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44. 悪役にされた令嬢と令息による王子との最後(?)の戦い

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「シャル……コホンッ、アーベント公爵令嬢、いい加減に目を覚ませ!  君が本当に好きなのはそこの男ではなく、わ」
「──ディライト様です!」
「っ!」

  私はジョーシン様のその言葉に被せるようにして答えた。
  ジョーシン様は面食らったような顔をしているけれど、目を覚ませも何も私からすればこの人にだけは言われたくない。

  その後、気持ちを立て直したのか、ジョーシン様はギリギリと唇を噛み苦々しい表情を見せた。

「だから違う!  ディライトではない!」
「違いません!  何度言えば分かってくれるのですか?   ジョーシン様はそんなに私の事が嫌いすぎて、嫌がらせをしたいのですか?  だから私が幸せになる事が許せないのですか!?」

  なんて悪趣味なのかしら!  酷い!

「…………そうだな、許せん」
「!」

  ジョーシン様がはっきりとそう口にした。

  (やっぱり……!)

  私の方がその発言が許せなくて、ジョーシン様を睨む。

「だって、許せるはずがないだろう!  君はずっとずっと私に一途だった!  ……それなのにちょっと浮気した程度で臍を曲げて他の男と幸せになると言うなんて許……」
「ちょっと浮気?  あれがですか?  殿下にだけは言われたくない発言ですね」
  
  ディライト様が優しく私を抱き寄せながら、ジョーシン様に向かって口を開いた。
  声はとても冷たいのに顔はにっこり笑顔のまま。

「私はあの女に、操られていたんだぞ!」
「でも、操られる前からあんな女を一度は可愛いと思ったんですよね?」
「……ぐっ!」

  ディライト様のその言葉にジョーシン様は悔しそうな顔をする。
  何を言っても同情を誘おうとしても無理。
  ジョーシン様が操られる前に、イザベル様に浮気心が働いた事は事実なのだから。

「そんな事より、シャルロッテは怒った顔も魅力的だ」

  ジョーシン様と睨み合っていたはずのディライト様が、突然うっとりした顔を私に向けながら、そんな事を言い出した。

「へ?  ディライト様?」

  (急に何の話??)

「あぁ……うん、可愛い」
「え??」

  ──チュッ

  私の額にキスを落としながらディライト様は続ける。

「いくら可愛くても俺はシャルロッテを怒らせたくはないから、シャルロッテの怒った顔を見せてくれた殿下には感謝だな」
「なっ!  貴様!!」
「だって殿下のようにシャルロッテに怒られて嫌われたくなんかないですからね」

  ディライト様はにっこりと笑ってジョーシン様に向かってそんなことを言う。
  これはわざと挑発しているのかしら?

「…………貴様!  本当にいい性格してやがる!」

  案の定、ジョーシン様はその挑発に乗って来た。

「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてなどいない!!  貴様はミンティナの婚約者だった時は大人しかったではないか!  何があってそうなった!?」

  ジョーシン様は真っ赤になって怒り出した。

「殿下。俺は本当に大事な人の幸せの為なら、何だって出来るんですよ。貴方に逆らったり、王族を潰そうとしたり、ね」
「!!  ……ミンティナは!」
「ミンティナ王女は……そうですね。俺の手で幸せにしたい……ではなく、どうぞ自分で幸せになってください、と思っていましたね」
「貴様!!  完全に他人ごとではないか!」

  ディライト様の飄々とした様子に、ジョーシン様は完全に翻弄されていた。

「ははは、確かにそうですね。では、殿下は?」
「は?」
「殿下はシャルロッテをどうしたかったのですか?  貴方の手で幸せにしたかった……ですか?」
「!!」

  その問いかけにジョーシン様が言葉に詰まる。そしてワナワナ震え出した。

「……幸せ?  私の手でシャルロッテを幸せに……?」

  (ジョーシン様はそんな事、考えてくれていなかった気がする)

「俺はシャルロッテをこの手で幸せにしたい。そして、二人で幸せになると決めている。だから、その証も贈りました」
「……証だと?」

  そう言ったジョーシン様がハッとして私の指にはまっている指輪に視線を向けた。

「……その指輪は!」
「俺からシャルロッテへの愛の証ですね」
「……くっ!  何が愛の証だ!  そんなもの外してしまえ!  指輪が欲しいなら私が贈ってやる!」

  そう言ってジョーシン様が無理やり私の手を取って指輪を奪おうとする。

「……嫌!  あなたからの指輪なんか要りません!  意味が無いもの!!」
「俺のシャルロッテに触るな!」

   私とディライト様が叫んだのはほぼ同時だった。

「何故だ!  今からでも遅くは無いはずなんだ!  かつては私の事を深く想ってくれていたのだからな!!  そうだろう!?」
「いえ。もう、遠い遠い昔の話です」

  ジョーシン様が何処に根拠があるのか分からない事を言って来たので、私は即座に否定する。
  不思議な事にあの8年間は、もう私の中で霞んでいる。

「ほら、シャルロッテもそう言っています。なのでどうぞこのままシャルロッテとの事は思い出……いや、そうですね……いっその事、記憶喪失になって欲しいくらいですね」
「なっ!  記憶喪失……だと!?」

  ディライト様は、思い出にする事も許したくないらしい。

  (思っていた以上のヤキモチ焼きなのね)

  そんな目でディライト様を見つめたら、
  
「あぁ、ごめん。他の人はシャルロッテを思い出にするくらいなら、仕方が無いかなと目を瞑れるけど殿下だけはどうしても許せないんだ」
「婚約者として過ごした8年間があるからですか?」

  私が訊ねるとディライト様が苦笑した。

「そうだね。もっと早く俺がシャルロッテに会えていれば……」
「いえ、このタイミングで良かったんです」
「!」

  私が微笑んでそう答えるとディライト様も優しく微笑み返す。

「一緒に婚約破棄されて……悪役にされた私達だったから、今があるんです」
「シャルロッテ……」
「……ディライト様」

  お互い気持ちが盛り上がった私達はジョーシン様の目の前だという事も忘れて、そっとそのまま唇を重ねる。

「~~~!!!?!?」

  視界の隅で何かが暴れていた気がしたけれど、すぐにその存在を忘れてしまい、目の前のディライト様しか見えなくなる。

「……好きだよ、シャルロッテ」
「わ、私もです!」

  ディライト様が抱きしめてくれたので、私も笑顔で抱きしめ返す。
  そうして、私達は何度も何度も互いへの愛を囁きあってたくさんキスをした。





  (あれ?  そう言えば何かを忘れているような……)

  ──そうだったわ!  ジョーシン様!  私ったらジョーシン様の目の前で──……

  (……?  でも、静かだったわね??)

  そう思って辺りを見回すと、絶望の表情をして真っ白になったジョーシン殿下がガックリと膝をついていた。

「……私のシャル……初めてのキス……夢……奪われた…………見た事ない笑顔……ふわふわ」

  何やらブツブツ呟いていて怖い。

「シャルロッテ……」
「?」

  ディライト様がそっと私の耳を塞ぐ。これは、雑音だから聞くなという事ね。
  私は無言で頷いた。
  私の耳が塞がれた事を確認したディライト様は、最後にジョーシン様に向かって何かを言った。

  (…………?)

  その言葉に何か大きなショックを受けた顔をしたジョーシン様はそのまま項垂れ遂に大人しくなった。
  ディライト様が私の耳を塞いでいた手を離しながら言う。

「行こう、シャルロッテ。殿下はもう終わりだよ。あれはジョーシン殿下の面の皮を被った、ただの抜け殻だ」
「……抜け殻……」

  確かにそんな表現がピッタリだと思った。



──


  再び王宮の廊下を歩きながら、ディライト様に訊ねる。

「最後、何を言ったのですか?」
「うん?」
「ジョーシン様に。あれがトドメだった気がしました」
「あぁ……」

  ディライト様はにっこり笑って言った。

「……貴方の気持ちは永遠に届きません、たくさん後悔するといいですよ……って言った」
「……?」

  よく分からなかったけれど、何となくもうジョーシン様がこの先、私に絡んでくる事は無いような気がした。




   ───そうして、私達はようやく、ディライト様を呼び出したウラバトール侯爵達の元に辿り着く。

「あぁ、二人揃って来てくれたのか。これは話が早い」

  連日、話し合いや取調べを行っている彼らには疲労の色が濃い。相当、お疲れの様子。
  また、部屋の中を見回すと……

「!!」

  私はギョッとした。

  (陛下と王妃様が部屋の隅に追いやられている……!)

  完全に縮こまっていて、小さくなっている。もはや、王としての威厳など何処にも無い。

  (これは……)
  
  この国の未来の行く末が見えた気がした。

「……本日、ディライト殿に来てもらったのは他でもない。この度の騒動の諸々の処罰、処遇の決定について。それからこの国の今後の事についての話があったからだ」
「はい」

  ディライト様がギュッと私の手を握って来たので、私もしっかり握り返す。

  (一人じゃないよ!  って気持ちが繋いだ手から伝わるといいのだけど)

  そんな事を思っていたら、反王政派の筆頭、ウラバトール侯爵様がじっと私達を見つめて言った。

「ディライト殿、そしてシャルロッテ嬢……すまないが……二人に頼みがある……」

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