上 下
4 / 45

4. 悪役にされた令嬢は許せない

しおりを挟む
  

  (……素顔?)

  そう言われてハッとする。
  私、涙のせいで顔がぐちゃぐちゃなのでは?
  ──しまったわ!  礼儀だと思って被っていた上着を取ってしまったけれど、こんな顔を見せる方が失礼だったかもしれない。

「こんなに、み、見苦しいものをお見せして申し訳ございません……!」

  私は慌てて自分の顔を両手で隠す。
  すると、何故かディライト様が慌て出した。

「いやいや、待て待て待て!  見苦しい?」
「は、はい。だって、涙のせいでお化粧が流れてしまって今の私は相当酷い顔に……」
「──ち、違う!  違う、そうじゃない!」
「……?」

  (違う?)

  何故かディライト様が勢いよく首を横に振って否定する。

「えっと、どういう事でしょうか?」
「すまない!  また言葉が足りなかった!  君の顔が醜いとかそういう意味では決して無い!」
「で、では、どういう意味です?」
「……」

  何故かそこで押し黙るディライト様。
  逆に不安になってしまう。

「ドゥラメンテ公爵令息様?」
「うっ……その、俺はこれまでアーベント公爵令嬢については、ど、どちらかと言うと冷たそうな女性……という印象を持っていた」
「え?」
「…………だが、それはその化粧のせいだったんだな。本当の素顔は随分と可愛……あ、いや、何でもない……」
「……?」

  もっさり前髪のせいでよく見えないけれど、ディライト様の頬が赤い気がする。
  気のせいかしら?

  ……それよりも。

  (冷たい印象……?  あぁ、そっか、そういう事……)

  ジョーシン様が、大人っぽい女性が好みだと言ったから私はたくさん研究した。
  パッチリした目は少しでも切れ長で涼やかな目元になるように。ふっくらした頬もシャープに見える様に。フワフワの髪は毎日侍女にお願いをして真っ直ぐにしてもらって……
  そうやって毎日毎日好きでもないお化粧と髪型をずっとしていたわ。

  (それでも、捨てられてしまったけれど)

  しかも、ジョーシン様が選んだのは、私が装っていた姿とは真逆な人だったなんて皮肉でしかない……

「あの……私、素顔はあまり人に見せられたものではないらしいのですが?」
「は?  誰が言ったんだ?」
「ジョーシン様です。だから、私は常に化粧を欠かさない方がいい、と言われていました」
「……っ!?」

  (?)

  何故かディライト様が絶句している。
  さっきから彼の反応がよく分からない。

「ですが、本当に選ばれるのは見た目じゃないのですよね。ジョーシン様は好みと違ってもイザベル様を選んだ……だからこそ真実の愛と言う……」
「ん?  いや待ってくれ、アーベント公爵令嬢。俺の知っているジョーシン殿下の女性の好みは“可愛いタイプ”だぞ?」
「………………はい?」

  空耳かと思った。
  
「少し前に、ミンティナ……殿下と3人でお茶会をした事があってな。その時に王女が聞いたんだよ、お兄様の好みってどんなタイプ?  と」
「……え?  そ、それで、ジョーシン様は?」
「その時のジョーシン殿下は“見た目も中身も可愛らしい子”が好きだと言っていた」
「!」

  (どういう事!?)

「そ、それは、既にイザベル様と出会っ」
「いや、出会う前だな」
「……!」

  頭がクラっとした。
  ショックなんてものじゃない。
  見た目も中身も可愛い子が好きですって?
  それが本当なら私はバカみたいに完全に真逆の道を突き進んでいたという事?

  ───見た目は大人っぽくて周囲に流されない女性の方が好きかな。

  (どの口がそれを言っていたのよーー!!)

  私はフツフツとした怒りの感情が湧いてきた。

  (バカみたい、バカみたい、バカみたい!!)

「…………冗談じゃないわよ」
「ん?  アーベント公爵令嬢?  何か物凄くドスの効いた声が聞こえたんだが、まさか君のこ……え……」

  そう訊ねるディライト様の声が震えている。
  えぇ、そうよ。私の声ですよ!

「……ドゥラメンテ公爵令息様」
「……な、何だろうか?」
「先程の私達、まるでゴミのように捨てられましたよね?」
「ゴミ……うん、まぁ、そう……だな」

  あれは、間違いなくポイ捨てよ、ポイ捨て!

「許せないと思いませんか?」
「え?」
「あんな公衆の面前で堂々と浮気宣言をしておいて、あの二人がこれからも、のうのうと過ごそうとしている事です!!  私は許せません!!」

  私はググッとディライト様に向かって迫る。

「ち、近い、アーベント公爵令嬢……」
「シャルロッテとお呼びくださいませ!  私もあなたをディライト様とお呼びします!」
「シャ、シャルロッテ嬢……お、落ち着いてくれ」

  ディライト様は完全に私に押されていた。
  それでも、私の勢いは止まらない。

「私、許せませんの」
「え!?」
「このまま泣き寝入りするのは、どうしても許せませんの」
「シャルロッテ嬢……?」 

  だって悔しい!
  それに、悪役呼ばわりまでされた事は本当に許せない。

「ディライト様!  復讐しませんか?」
「ふ、復讐!?」

  ディライト様の声が裏返る。
  驚きすぎよ。

「ジョーシン様にもミンティナ殿下にも、私達をゴミのようにポイ捨てした事を後悔させてやるんです!」
「シャルロッテ嬢……?  何を……」
「泥棒猫の双子にもぎゃふんと言わせたい所です!」
「ぎゃふん……」

  (特にイザベル様。あの顔は明らかに私に喧嘩を売っていた)

  私の脳裏にイザベル様のあの勝ち誇った顔が浮かぶ。
  悪役令嬢ですって!?  冗談では無いわ!

「ディライト様はミンティナ殿下を奪われて悔しくないのですか!?」
「え?  悔しい?」

  だって、あの場で冴えない男とまで言われていたのよ!?
  悔しいに決まってるはず!

「悔しい……?  悔しいのかなぁ」
「え?」
「あぁ、でも言った覚えのない話での冤罪はさすがに困ってる」

  (あれ?  そこなの?)

  私がたまに王宮で見かけていた二人はいつも仲睦まじそうだったのに?
  ディライト様はミンティナ殿下を取られて悔しくないの?

  (それでも、何とか説得しなくちゃ!)

  復讐も、ぎゃふんも私一人の力では無理。
  どうしても協力者が欲しいの。
  他の人じゃダメなのよ。私の気持ちを分かってくれるディライト様が必要なの!

  それに……

「……少し気になる事もあるのです」
「気になる事?」 
「……」

  それはあの場の雰囲気。
  王族にはなかなか逆らえないとしても、あんなに横暴な婚約破棄の話、誰もが素直に納得しすぎだと思った。

「いくら、私が皆に嫌われているにしてもあの場の空気は、ちょっとおかしかったと思うのです」
「……」
「だから、一緒にその原因も突き止めてすっきりさせませんか?」
「シャ、シャルロッテ嬢……」
「あなただけが頼りなんです、ディライト様!」

  そう言って私は、再度ディライト様に強引に迫った。



しおりを挟む
感想 290

あなたにおすすめの小説

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

処理中です...