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28. 悪役にされた令息は黒い笑みを浮かべた
しおりを挟むディライト様は固まったマルセロ様に向かって畳み掛けるように続ける。
「可愛いだろう? こんなにふわふわなんだ」
そう言って私のふわふわの髪に触れながら、くるくると弄ぶ。
「ふわふわ……」
マルセロ様はつられたように口にした。
その目はじっと私を追っていて、視線が何だか気持ち悪い。
「そして、可愛い可愛いシャルロッテはこうすると俺の腕の中ですぐに赤くなる」
「きゃっ!?」
ディライト様はそう言ってグイッと更に私を抱き寄せた。
突然、そんな事をされたので思わず変な声が出た。
「ディ、ディライト様……?」
「どうした?」
「……!」
ディライト様が甘~い瞳で私を見つめる。ドキドキしすぎて頭がクラクラした。
冷気はどこに行ってしまったの??
「あ、あの……さっきの……」
(その言葉は……)
「ふわふわ……抱き心地……な、何で……何でその言葉が……ドゥラメンテ公爵令息様から……出るんだ! そして、何してるんだよ!」
マルセロ様は私と全く同じ事を思ったらしい。
「ははは……愛しのシャルロッテを愛でながら常々自分が思っている事を口にしているだけなのに、どうしてそんなに驚く?」
「そ、それは……」
「……ふわふわと抱き心地が良い事が何か問題でも?」
「……っ」
「……」
「くっ……」
ディライト様は無言でマルセロ様を攻める。
そんなマルセロ様は完全に押されていた。
「プリマデント男爵令息殿。心優しい俺が最後に一つだけ忠告してやろう」
「……」
「内緒の話をする時はもっとよく周りを注意するべきだな」
「……うっ」
「俺は俺の可愛いシャルロッテに向けたあの時のお前の発言がどうしても許せなくてね……」
「ぜ、全部聞いて……」
ディライト様が(黒い笑顔で)にっこり笑う。
それで全てを悟ったマルセロ様はますます絶望的な表情になった。
「つまり、シャル…………うっ、コホッ、アーベント公爵令嬢が会ってくれなかったのは……僕の企みを全部知っていたから……」
マルセロ様は私の名前を呼びそうになって、ディライト様に睨まれて慌てて言い直していた。
(いや。こんな事にならなくても会う気なんて無いけれど)
彼はやっぱりまだ常識が分かっていないのだと思う。
「あぁ、そうそう。何やら君達、双子は不思議な“力”を持っているとか?」
「……!」
ディライト様はお前たちの秘密を知ってるぞ? と脅す作戦に出たみたいだ。
けれど、イザベル様に責任追求する前にマルセロ様に話してしまって大丈夫なのかしら?
私がそんな事を考えながらディライト様を見つめると、目が合った彼はまるでその考えを読んだかのように優しく微笑んで私の頭を撫でながら言った。
「大丈夫だよ。もうこの男はプリマデント男爵家に帰る事は二度と無いから」
「……なっっ!! 何を勝手な事を……!」
ディライト様のその言葉に反抗する様子を見せるマルセロ様。
でも、ディライト様は意に介さない。
「ははは、帰れるわけが無いだろう? その謎の“力”でこれまで髄分、好き勝手な事をして王族までも巻き込んで混乱を招いておいて何を言っている?」
「くっ……」
「安心しろ。お前の姉のおかげで色々考察も進んだ事だし、お前の姉も捕らえる準備は進んでいる。すぐに姉とも会えるさ」
「な……んで!?」
マルセロ様は、イザベル様がディライト様に渡したクッキーを成分解析に回した事など知る由もないので驚いている。
「……そう言えば、ディライト様。マルセロ様の“力”ですけど、今、この辺に香ってるこの匂いがそうなのでしょうか?」
そして、気の所為でなければ、確かに使用人が言っていたようにマルセロ様からは確かにこれまで嗅いだことの無い香りがする。
(香水か何かなのかしら?)
でも、香水にしてふりかけたにしては何かがおかしい。
最初に顔を合わせた時、マルセロ様からは何も香りがしなかった気がする。
香水を使った様子もないのに何故……今は彼から匂いがするの?
「だろうな……まぁ、色々と準備したけど、とりあえず嗅いでも変な気分にはならないな」
「……私もです。全くこの人に好意的な気持ちになりません」
これはやっぱり、マルセロ様に対して“好意”が無いからかしら?
それとも後から後からじわじわ効いてくるものなの?
その線も消えないのでまだ油断は出来ない。私はとりあえず鼻と口元を覆った。
「プリマデント男爵令息殿? お前から香ってくるこの匂いは俺達をどうにかして操ろうとしているのか?」
「な……! 匂いって、そ、そこまで知って!?」
マルセロ様が呆然とする。
この反応はやっぱりディライト様の推測は“当たり”で良いのかしら?
「何でだよ……この家の使用人達もそうだったけど、力が効きそうな片鱗すら見せない。いつだって皆僕らに見惚れるからこんな人達今まで居なかった……どうしてこうなったんだ……」
そう悔やんでいるけれど、どう考えても彼の敗因は中庭でペラペラと喋っていたせいでしょうね。
そして、この言い方。やっぱり彼に対して“好感”や“好意”があるかは重要みたい。
(完全にマイナススタートの我が家の使用人達からマルセロ様に好意があるはずないものね……)
「お前達の目的は何だ? 王家の乗っ取りか?」
「ち、違う! 姉さんも僕も……」
「何だ?」
「し、真実の愛で相手と結ばれれば……幸せなれる……から! ここはそういう“世界”なんだよ!!」
(全く意味が分からないわ)
その言葉に私もディライト様も呆れてしまう。
現実が見えていない人って、こういう事を言うのね。
「そんな得体の知れない力を使って人の心を無理やり歪ませておいて“真実の愛”も何も無いだろうに……」
「っ!」
マルセロ様は大きく項垂れた。
「…………僕をどうする気だ? このまま憲兵にでも突き出すのか?」
「結果的にはそうなるが……そうなる前に、もう少し聞きたい事もあるからな。ちょっと手伝って貰いたい事もあるし」
「な、何をさせる気だ……?」
怯えた様子のマルセロ様のその言葉にディライト様はにっこり笑った。
それは、これまでも何度か見た黒い微笑みの中でも一番の微笑みだった────……
────……
一方、ディライトへとターゲットを変更しながらも何一つ上手くいかなかったイザベルは……
「ねぇ、マルセロちょっと聞いて頂戴! 今日……」
屋敷に戻った後、マルセロの元を訪ねて今日あった出来事の愚痴を聞いてもらおうと、弟の部屋に入ったが誰もいない。
「あら? まだ戻っていないの?」
アーベント公爵家に毎日通っては門前払いされているので、だいたいいつもこの時間には屋敷に戻って来ているのに。
「……! まさか!」
ハッとしたイザベルは、そのすぐ後にニヤッとした笑顔を浮かべる。
「もしかしなくても、今日は公爵家に上手く入り込めたんじゃ……それで、ふふ……今頃あの悪役令嬢を……やるじゃないの!」
何故か自分の方は全くもって上手くいかなかったけれど、マルセロが上手い事やってくれれば……計画は上手くいく!
イザベルは喜んだ。
「やったわ! ふふふふふ、マルセロの帰宅が楽しみだわ~~早く帰ってこないかしら~」
────まだ、イザベルは知らない。
弟がディライトに捕まりもう家には二度と戻らない事。
そして、イザベル自身も浮かれていられるのは今だけ……という事を────
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