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36. 悪役にされた令息は、再び王子を追い詰める
しおりを挟む───あの男爵令嬢が配っていたクッキーの中から本人すらも知らない成分結果が出ている!
ディライト様がもたらしたその結果は会場にいた多くの人達を震撼させた。
おそらく大きく反応している人達が、クッキーを食べた心当たりがある人達。
……それは、もちろんこの人も──
「……イザ、ベル……!」
「ひっ!?」
私は、長い間、この人の婚約者でいたけれど、こんなに低い声を聞くのは初めてかもしれない。
私に婚約破棄を告げた時でさえ、こんなに恐ろしい声ではなかったのに。
「お前は……王族……いや、次期王となるはずの私に何を食べさせた……?」
「え! だからクッキー……い、いえ、わ、私は……」
「イザベル! お前が言い続けていた“真実の愛”は偽物だったという事じゃないか!」
「で、殿下……だって、私……なんでぇ……」
イザベル様は媚薬と幻覚剤の成分の事は心当たりが無くても人を“魅了”する力を込めていた事は自覚があるのではっきりと否定出来ずにいる。
その様子は、ジョーシン様を始めとしたクッキーを食べた事のある人達を大いに刺激したらしい。
一斉に「ふざけるな」という冷たい目でイザベル様を見ていた。
(まさか、これって……)
「……ディライト様……」
「うん……ミンティナもそうだったけど、力が……解けて来たんじゃないか?」
「そんな気がします……」
ディライト様がそっと私を抱き寄せる。そして、ふぅ……と小さく息を吐いた。
「……正直、証拠としては足りないかもと危惧していたんだけどな」
「そうですね。でも、その前にたくさん自ら墓穴を掘ってくれていたので周りもすんなり受け入れてくれたみたいです」
「あぁ」
最悪、イザベル様に魅了された人達が彼女を擁護するなんて展開も考えていたのだけど。
(ジョーシン様との空気が微妙になっていて、更にはディライト様に狙いを変えるなんて発言したのが大きかったのかも)
「……ディライト様が取られなくて本当によかったです」
私はとにかく安心したので微笑みながらそう口にする。
「……」
「ディライト様?」
「シャルロッテ……そ、それは、その言葉の意味は……」
「はい?」
「……」
ディライト様は何故かそこで黙り込む。
だけど、ディライト様はそのままもう片方の手でそっと私の頬に触れると優しく撫でられた。
(ふふ、擽ったい……)
擽ったかったせいで思わず笑がこぼれた。
「…………かっ! うん、無理だ! 俺の理性は旅に出た。よし、シャルロッテ! さっきの続きを──」
と、ディライト様が言いかけた時、
「冗談じゃないわよ!! どうしてよ! 何で私が責められるのよーー!?」
イザベル様のそんな叫び声が響いてくる。
「私はこの世界の主人公なの! ヒロインは何してもハッピーエンドが約束されているんだから! こんなのおかしいわ!」
そんなイザベル様の叫び声にジョーシン様も苛立った様子で答える。
「ひろいんだか何だか知らないが、お前が私を弄んだ事は事実だろう!」
「なっ! 人聞きの悪い事を言わないで下さい! 噂の可愛い私に会いたいって最初に言ったのは殿下です!!」
「か、可愛いと言うのは……本当に可愛いと言えるのは…………くっ」
「……殿下?」
突然、苦しそうな顔をしたジョーシン様は「可愛いのは……」と何度も口にしながら何故か私の方に視線を向ける。
(何で私の顔を見るのかしら?)
「この場で誰よりも……私が……可愛いと思うのは…………」
ジョーシン様が頭を抱えたその時だった。
「シャルロッテ。これ以上、殿下の顔を見ていたら、君のその美しい瞳が腐ってしまうよ? だから見てはいけない」
「え?」
(腐るですって??)
そう言ってディライト様は私の顔を自分の胸に押し付けるようにして抱え込む。
「……ディライト! 貴様! 何をしている!」
「ちょっと! 何してるのよ! 目を離したらまたイチャイチャ……いい加減に離れなさいよ」
すると何故かジョーシン様とイザベル様が怒り出す。二人に怒られる意味が分からない。
「その“ふわふわ”は私の物だ! 私だけが知っていた! 返せ!!」
「お断りします。だって、あなたは“ふわふわ”が好みでは無かったのでしょう?」
「違っ……そ、それはっ!」
ディライト様のその言葉にジョーシン様が焦り出す。
「殿下、どんな理由があったにせよ、シャルロッテをあんな公の場で辱めた事は殺しても殺し足りないくらいですが」
「なっ!?」
(何だかディライト様が物騒な発言しているわ!?)
私はハラハラした。
ジョーシン様の事はどうでもいいけれど、ディライト様が罰せられてしまうのは嫌!
そんな私の気も知らず、ディライト様はギュッと私を抱きしめる。
「ですが、それがあったからこうして、可愛いふわふわと出会えました。そして今、俺の腕の中にはこんなにも可愛いふわふわがいる……」
「ディライト様……? 話がよく見えないのですけど?」
「……」
ディライト様は軽く微笑むと、チュッと私の頬にキスをする。
「!」
「殿下、知っていますか? シャルロッテのこのほっぺたはモチモチしているんですよ?」
「モチ……だと?」
「ええ。まぁ、残念ながら殿下はこの先一生触れる事は無いと思いますがね」
チュッ……とディライト様がもう一度私の頬にキスをする。
「ん……」
「シャルロッテ……君は可愛いよ」
ディライト様の甘い言葉にクラクラする。
(擽ったいけれど……幸せ)
「……ありがとうございます」
嬉しかった私はディライト様にそっと微笑んだ。
「ぐっ……かっ!」
「ははは、殿下……可愛いでしょう? あなたはこの笑顔を自分だけのものにしたくて酷い嘘をついた」
「……っ」
「その気持ちはとてもとてもとてもよく分かります。ですが、俺はそんなのは愛とは認めない!」
(ディライト様……??)
「俺なら大事な人にそんな窮屈な思いはさせない! どんな男が現れても俺を一番に思ってもらえるように自分を磨くだけだ」
「……自分を……磨く……だと?」
「どんな魔が差したのか知りませんが、あんな女にフラっと靡いた時点であなたはシャルロッテを裏切ったんだ! 二度と彼女のこの手に触れる資格は殿下にはありません」
ディライト様のその言葉にイザベル様が「あんな女って、何よ!!」と叫んでいるけれど、誰も見向きもしない。
誰からも省みられなかったイザベル様は「何で無視するのぉ……」と、どんどん萎んでいった。
「ですから、たった一人の愛する女性も、幸せに出来ない殿下にこの国は任せられないと思うんですよ」
「…………っ」
(あ……! ディライト様がジョーシン様に王位継承権の放棄を勧め始めた……!)
「どうぞ、俺に任せてあなたはそこの真実の愛の相手だった女と仲良く過ごされては?」
「ふ、ふざけるな! どちらもお断りだ!! 真実の愛なんてまやかしだ!」
ジョーシン様のその言葉でこれで本当にあのパーティーで告げられた“真実の愛”は消滅した。
(真実の愛ではなく、偽物の愛だったわけね)
そんなものに踊らされたのかと思うとやっぱりイラッとするけれど、ディライト様と出会えたから悪い事ばかりでは無かった……と自分に言い聞かせる。
ディライト様は暫く無言でジョーシン様を見つめた後、大きなため息を吐いた。
「それは残念です。ですが、そろそろハッキリさせましょうか、ジョーシン殿下」
「……!」
──決着の時は迫っていた。
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