42 / 43
第3章
12. 隠し事はしたくないから
しおりを挟むその後、学院での元クラスメート達にも謝罪され、シリカ様からも改めて謝罪を受けた。
本来、シリカ様のした事は罪に問うべきなのだけど、あの場で証言してくれたことを踏まえて今回は不問とする事になった。それでも彼女の家が今後大変な事は変わらない。
また、私がミレーナ嬢や、シーギス侯爵に責められている時、国王陛下と王妃殿下、私のお父様やお母様は全員その場にいたのだけど、黙って静観していた。
この国の未来の王と王妃として、これくらいの場は諌められなくては、という事で口出しをせずにいたという。
色々と試されていたらしい。
どうりで静かだったわけだ、と後で納得した。
そして、無事に婚約発表を終えた私達は、本来なら婚約期間を1年ほど置いてから結婚式となるはずだったのだけれども、「無理だ! そんなに待てるか!!」というフリード殿下の声で半年後に行われる事になった。
一国の王太子の結婚なのに無茶を言う……
そうして学院も卒業したのでこれからは結婚式の準備と、引き続き王太子妃教育に励む事になった。
◇◇◇
そして、気が付けば半年はあっという間に過ぎて、今日は私達の結婚式の前日。
結婚前の最後の逢瀬の時間を過ごそうと、いつものように休憩時間に殿下の執務室を訪ねる。
そんな私は、今日1つの決意をしていた。
……フリード殿下に、前世の記憶を持ってる事を話そう、という決意だ。
これから夫となる最愛の人に隠し事はしておきたくない。
セレン嬢と私……あと、ミレーナ嬢も……が解読できる言語──すなわち日本語──の事もフリード殿下はあれから一切聞いて来なかった。
捕まっていた時にノートも見られているので、本当はずっと気になっているのだと思う。
正直、話すのは怖い。
けれど、フリード殿下は……彼なら私の話をきっと信じてくれる。
そんな確信が私にはあった。
「長かった……半年でも長かった。1年にしなくて本当に良かった……!」
殿下はお茶を飲みながらしみじみと言う。
その様子だけで彼がどれだけ私との結婚を望んでくれているのかが分かり、嬉しくなる。
「あ、あの、フリード……明日の結婚式の前に聞いてもらいたい話が、ありまして……」
私の真剣な声と真面目な顔に、殿下の表情が少し強ばる。
「……ここに来て、『俺と結婚出来ない』なんて話でないのなら聞くよ」
「そんな事、言いません!」
「それなら良かった。もし、万が一にもそんな事言われたら、権力という権力を使ってフィーを逃がさない方法を考えなきゃいけなかったからな」
……顔は笑ってるけど、笑ってない気がするのは気のせいか。
この人、本気だ……絶対本気で言っている。
「コホンッ! ……話というのは、あの言語の事です!」
「言語…? あの、セレン元男爵令嬢とフィーだけが解読出来たあの言語の事か?」
「それです……! 私達があの言語を解読出来るのには、理由があったのです。それをちゃんと説明をさせてください」
「理由?」
殿下が怪訝そうな顔付きになった。
いきなり何だ? って思うわよねー……
「あの時、私はあれは、遠い遠い異国の言語と言いました。ですが……本当は違います。あれはこの世界の言語ではありません」
「は? この世界?」
フリード殿下の顔は意味が分からない、と言っていた。
そして、私は説明をした。
殿下達と初めて会ったあの日に、前世の記憶を思い出した事。
この世界が、セレン嬢を主人公とした小説の中の話であった事。
そして、本来なら辿るはずだった小説のストーリーの中での悪役令嬢スフィアの役割と、その後の顛末。
ついでにセレン嬢だけでなくミレーナ嬢も同じ記憶持ちである事も付け足した。
「…………つまり? 何だ? フィーは前世の記憶を持っていて、ここがそのそちらの世界で書かれたとかいう小説の世界だと認識して、そのストーリー通りに生きようとしていた……?」
「……ストーリー通りと言いますか……セレン嬢とニコラス殿下が幸せになる未来になれば、とは思っていました。ですが、その為にニコラス殿下と私が幼少の頃から婚約している必要はないかなと思いまして……」
「7年も王宮に来なかったのか?」
私は頷く。
「幼少の頃からの婚約者という立場は避けられましたが、結局、私はニコラス殿下の婚約者となってしまいました。だから、私の運命は変わらないのだ、と。悪役令嬢としての人生を生きるしかないのだ、と思いました」
「あの時…………頑なに国外追放を望んでいたのは、そういう事だったのか」
殿下が思い出したかのように言う。
あの牢屋でのやり取りの事を思い出してるのだろう。
「とは言え、本当に嫌がらせなど起こしたくなくて……セレン嬢が私に嫌がらせを受けていると、でっちあげの噂を流してくれた時は、私が何もしなくてもこれでストーリー通り進むのだと思って安心したのですが」
私は目を臥せる。
「……ニコラスとセレン嬢が、俺の暗殺計画を企んでしまったのか」
「そこからはもう……ストーリーどころではありませんでした」
私は首を横に振る。
「……それで? セレン元男爵令嬢とシーギス侯爵令嬢もフィーと同じ世界の記憶持ちだったって事か?」
「セレンさんには、ちゃんと問い質した事はありませんが。“日本語”を使っていた事、“私はヒロインなのに”と口走っていた事から間違いはないかと」
「…………確かに地下牢での面会の時にそんな事を言っていたな」
「彼女は最後まで、自分がこの世界のヒロインで、何でも思い通りになる、と思っていたようです。なのにストーリー通りに動かなかった私のせいでおかしくなった! ……とあの時責められましたね」
私達は遠い目をする。あの日のセレン嬢が頭の中に浮かんだ。
「一方のミレーナ様は私の前でハッキリと断言しましたから……間違いは無いでしょう」
「……フィーは今でもここが小説の世界だと思っているのか?」
この質問こそ殿下が最も知りたい事なのだろう。
今までの質問の中で声が1番真剣だ。
「全く思っていません。確かに最初は私もセレン嬢のように、彼女がヒロインでシナリオ通りに進む世界だと思っていました。そうなるべきだ、とも。でも、違うと気付きました。ここは今、私達が生きている現実なのだと。私も皆もちゃんと自分の意志を持って生きている世界だと」
「何かきっかけがあったのか?」
殿下が真剣な顔で問いかけてくる。
だから、私も真剣な気持ちで答える。
「それは…………フリード。あなたの事を好きになったからです」
「えっ?」
殿下が目を丸くして驚いている。
「小説のストーリー通りなら私はニコラス殿下に恋をするんです。でも、私はニコラス殿下に恋をする事はなかった。私は私の意思であなたに……フリードに恋をしました。フリードに恋をした事でここが作られた世界ではなく現実なのだと気付けました」
「フィー……」
殿下が私の手をとり優しく握ったと思ったら、そのままギュッと抱き締められた。
私の大好きな腕の中……
1番安心出来る場所。これからずっと私のいる場所。
「……あ、の、信じてくれるのですか? こんな話……」
「嘘なのか?」
「違います! だけど、こんな話を突然、聞かされても、その……」
「まぁ、普通なら信じられないよな」
殿下が私の頭の上でため息をついたのが分かった。
「何と言うか、色々と疑問だった事が全部腑に落ちたって言うのか……あぁ、なるほどなって素直に思えたんだよ。……それに」
「……それに?」
「フィーの言う事を俺が信じないわけないだろう?」
「…………!」
「話してくれてありがとう、フィー」
さらにキツく抱き締められた。
私も殿下の背中に手を回して抱き締め返す。
「私も……聞いてくれてありがとう……フリード」
「あぁ……」
顔を上げてお互いしばし見つめ合うと、どちらからともなく自然と唇が重なる。
「好きだよ、フィー」
「……私も、フリードが好きです」
再び、唇が重なる。
それは、恋人同士として行う最後のどこまでもどこまでも甘いキスだった。
50
お気に入りに追加
3,253
あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜
シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……?
嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して──
さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。
勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

【完結】夢見る転生令嬢は前世の彼に恋をする
かほなみり
恋愛
田舎の領地で暮らす子爵令嬢ユフィール。ユフィールには十八歳の頃から、アレクという歳下の婚約者がいた。七年前に一度顔を合わせたきりのアレクとは、手紙のやりとりで穏やかに交流を深めてきた。そんな彼から、騎士学校を卒業し成人を祝う祝賀会が催されるから参加してほしいとの招待を受け、久し振りに王都へとやってきたユフィール。アレクに会えることを楽しみにしていたユフィールは、ふらりと立ち寄った本屋で偶然手にした恋愛小説を見て、溢れるように自分の前世を思い出す。
高校教師を夢見た自分、恋愛小説が心の拠り所だった日々。その中で出会った、あの背の高いいつも笑顔の彼……。それ以来、毎晩のように夢で見る彼の姿に惹かれ始めるユフィール。前世の彼に会えるわけがないとわかっていても、その思いは強くなっていく。こんな気持を抱えてアレクと婚約を続けてもいいのか悩むユフィール。それでなくとも、自分はアレクよりも七つも歳上なのだから。
そんなユフィールの気持ちを知りつつも、アレクは深い愛情でユフィールを包み込む。「僕がなぜあなたを逃さないのか、知りたくないですか?」
歳上の自分に引け目を感じ自信のないヒロインと、やっと手に入れたヒロインを絶対に逃さない歳下執着ヒーローの、転生やり直し恋愛物語。途中シリアス展開ですが、もちろんハッピーエンドです。
※作品タイトルを変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる