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5. 悪役にされた令嬢と令息は手を結ぶ
しおりを挟む「近……近いから! シャルロッテ嬢」
「!」
ディライト様の戸惑った声にハッとする。
いけない。
ついつい興奮してまた、迫ってしまった。
今更だけど、私、ワインかけられているから臭いも……
(それは近付くなと思うわよね)
一気に申し訳なくなった。
「すみません……ワイン臭いのに近付くのは迷惑以外の何物でもなかったです……」
「ん? 待て待て、だからそうじゃない!」
私がシュンっと落ち込んで肩を落とすと、ディライト様が慌てたように否定して来た。
「そうでは無い?」
「あまり、近付かれると……その可愛っ…………っっっ…………何でもない」
「……?」
そのかわって何かしら?
「と、とにかくだ! えっと……嫌だったわけでは無い!」
「は、はい!」
「ワインの事も気にしていない! むしろ、大丈夫なの、か?」
「あ、はい……」
はい……と、つい返事をしてしまったけれど、ドレスはもう駄目ね……
「……そのドレスは……ジョーシン殿下の為か?」
「え? はい、そうですね。ジョーシン様のお好みに合わせて……本当はお好みじゃ無かったみたい……ですけれど……」
正直に言えば、好みではないデザインのドレスだった。
大人っぽさを目指した無駄に露出の高いこのドレス。何で胸元こんなに開いてるの?
私は本当はもっと可愛い感じのが…………好き、で……
「……」
(私は何でもかんでもジョーシン様の為に! ばかりだったのね)
何だか情けなくなってしまい顔を下に向ける。
すると、頭にポンッと手を置き、ディライト様は私の頭を撫でるとこう言った。
「……これからは、好きなデザインの物を着たらいいんじゃないか?」
「え?」
私は驚いて顔を上げる。
「化粧だって、そのか、可愛……コホンッ……ちゃんと素材を活かして好きなようにすればいいと思うし、ドレスだって自分の好みの物を選べばいいんじゃないのか? もうジョーシン殿下に縛られる必要は無いだろう?」
「………!」
(そっか……そうなんだ……)
「もう、好きにしても、いいのね……?」
「構わないだろ。むしろ復讐? ……するんだろう?」
「!」
その言葉に私はパッと顔を上げる。
「そうよ! 私はこのまま泣き寝入りなんかしないわ!」
私が改めてそう意気込むと、ディライト様がフッと笑った(気がした)
「手伝ってやるよ」
「え?」
「その復讐、とやらをさ」
「…………ディライト様!」
嬉しくて思わず抱き着きそうになり、ハッとして止める。
(危な……流石にワインまみれで抱き着くわけにはいかない)
「ありがとうございます」
「まぁ、正直、ミンティナはど…………」
「? 何か言いましたか?」
小さく呟かれるとよく聞こえない。
「あ、いや、確かにシャルロッテ嬢が言っていた事は気になるしな」
「……」
「シャルロッテ嬢の気が済むまで付き合うよ」
「ディライト様」
表情は見えないけれど、何となく微笑んでくれている気がする。
「……」
そう思ったら、そのもっさりした前髪の下が気になった。
(どうしてそんな髪型なのかしら?)
そんなもっさりした前髪なんて切ってしまった方が視界も開けて楽でしょうに。
けれど、彼にも事情はあるだろうからそこまでは踏み込まない。
(…………でも、いつか)
いつかは、その前髪の下の顔が見てみたいわ。
なんて密かに心の中で思った。
「それで? 俺は何をすればいい?」
ディライト様に声をかけられてハッとする。
そうだった、そうだった。
今はジョーシン様やミンティナ殿下。そして、あの男爵家双子への復讐と、ぎゃふんについて考えている時だった。
(ディライト様の素顔は…………いつか)
「俺に出来る事なら協力はするけれど」
「……ありがとうございます、それではディライト様に早速お願いがございます」
「うん?」
(実は、自分から言うのは少し恥ずかしいものがあるのよね)
だけど、これを言わなくては、私の考える復讐は始まらない!
ハー……
私は深呼吸をした後、キリッと真面目な顔をしてディライト様に向き合う。
「……ディライト様」
「……」
「どうか、私と“婚約”をして下さいませ」
「こっ!?!?」
表情が見えなくても分かるわ。
ディライト様、きっと今、驚きで目を丸くしている……
(まぁ、驚くわよね)
「ここここ婚約ってあの婚約?」
「そうですね、私達が先程、王子と王女にポイッと捨てられましたあの“婚約”です」
「こここ……」
「どうか、私と“婚約”を結んで欲しいのです、ディライト様」
「…………!」
ディライト様はしばらくの間、声を失っていた。
◇◇◇◇
「…………シャルロッテ。戻ったのか」
「お父様……」
屋敷に戻ると、まぁ想像した通り、お父様が仁王立ちして私の事を待っていた。
(まぁ、こうなるわよね)
ジョーシン様は追って公爵家に沙汰を出すと言っていたけれど、あの公衆の面前でのやらかしが耳に入らないはずが無い。
おそらくこうなるだろうとは思っていた。
色々あり過ぎたパーティーで、ディライト様との話を終えた後、ワインまみれの私は帰宅する事にした。
ディライト様は自分の家の馬車で送ると申し出てくれたけれど、私はそれを固辞した。
(だって、私は何一つ悪い事なんてしていない)
ジョーシン様とイザベル様に対して私は間違った事は言っていない。
あの時点では“私”がジョーシン様の婚約者だったのだから。
コソコソしないで堂々と帰るのよ。そして、お父様に事の説明をしなくては。
ボロボロな私の姿に何も知らない馭者はかなり驚いていたけれど、特に深く追求する事も無く馬車を出してくれた。
(掃除は大丈夫かしら?)
こうして屋敷に辿り着いた。
「───ジョーシン殿下から、婚約破棄を宣言されたそうだな」
「ええ。さすが、お父様。あの場にはいらっしゃらなかったのにお耳が早い……」
私の返しにお父様は深くため息を吐く。
「8年前。私はシャルロッテの我儘を聞いて、あの手この手でジョーシン殿下の婚約者の座を手に入れた」
「そうですね、感謝しています」
「それが! どうしてこんな事になった!? お前達は傍から見てもうまくやっていただろう!?」
「……」
私はそっと目を伏せる。
「───真実の愛を見つけたそうですわ」
「真実の愛?」
「私との愛は本物の愛ではなく、彼女……イザベル様への想いが“真実の愛”なんですって」
「……」
あぁ、お父様のその顔。
気持ちは分かるわ。何を言ってるの? そう思っているわよね。
でも、本当なのよ。
「その、真実の愛? とやらにお前は……負けた、のか?」
「……そういう事になります」
お父様が、なんて事だーーっと頭を抱えた。
「はっ! それにお前のその格好……」
お父様はようやくワインまみれの私の姿に気付いたらしい。
「ジョーシン様から頭へワインのプレゼントを貰いました」
「……プ、プレ!? …………っ」
お父様が言葉を失っている。
「シャルロッテ……お、お前はこれからどうするつもりなんだ……?」
「……」
ようやく口を聞けるようになったお父様が震える声で私にそう訊ねる。
なので、私はにっこり笑って答えた。
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