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10. 何かを企む双子と悪役にされた令嬢と令息のデート
しおりを挟む「はぁ? 凄い美人と、凄い美形が街にいるですって?」
「嘘じゃないんだよ、姉さん」
今日もこれから愛しの王子の元に向かおうと準備をしていたイザベルの元に双子の弟のマルセロが変な噂を仕入れて来た。
午前中、街に買い物に行っていたらしいけれど、いったい何があったのか。
「何を馬鹿な事を言っているの? 私達以上の美人と美形がいるわけないでしょう?」
自分の美貌に自信を持っているイザベルがそう答えるも、マルセロは譲らない。
「凄い人だかりでよく見れなかったけれど、皆、その二人に見惚れてばかりいた」
「それだけで、何で美人と美形だって分かるのよ?」
「だって、誰もこの僕の事を見なかったんだよ!? いつもなら僕の事を見かけると、誰だってうっとりした表情を見せてくるのに、だよ!?」
マルセロの言葉にイザベルは、はぁ……っとため息を吐く。
「そんな事あるわけないでしょう? 私達を誰だと思ってるの?」
「でも!」
「マルセロ! この世界は私達が主役なのよ? 私達以上の人間なんていないのよ!」
「分かってるよ、姉さん。でも……」
マルセロは思う。
姉さんは、街のは人達のあの様子を見ていないからそんな事が言えるのだ。
───すごい美形な二人
───溜息が出そうくらい惚れ惚れする
───今まで見た誰よりも素敵
───あんなにも美しい人達がいるものなのか
その二人を見かけたという人達から出る言葉はそんな絶賛と称賛の嵐だった。
こんなにも目立つ容姿をしているのに、街に出て自分が誰からも見向きもされないなんてマルセロにとっては初めての経験だった。
「……仮にそんな人達がいたとしても、モブでしょ! モブ!」
「そうかなぁ……」
「そんな事より。マルセロ、アレの準備は出来てるの?」
「も、勿論だよ……!」
そう言ってマルセロは“ある物”を手にする。これは欠かせない。
「姉さんこそ!」
「ふふ、私はあなたが、出かけている間に嫌ってほどクッキーを焼いたわよ」
「また? さすがに殿下も飽きるんじゃない?」
マルセロのその指摘に、イザベルはムッとする。
「クッキーが一番簡単で効率がいいのよ! 殿下はもちろん、毒味役まで口にしてくれるんだから!」
「はいはい、そうでしたー……」
「それでなくても、ジョーシン殿下はもう私にメロメロで夢中なのよ! まぁ、この美貌だから当然だけどね、ふふ」
イザベルはよく誰もが口を揃えて可愛いと褒め称えてくれる笑顔を浮かべる。
「マルセロの方こそ、ミンティナ殿下はどうなの? まだ、不完全に思えたわよ? 甘いんじゃないの?」
「うっ……」
「負け組達の婚約にミンティナ殿下は動揺していたじゃないの」
「わ、分かってるよ! ミンティナ殿下はあんなもっさり悪役令息のどこが……」
「ふんっ、それを言うならジョーシン殿下もよ。あんなケバい悪役令嬢のどこが……」
二人はそっくりな顔で同じような発言をする。
「とにかく! 私は王妃となって、あなたはミンティナ殿下を娶るのに相応しい爵位を賜わる。それで私達はハッピーエンドとなるの。これは絶対なのよ! 婚約破棄は達成したからあと少しなんだから」
「分かってるよ、姉さん……」
───双子は知らない。
マルセロが街でちゃんと顔を見る事が出来なかった、美人と美形の二人が誰なのか。
そして、その二人が何を企んでいるのか────……
───────……
しばらく無言で見つめ合っていた私達だけれど……
「と、とりあえず歩こうか」
「そ、そうですね」
視線はすごく感じるけれど、理由はよく分からないし、声をかけられるというわけでもなさそうなので気にしない事にした。
(あの日の冷たい目とは違うし)
ジョーシン様に婚約破棄を言い渡された時と違って悪意は感じないし、どちらかと言うと暖かい。
「シャルロッテ?」
「あ、いえ。行きましょう」
そうして私達は手を繋いで歩き出した。
「ディライト様は何が欲しいですか?」
私の持ってるお小遣いで足りる物でないと困るのよね、そう思った私は、ディライト様に何が欲しいのかを訊ねる事にした。
ちょっとぼんやりした様子のディライト様は即答した。
「シャルロッテ」
「……はい?」
私が聞き返すとディライト様はハッとしてコホンッと咳払いを一つすると慌てたように言う。
「…………が、選んでくれる物なら、な、何でも嬉しいよ」
「そういう答えが一番困るんですよねぇ……」
「ごめん」
ディライト様が苦笑する。
(でも、よく考えたらディライト様は公爵家の方だもの。欲しい物なんてすぐ買えてしまうわよね)
「もっと他のお礼の方が良いのかしら?」
私は小さな声でそう呟く。
「え?」
「いえ、ディライト様が欲しいと思っている物ならまだしも、そうでない物を無理やり押し付けるのもどうなのかしら? と思いまして」
「シャルロッテ……」
「だって、その……やっぱり、贈り物は心から喜んで貰いたいじゃないですか」
私が照れながらそう言うと、ディライト様が私と繋いでいない方の手で顔を覆っている。
少しだけ見える頬と耳がほんのり色付いている気がする。
「ディライト様?」
「だから……もう…………あぁぁ……」
そして、よく分からない唸り声をあげた。
「シャルロッテ!」
「はい!」
「少し早いけど、とりあえず、ご飯にしよう!」
「は……い?」
確かにもうすぐお昼の時間ではあるけれど……
「フタリデイルトダメダ、フタリデイルトダメダ、フタリデイルトダメダ……お店でも、何でもいい……人のいる所……」
「?」
ディライト様が何やら早口で呪文のようなものを唱えている。
(もしかして、そんなにお腹が空いていたのかしら?)
そうして私達は、まず食事をする事にした。
───
「シャルロッテは行ってみたいお店とかある? 食べたい物でも構わないけど」
「そうですねー……」
私はキョロキョロと周辺を見回す。
私からすれば何でもかんでも新鮮に映ってしまってしょうがない。
「あ、あれは何ですか?」
私は広場の中央に陣取っているお店にしては質素な作りの建物に指をさしながら訊ねた。
(いい匂いがするし、人も並んでいるから食べ物屋さんだと思うのよね)
「あれは屋台」
「屋台……」
「んー、何だろう移動出来るお店と言うか……」
「移動するの?」
そういう形態のお店もあるのね。と、感心する。
言われてみればどこかで聞いた事あるかも。
(行ってみたい!)
私の目が輝く。
「公爵家のお嬢様はあまり口にされない物かと……」
「そんなの構わないわ! 行きましょう? あそこに並べばいいのね!」
「こ、こら、シャルロッテ! 待て……」
本当にこれまで私が見て来た世界って狭かったんだわ、と思い知らされた。
ずっと家と王宮の往復ばかりで。
王室が招いた講師による勉強の日々……
(こんな街の世界は知らなかったわ)
誰も教えてくれなかったし、知ろうともしなかった。
ジョーシン様に捨てられなかったらきっと知らなかった世界。
(偽りじゃない本当の自分の姿で、街を歩くなんてね)
ディライト様が“デート”なんて言うから身構えてしまったけれど、こういうのが“デート”ならまたしたいと思った。
「……」
その時、一緒にいる相手はまたディライト様だったらもっと嬉しい気がする。
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