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12. 悪役にされた令嬢だって令息を守りたい
しおりを挟む「ボッコボコに殴ってやりたいですね!」
「……は? ボッコボコ?」
「うーん、こういう場合はやっぱり、拳でしょうか?」
そう言って私は自分の胸の前で握りこぶしを作って見せる。
「平手打ちより拳の方がダメージは大きいですよね? 私としてはより一層、ダメージの大きい方を選…………って、ディライト様?」
「……」
何故かディライト様が口を開けてポカンとしたちょっと間抜けな顔をしていた。
(その表情はとても新鮮だわ……そしてちょっと可愛いかも……)
「えっと、ディライト様、どうかしましたか───……ってえぇ!?」
ディライト様がしばらくそのままの表情で固まっていたので顔を覗きこもうとしたら、何故か突然動き出したディライト様に抱きしめられた。
「!?」
「ははは…………あははは! 殴るんだ?」
よく分からないけれど、すごく嬉しそうに……いや、可笑しそうに笑っている。
「しかも、拳で? ははは」
何故そこまで笑われるのかはよく分からないけれど、そのまま答えるしかない。
「え、ええ! 今更、なにバカな事を言ってるの? ですよ! そんな気持ちしか生まれません!」
実際のところ、本当にやらかしたら不敬罪になってしまうけれど、それぐらいの気持ちである事はちゃんと伝わって欲しい。
「シャルロッテはジョーシン殿下と再婚約をするつもりは……」
「再婚約ですか? 元に戻るなんて有り得ませんよ! それに私はもうディライト様の婚約者なんですから」
「──シャルロッテ……」
そこで、何故かディライト様の私を抱きしめる力が強くなる。
その事に戸惑っていると耳元で聞こえた言葉にドキンッと胸が大きく跳ねた。
「あぁ。そうだな…………シャルロッテはもう俺のだ」
(───っ! ディライト様は時々言葉選びがおかしいと思うわ)
俺のだ……では無くて、俺の(偽装)婚約者だ、でしょう!?
こんなの私で無かったら誤解されちゃうわよ───……
ギュッ……また、更に力が入った。
でも、苦しくないし……嫌でもない。
「…………なぁ、シャルロッテ。俺は」
「?」
ディライト様が私の両肩を掴んでじっと目を見つめて来る。
そして、何かを言いかけたその時、ガタンッという音を立てて馬車が止まる。
これは、時間的にも多分屋敷に着いたのだと思われた。
「……」
「……」
「えぇと、や、屋敷に着いたみたいです」
「…………だね」
そう言ってディライト様が私から身体を離す。
(──あ……)
何でかはよく分からないけれどそれを“寂しい”と思ってしまった。
◇◇◇◇
「シャルロッテ、本当に参加するのか? 無理しなくてもいいんだぞ?」
そして舞踏会、当日。
支度をする私に向かってお父様がオロオロした様子でそんな事を言う。
周囲にプークスクスされるのは、既に分かりきった事だし、ジョーシン様とも顔を合わせる事になるのを心配してくれているのが分かる。
「具合が悪いとか理由はどうとでも……」
「お父様、ありがとうございます」
(ダメよ。ジョーシン様とミンティナ殿下に自分達が何をしたのか分からせないといけないんだから!)
「大丈夫です。だってディライト様が一緒にいてくれますから」
「それはそうだが……」
それに、私が参加しなかったら誰がディライト様のパートナーになるというの?
(万が一、ディライト様が他の女性を誘って……なんて思うと、何かこう心の奥がモヤッとするの……それに)
「私はディライト様を数多の令嬢から守りたいです」
「は? お前は何を言っているんだ?」
私の発言に対してお父様の顔は“困惑”しかない。
「だって、お父様! ディライト様はあの物凄い美貌でしてよ!? 今まではもっさりに隠されていて誰も気付きませんでしたが、兎にも角にもあの美しさ! 会場では令嬢達があの美貌にやられて失神するか、未来の公爵夫人の座の狙いを定めるかのどちらかに決まっています!」
「……シャルロッテ」
「ですから、私は“婚約者”として彼女達を迎え撃たねば!」
そう言って私は気合いを入れる。
「…………シャルロッテ」
「何でしょう?」
「最初は、あれだけ昔から一途に殿下殿下と言っていたお前だから、ディライト殿との婚約話には耳を疑ったし怪しくも思ったが……」
「……」
(あら、怪しいと思われていたのね。さすがお父様、油断も隙もな──……)
「シャルロッテは、本当にディライト殿の事が好きなのだな」
「へ?」
「一緒に出かけた日も玄関で出発するまでの間、使用人達が我慢出来ずに身体を震わせて悶える程の熱々っぷりだったと聞いた」
「熱々?」
なんの事かしら? と内心で首を傾げる。
確かにあの日の使用人達は不気味だったけれど。
「──……殿下達は“真実の愛”を見つけたと言って、あの日にお前達に婚約破棄を突きつけたそうだが」
「……」
「まるで、お前とディライト殿の方が“真実の愛”みたいだな」
「なっ!?」
お父様のその言葉に頬が熱くなった。
(お、お父様ったら、す、好きとか真実の愛だとか、へ、変な言い方はしないで欲しいわ!)
私達の関係はあくまでも偽装婚約。ジョーシン様達に復讐するまでの仮初のパートナー。
全てが片付いたら解消する関係なのだから。
仲良くしているのだって疑われない為───……
「ん? そんな所で丁度、お迎えのようだな」
「え……」
どうやら、お迎えのディライト様が到着したらしい。
(やだ、落ち着くのよ!私……)
「───シャルロッテ!」
「ディライト様」
ディライト様は直視するには眩しすぎる程の笑顔で私を迎えに来てくれた。
ただでさえ、眩しいのに私を見つけると、甘く蕩けそうな微笑みを向けて言った。
「…………可愛い。可愛い以外の言葉が出てこない。もう俺の語彙力は消えた」
「……? あ、ありがとう、ございます。ディライト様も、す、素敵です」
「ふわふわ……」
「え? あ、はい! ディライト様が……そのふわふわをお好きなようでしたから……」
今日はずっと私が本当は好きで着てみたかったデザインのドレスを着ている。
無理なんかしていない、そのままの私。
でも、ちょっとだけ髪の毛のふわふわは頑張ってもらった。
(ディライト様の喜ぶ顔が見たかったの)
だから、笑ってくれる事が嬉しい。
「シャルロッテ……可愛い……可愛い可愛い……」
「……ディライト様、大袈裟ですよ?」
「大袈裟なものか!」
あのデートの日を思い出すような会話となってしまい、私達はお互いに照れ照れしながらの挨拶になってしまう。
そして、やっぱり我が家の使用人達は今日も不気味だった……
「それじゃ、行こうか。シャルロッテ」
「はい!」
私はディライト様から差し出された手を取って馬車へと乗り込んだ。
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