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8. 悪役にされた令嬢と令息は婚約する
しおりを挟む「シャルロッテ。ディライト殿が来たのだろう? いつまでモタモタしているんだ?」
「「!!」」
お父様のその声に私とディライト様がハッとなる。
そして、お互い慌てて顔を逸らした。
(やだ、私ったら……じっと見つめてしまったわ)
花束を持っていない方の手で自分の頬を抑えたらとても熱かった。
「……ん? いったい何をやって……」
と、そこで顔を出したお父様がディライト様を凝視する。
そして、何処かで聞いたセリフを大真面目な顔で言った。
「えぇと、どちら様でしょうか?」
「…………親子だな。言動が全く一緒じゃないか」
ディライト様のその言葉に私は苦笑いする事しか出来ない。
「お父様、ディライト様ですよ」
「……いや、ドゥラメンテ公爵令息はもっと、こう……もっさ」
「お・と・う・さ・ま!」
「おい、シャルロッテ……押す、押すな!」
本人を目の前にしてもっさりは無いでしょう?
私はそう思いながら、お父様をぐいぐいと部屋の中へと押し戻した。
そんな私達を、ディライト様は可笑しそうに笑う。
「ディライト様? 何がおかしいのですか?」
「いや、シャルロッテが元気そうで良かったなと思って。実は少し心配していた」
「心配……ですか?」
「ああ。ジョーシン殿下に婚約破棄なんてされてしまったから……その、まぁ……だから、手紙をすぐに送ってみたけれど杞憂だったかな」
(あぁ、そっか。お父様が婚約破棄された事に怒って私に何か罰を与えたりしないか心配してくれていたんだわ)
婚約の申し込みの手紙もすぐに送って来たのはそういう事──……
……キュン
そう思ったら胸がキュンっとした。
(…………キュン?)
もう、私の心臓は絶対におかしいわ!
───
先程から私の胸がおかしいけれど、どうにか心を落ち着かせて話し合いに臨む。
ここでお父様にしっかり認めて貰わないと全ての計画が狂ってしまう。
(絶対に認めて貰うんだから!)
お父様と向き合う形で私とディライト様は隣同士に腰掛けた。
「それで、本当にドゥラメンテ公爵令息殿は、シャルロッテと婚約を?」
「はい。こちらも王女殿下との婚約は白紙になりました。シャルロッテ嬢もジョーシン殿下との婚約は白紙になったと認識しております故、何の問題も無いと思っております」
「……それはそうなのだが」
お父様が渋い顔をして私達の事を見る。
「聞く所によると、シャルロッテとドゥラメンテ公爵令息殿は、パーティーで婚約破棄宣言されただけでなく、殿下達に“悪役”とまで呼ばれたとか」
「……はい」
「……」
改めて思い出すだけでも怒りがフツフツと湧いてくるわね……
そんな思い出し怒りをしていると、そっと横からディライト様の手が伸びて来て私の手を握る。
(なっ……!)
思わず変な声が出そうになったけど、耐えた。
優しく握ってくれるその手は“落ち着け”と言ってくれているみたいだった。
(……ズルい)
「そんな二人が婚約したとなれば、社交界では大きな騒ぎになるし、随分と好奇な目で見られ、噂もされるだろう」
「そうですね」
「その時に、あなたはシャルロッテを守れますか?」
「……」
お父様のその言葉にディライト様の方をチラッと横目で見ると、ディライト様は困った様子を見せる事もなく、あの綺麗な真っ直ぐな目できっぱりと答えた。
「守ります」
「……」
思わずその横顔に私は見惚れてしまった。
「シャルロッテ嬢がもう、あんな風に泣く所は見たくありませんから」
「!」
そう言って優しく手をもう一度握ってくれたので、ドキドキしすぎて頭がおかしくなるかと思った。
───
「ディライト様」
お父様との話を終えて帰ろうとするディライト様を見送ろうと玄関まで着いて来た。
「ありがとうございました」
「うん?」
「……お父様、認めてくれました」
「あぁ、婚約のこと?」
「それもですが、ちゃんと“フリ”をしてくれた事です」
ディライト様はお父様の前で、私の事を好きなフリをしてくれた。それと……
───シャルロッテと婚約したら、王位継承権を持つディライト殿は否応なしに王位争いに巻き込まれる事になるが?
その質問に、ディライト様は、
「俺は彼女の望む通りにするまで。シャルロッテ嬢がジョーシン殿下ではなく俺に王となる事を望むなら俺はそれに応えるまでです」
と答えてくれた。
お父様は「分かった」とだけ頷いたけれど、その後“婚約を認める”そう言ってくれた。
(これで、ドゥラメンテ公爵家とアーベント公爵家が手を結ぶ事になったわ)
───反撃開始よ!
「約束だからな」
「!」
ディライト様はそう言って優しく私の頭を撫でてくれた。
その仕草と笑顔に胸がまた、キュンとしたけれど、私はもう一つ伝えるべき事がある。
「あの、お借りしていた上着の事なのですが」
「ああ、うん」
「メイドに教わって手洗いしたのです。でも、やっぱりワインの染みが……完全に落ちませんでした。すみません……」
私がそう告げると、ディライト様は何故か驚いた顔をしている。
「ディライト様?」
「……手洗いって、誰が?」
「私ですけど……?」
私が首を傾げながらそう答えると、ディライト様はますます驚いた顔を見せた。
「シャルロッテ自ら?」
「は、はい。だって、出来れば私が自分の手で綺麗にしたかったんです……」
私は少し照れながらそう答える。
「…………っっ」
「ディライト様?」
すると、何故かディライト様が天を仰いで身体を震わせ始めた。
「な、何でもない………………何だこれ……無自覚にも程がある……」
「?」
「えっと、あー、うん。構わないよ。むしろ頑張ってくれてありがとう」
ディライト様はそう言って私の頭を撫でた。
「……ですから、その、約束通り弁償させて頂きたいのです。なのでー……」
「分かった。デートしよう」
「…………え?」
デート? 聞き間違いかと思った。
私が目を丸くしていると、ディライト様はあの破壊力満点の笑顔を私に向けて言った。
「それなら一緒に買い物に行かないか? そこで何か俺にプレゼントを買ってくれたら嬉しい」
「買い物? プレゼント?」
「上着でなくても構わないから」
「え? え?」
(お出かけ!? デート!?)
よく分からないうちにディライト様と“デート”する事が決定していた。
─────そんなシャルロッテが、ディライトとのデート決定に軽くパニックを起こした翌日……
「ジョーシン殿下、口を開けて下さいな?」
「うん?」
「はい、あーん」
「あーん?」
王宮のジョーシンの私室では“真実の愛”の相手同士の、イザベルとジョーシンがお菓子を食べさせ合っていた。
「ジョーシン殿下、美味しいですか?」
「あぁ、美味しいよ」
「このクッキー私が作ったんですよ!」
「へぇ、さすがイザベルだ」
「ふふふ……た~くさん食べて下さいねぇ……ふふ」
部屋にある机の上には、今日中に片付けないといけない書類が山となって積み上がっているが、その山が減る様子は一切無い。
本日、イザベルが訪ねて来てから公務を放り出してずっと二人でこうして過ごしていた。
そこへパタパタと部屋へと駆け付けてくる足音が聞こえて来る。
「お兄様! 大変ですわ!」
そう言ってバーンという扉の音と共に部屋へと駆け込んで来たのは、王女のミンティナ。ミンティナの後ろにはイザベルの双子の弟の男爵令息マルセロも控えている。
「どうした? ミンティナ」
「あら、マルセロ? 貴方までどうしたの?」
呑気な二人にミンティナが声を荒らげる。
「どうしたもこうしたもありませんわ! お兄様! イザベルお姉様!」
「だから、何だ?」
「あの二人───ディライトとシャルロッテが婚約したそうですわ!」
「「は?」」
ジョーシンとイザベルは二人仲良く驚きの声を出した。
「まぁ! それは本当なの? ミンティナ様」
イザベルがミンティナに問いかける。
「……間違いありませんわ!」
「僕もそう、聞きました」
ミンティナとマルセロが頷く。
「あーら、まぁ、ふふ。あの冴えない感じがお似合いの二人ではなくて? ねぇ、ジョーシン殿下!」
「溢れたもの同士で傷の舐め合いか……フッ」
ジョーシンは小馬鹿にしたように笑う。
「そんな言い方可哀想ですわよ、殿下」
「ははは、イザベルは優しいな。シャルロッテとは大違いだ」
そう言ってジョーシンはイザベルの頭を撫でる。
「まぁ、殿下ったら! ふふ……」
(───ふふふ、シャルロッテの名前を聞いても殿下のこの様子。大丈夫そうね、ちゃんと上手くいっているわ)
内心でイザベルはそうほくそ笑む。
(だけど、まさかあの悪役同士が婚約するなんてね……知らない展開だこと。まぁ、所詮あの冴えない“負け犬達”が今更どうしようともう関係無いわね)
私達は勝ち組で悪役達は負け組なのだから──……
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