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20. 悪役にされた令嬢は自分の気持ちに気付く

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  (……ふぅ、疲れたわ)

  私は庭園のベンチにこっそり小さなため息を吐きながら腰を下ろした。
  そこにディライト様が心配そうな顔で私の顔を覗き込む。

「シャルロッテ、大丈夫?」
「え?」
「疲れたよね。ウラバトール侯爵とも随分長く話し込んでしまったし」
「え、ええ……」

  私達との話を終えたウラバトール侯爵は会場へと戻って行った。
  これで反王政派とも協力が出来て、ジョーシン様を蹴落とす私の復讐計画は順調なはずなのに。

  胸がモヤッとするのは───

「あとさ、気の所為で無いのなら、シャルロッテの顔が途中で曇ったと思うんだけど?」
「!?」
「ちょうど、侯爵が“ドゥラメンテ公爵夫人”の話をした辺り……かな」

  (バ、バレている!?)

  そう口にしたディライト様が私の頬を優しく撫でながら顔を上に向かせる。
  するとばっちりと目が合った。
  そして、ディライト様は私の目をじっと見つめながら訊ねて来る。

ドゥラメンテ公爵家我が家の女主人になるのはそんなに嫌?」
「……え?」
「嫌だから顔が曇った……?」
「……!」

  (いけない!  ディライト様が変な方向に誤解している!?)
   
  私は慌てて首を横に振る。

「ち、違います!  そうではなくて!  私は侯爵様の期待に答えられないのに期待されても……と思っただけです」
「期待に答えられない?  何で?  シャルロッテなら申し分ないのに」

  ディライト様が心の底から不思議そうな顔をして首を傾げている。
 
  (えぇ!?  何でそんな反応になるの?  ディライト様、偽装婚約の事を忘れてないかしら??)

「も、申し分もなにも……だって、わ、私達は、私達の婚約は……」
「シャルロッテ」
「んむっ!?」

  ディライト様の指が私の唇を塞いでしまい、その先を言わせてくれない。

「そんな大声でそれ以上口にしてはダメだ」
「……」
「……だけど、もしかしてシャルロッテのその可愛い顔が曇ったのは嫉妬だったりする?」
「!?」

  その言葉に胸がドキッとした。

  (嫉妬!?  嫉妬ですって!)

「俺の隣に別の女性がいる所を想像してそんな顔になった……とか?  あはは!  なーんて……」
「ど!  どうして分かった……の!?」

  私は思わずディライト様の服を掴んでそう口にしていた。

「ん?  …………えっ?  分かった……?」
「……あ」

  思わず反応してしまったわ。
  そうよ。
  私、侯爵様の期待に答えられないと思ったと同時に、将来ディライト様の隣に立つ女性を羨ましいとまで思ってしまった。
  見た目だけでなく、こんなにも素敵な人に愛される人は幸せだろうなって、羨ましいなって……そして、ずるいなって!

「シャルロッテ、ま、まさか……ほ、本当に嫉妬……え?  嘘だろう?」
「……っ」

  何故かディライト様の顔が赤くなる。そんな彼を見ていたら私の方までつられて赤くなってしまう。

  (は、恥ずかしい!  穴があったら入りたい!!)

「……」
「……」
「……シャルロッテ、顔を上げてくれ」
「……ディライト、様」

  私はそっと顔を上げる。
  すると、思っていた以上に真剣な瞳が飛び込んで来て、私の胸が大きく跳ねた。

「俺はシャルロッテの事に関しては単純なんだ……だから……その、勝手に期待してしまう」
「期待?」
「今は、シャルロッテの中で、ジョーシン殿下アイツよりも特別な存在になれているのかもって期待している」
「特別……」
  
  一緒にいてこんなに胸がドキドキするのは、もう特別なのだと思う。
  では、どういう特別?
  私は自分自身に問いかける。

  (一緒にいると安心して楽しくてドキドキして……でも、他の女性の事を思うと嫉妬して……)

  ずっと私が隣にいられたら……いいのに、と思う。思ってしまう。

  ───あぁ、そっか。
  こんなの……こんな気持ちを表わす言葉なんて一つしかないじゃない。

  (────好き……)

  ディライト様の事が…………好き。
  ジョーシン様に捨てられた時は確かにショックだったけれど、その後、二人のどんな話を聞いても冷静でいられたのは……復讐心が強かったせいだと思っていたけれど……

  (とっくに新しい恋をしていたからだったのね……)

「っ!  シャルロッテ……そんな瞳で見られると、俺はもう我慢が」
「いえ、ディライト様……私───」

  そう言って、私はディライト様に向かって手を伸ばした───その時だった。

「───あぁ、もう!  どうなってるのよ!  完全に変な空気になっちゃったじゃないの!」
「落ち着いてよ、姉さん!」

  (───この声は!)

  こっちに向かって来るその声に驚いて私は伸ばしていた手を引っ込める。

「……!」
「……」
  
  そして、私とディライト様は無言で見つめ合い頷き合う。
  この声は間違いなく、プリマデント男爵家の双子……イザベル様とマルセロ様の声だった。

  (二人も外に涼みに来た?)

  確かに私とディライト様が会場から抜け出した後、ウラバトール侯爵とかなり話し込んでいたから随分と時間が経っている。だから、彼らが外に出て来ていてもおかしくはない。

「……」
「……」

  私達は再び無言で頷き合いながら、二人に見つからないようにこそっと移動して茂みに隠れる。
  今、この場でこの二人と鉢合わせて会話するのはご遠慮願いたい。

  イザベル様とマルセロ様はそんな私達に気付かず、会話を続けていた。

「落ち着いてなんかいられるわけないでしょう?」
「姉さん……」
「理由は分からないけど、殿下達は目が覚めそうになってるし。今回は下準備の時間が足りなかったから、周囲の人達も魅了しきれなかったし……」

  (…………?  何の話?)

  目が覚めそう?  下準備……?

「あの日はマルセロアンタの体質を利用して、あの負け組達がパーティーにやってくる前に会場内の人間にかけまくったけど今回はね~……」
「……今日はすごく冷たい視線を向けられたよね」

  (あの日……って婚約破棄されたパーティーの事かしら?)
 
  イザベル様達はいったい何をかけまくったというの……?
  まさか、それがあの日、会場内の様子がおかしかった原因……?

「そもそも、ここまで話が進んだのだから、もう後はハッピーウェディングを残すだけのはずなのに、何なのよ!  実はまだ王太子じゃ無かった、とか!  そんなの聞いてない!」
「……」
「万が一、ジョーシン殿下が王にならなかったら私達はどうなるのよ?  それも、代わりに負け組あいつらが王と王妃?  冗談じゃないわよ!!」
「姉さん、落ち着いてよ」
「だーかーらー!!  これが落ち着けるわけが無いでしょう!?  あんただってミンティナ王女と添い遂げられないわよ?  私達はたかが成り上がりの男爵家なんだからね!」

  イザベル様は弟に向かってそう捲し立てる。

「それに……何なのあの二人……私達より、目立つとか信じられない……」
「びっくりしたね。僕が街で聞いたのもあの二人だったんだと思う」
「私は認めないわ!  あれは化粧を塗りたくったおかげでたまたまよく見えただけで、素顔はきっとブスに違いない!  ブスよブス!」
「姉さん……」

  (……?  これは私の顔の事を言っているのかしら?)

  今日のお化粧、今までに比べたらほんの少しなのだけど……これでも塗りたくった様に見えるのかしら?  難しいわね……
  あと、ディライト様がさっきから怒りに震えていてちょっと怖い。

「……とにかく!  私達の幸せの為に悪役なんかの好きにはさせないわよ!  その為に私達には“この力”があるのだから!」
「分かっているよ。僕らの“容姿”に見蕩れたり、“好意”を抱いた人には、とにかくたちまち威力を発揮する“この力”……だね」
「そうよ!」

  (……??)

  この二人は何の話をしているの……?

  ブルッと私の身体が震える。
  二人の得体の知れない感じからとにかく寒気がした。
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