくて嫌だということでこちらに移られました」
「ああ……」
何となく理解出来た。
レジナルド殿下は目が見えなくなっている分、耳が敏感になっている。
それでは確かに人の出入りが多そうな王宮では落ち着かない。
「……やはり、メイウェザー子爵令嬢はあまり動じておられないようですね?」
「……」
「先日こちらに案内された令嬢は離宮の古さに何かが出そうと怯えていましたよ?」
「……!」
それは聞きたくなかった。
(緊張する……)
そして、離宮にそっと足を踏み入れとうとうレジナルド殿下の部屋の前までやって来た。
この離宮は中に入ってみると外見で感じたよりも古さを感じなかった。
それよりも。
この向こうに王子様という存在が……!
そう思うとさすがに足が震えて来た。
(まさか、没落貴族の私が王子様と対面することになるなんて)
そして、ここに来るまでの間、色々失敗したと反省した。
そう。
こんなことなら転ぶ覚悟であの派手なドレスを選べば良かった……と。
そうすれば今頃は帰りの馬車の中だったのに!
嘆いても仕方がない。
ここまで来たなら、雲の上の存在な王子様の姿を一目だけ見て帰ろう!
そう思った。
「──失礼します。殿下、本日の世話係希望の令嬢です」
「メイウェザー子爵家のジュリエッタ・メイウェザーと申します」
「……」
(……あ)
最初に思ったのは薄暗い部屋だわ、だった。
建物の古さや位置に問題もあるかもしれないけれど、これでは気が滅入ってしまいそう。
それとも見えない殿下にはそんなことすら関係ないのかしら?
そして私は中央のベッドにいるレジナルド殿下に視線を向けた。
(わー……多分、美形!)
目元が包帯で覆われているのではっきりした顔は分からないけれど、整った美形なのだろうということは予測がつく。
子供の頃にお母様に読んでもらった絵本の王子様を何となく思い出した。
「……いったい、もう何人目だ?」
レジナルド殿下は深いため息と共にそう口にされた。
うんざりとしている様子が私にも伝わって来る。
(───これはいい傾向ね!)
このまま必要ない、そう言ってさっさと追い返してもらいましょう。
「私、殿下のお力になれるように頑張りますのでぜひ、よろしくお願いいたしますわ」
ジュリエッタ……ジュリエッタ……私はジュリエッタ。
リネットとしてではなく、ジュリエッタにならなくては、と思いながら挨拶の言葉を述べた。
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