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17. 悪役にされた令息は王女も追い詰めていく

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「嘘でしょう?  ……ジョーシン殿下!」
「……うっ」

  (ジョーシン様の様子が変……)

  イザベル様も何をそんなに焦っているの?

「……」
「シャルロッテ?」

  何だか得体の知れない不安が押し寄せて来て不気味で怖くなってしまい、ディライト様にギュッと自分から抱きつく。

  (様子は確かに変だけど──)

  ───確かに初めて見かけた時、私好みの可愛らしい子だとは思った……思ったから誘いにも乗った……乗ったが……

  ジョーシン様はそう口にした。
  好みだったからイザベル様の誘いに乗った、と。
  あの日、婚約破棄宣言をされた時、ジョーシン様は大勢の前で堂々と浮気宣言していたも同然だったけれど、こうもはっきり言われると……

  (本当に私はこの人にとって何だったの?)

  そんな気持ちにさせられる。
  婚約者として過ごした8年間も、ジョーシン様の好みだと思って信じて目指した大人っぽい私も。

「……シャルロッテ。大丈夫か?」

  ディライト様が優しく抱き締め返してくれながら訊ねてくる。

「すみません、何か色々ゴチャゴチャ考えてしまいました……」
「ゴチャゴチャ?」
「……改めてジョーシン様は浮気していたのね、とか、あのおかしな様子は何かしら……とか」
「……」
   
  私の言葉を聞いたディライト様が、ジョーシン様とイザベル様の方を見る。

「……浮気の話は今更だな。ミンティナも似たようなものだった。突然、社交界に現れた双子の姉弟が話題になった時に“会ってみたい”と言い出し俺に隠れてこっそり会いに行っていた」
「ミンティナ殿下も……?」
「俺への態度がガラリと変わったのもその頃からだ」

  ジョーシン様もだわ、きっと。
  イザベル様のお誘いに乗って私に内緒で会いに行って……

「婚約者だった私達にこっそり会いに行って……そこで“真実の愛”とやらを知って相手を好きになった、にしてはジョーシン様もミンティナ殿下もお粗末過ぎませんか?」
「……」

  二人共、真実の愛とやらを貫きたかったら、話し合いの場を設ければ良かったのに、わざわざあんな公の場で辱めた理由は……何?

 

「……マルセロ!」
「姉さん?」

  そんな事をディライト様と話していたその時。
  何故かイザベル様は弟のマルセロ様を呼んだ。

「こっちに来て?  殿下のみりょ……様子がおかしいのよ。一緒に見てくれる?」
「っ!  分かった!  ごめん、ミンティナ殿下。ちょっと行ってくる」

  名指しされたマルセロ様が、ミンティナ殿下に断りを入れてジョーシン様とイザベル様の元へと向かって行く。

「……?」

  (何で、わざわざマルセロ様を呼ぶのかしら?)

  それに、殿下の様子が変なのに護衛も誰一人として駆け付けないのね……
  パーティーや舞踏会であってもジョーシン様の周りにはいつもそれとなく人が控えていたはずなのに。
  まさか、誰もいないの?

  この短い期間で、色々な事がガラリと変わってしまった気がする。
  そう思った時だった。

「……ディライト!  貴方は一体どういうつもりなんですの?」

  (……ん?  この声は)

  後ろから声をかけられた。
  ジョーシン様とイザベル様の方ばかり見ていたから、近付いてきている事に気付かなかった。
  私とディライト様が振り返るとそこに居たのはミンティナ殿下。
  その顔は明らかに怒っていた。

「…………ミンティナ殿下、どうもご無沙汰しており」
「挨拶なんてどうでもよくってよ!  わたくしは、どういうつもりなのかと貴方に聞いているのよ、ディライト!!」
「……」

  ミンティナ殿下はディライト様の挨拶を遮って声を荒らげた。
  突然、やって来て“どういうつもりなの?”と問われても。

「……それは、俺がシャルロッテと婚約した事ですか?  そして素顔を晒した事ですか?  あなたの事ですから……両方ですかね?」
「そうよ!  その通りでしてよ!!」

  ディライト様はミンティナ殿下のこの突拍子のない行動には慣れているのか冷静に答える。

「どうもこうもありません。俺と殿下との婚約は無くなりましたからね。なので新たにシャルロッテと婚約を結んだまでです」
「何を勝手な事を……!」
「お言葉ですが。ドゥラメンテ公爵家の跡取りである俺が、ずっと独り身でいるはずが無いでしょう?  新たな婚約を結ぶのは当然の事ですよ」
「うっ……それはそう……ですけれど」

  ミンティナ殿下は悔しそうな顔をした。
  ディライト様の言っている事は正論なのにどうして、そんなに悔しそうな顔をするのかが私にはよく分からない。

  (うーん……)

  ジョーシン様もそうだけど、ミンティナ殿下も“まだ、自分の事を忘れられずに想ってくれている”とでも考えていたのかしら?

「ミンティナ殿下」
「な、なんですの!?」
「俺は、シャルロッテ・アーベント公爵令嬢を心から愛しているんですよ」
「!」

  ディライト様のその言葉にミンティナ殿下の顔が引き攣った。

「こんなにも美しい彼女の隣にいるのに相応しくある為に俺も変わろうと思った。それだけです。貴女が俺の素顔を見てどう思おうと、もう関係がありませんからね」
「ディ、ディライト……」
「どうぞ、あの男爵家の令息とお幸せに。お似合いですよ」
「ディライト……」

  ディライト様はそう言ってミンティナ殿下をあっさり切り捨てた。
  そして、ミンティナ殿下の事などどうでもいいと言うような様子で私に言う。
 
「ごめんね、シャルロッテ。とんだ邪魔が入った。さて、ジョーシン殿下はどうしてるだろう」  
「……」
「ん?  シャルロッテ、どうしたの?  そんな可愛い変な顔をして」
「え?  あ……」

  可愛い変な顔って何かしら?  と思いつつ私は訊ねる。

「今更ですけど、ディライト様はミンティナ殿下に未練等は……」
「全く無いね」

  そう口にしたディライト様は私を抱きしめる腕に力を込める。

「何度も言っているだろう?  俺はシャルロッテ、君の事を愛している」
「そ、それは……聞きました…………けど」

  (その目!  その熱を孕みつつ、甘く蕩けそうな目が演技だと分かっていても私の心をかき乱すのよ!)

  なんて内心で動揺していたら、諦めの悪いミンティナ殿下が再度突撃して来た。

「……っ!  ディライト!  貴方はわたくしよりもそんなにもそこの“悪役のような女”の事が好きだと言うんですの!?」
「執拗いですね、殿下。見てわかるでしょう?」
「あ、貴方はわたくしには全然触れようとしなかった……た、大切だからって!  なのにそこの悪役女にはさっきからベタベタと触れているではないの!  それって、そこの悪役女が大切では無いからで…………ひっ!?」

  ミンティナ殿下が言葉の途中で小さく悲鳴をあげた。おそらくだけど、ディライト様が冷たい表情を向けたせいかもしれない。

  (だって、ディライト様の怒っているオーラが凄い……)

「俺の可愛いシャルロッテを悪役女と呼ぶのは止めてもらいたいのですが?」
「だって、お兄様が悪役のような女って言って……イザベルお姉様もその女に虐められて震えて泣いていたわ!」

  ミンティナ殿下のその言葉にディライト様はため息を吐くと呆れたように言った。

「……本当にそう見えるのなら、殿下は今すぐ侍医に目の検査をして貰う事をお勧めしますよ」
「なっ!」
「それから、申し訳ないですが俺は貴女を妹のように見ていました。家族愛のようなものです。ですが、シャルロッテに対して抱く想いは全然違いますので」
「か、家族……!?」

  ミンティナ殿下が悔しそうな顔でプルプルと身体を震わす。

「“真実の愛”のお相手が見つかって良かったですね?  愛しい恋人に慰めてもらうといいですよ。あ、でも彼は今……」

  (そうだった……マルセロ様はイザベル様に呼ばれて何をしているの?)

  ミンティナ殿下に邪魔をされて彼らが何をしているのかずっとは見ていられなかった。
  何やら二人で懸命にジョーシン様に話しかけているとは思ったけれど───
  そして、ようやく私が彼らに顔を向けると……

「すまなかった、イザベル。悪い夢を見ていた……ようやく目が覚めた。どうやらあの“悪役のような女”は私の心を惑わす怪しい力が使えるようだ」
「まぁ!  ジョーシン様……シャルロッテ様にそんな力が?」
「あぁ、やはり何処までも恐ろしい女だ。婚約は破棄して正解だった」
「なんて怖いのかしら……ジョーシン殿下」
「大丈夫だ、イザベル。私がいる」

  イザベル様はお得意のうるうる攻撃でジョーシン様に今度こそ抱きついた。
  そんなイザベル様をジョーシン様は今度はしっかり受け止めていた。




「……」
「……すっかり元に戻ったな」

  そんな二人の様子を見たディライト様が私を抱きしめたまま、小さく呟いた。

「一瞬、あの男爵令嬢に出会う前の殿下に戻ったような気がしたが……シャルロッテの美しさに動揺して言動がおかしくなっていただけだったのか?」

  (……本当にそうかしら?)

  私の顔なんてたかが知れている。そこまで動揺する程のものでは無いもの。
  なのに、ジョーシン様のこの豹変は何?

  (双子が……何かした?  絶対におかしい)

  そんな事を思っていると、ジョーシン様はイザベル様を抱きしめながら私の方を見て憎いと言わんばかりの表情で言い放った。

「婚約を破棄してやるだけでは足りなかったようだな!  この悪役女めが!!」

  ──と。


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