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第3章
8. 本当の黒幕
しおりを挟む「……んっ」
身体が痛いな、と思って目を開けるとそこは見知らぬ場所だった。
どこかの部屋の一室だろうか。
腕と足は縄で拘束されていて、床に寝かされていたようだ。
だんだん意識がはっきりしてくるにつれて、今、自分の置かれている状況が理解出来るようになってきた。
そうだ。後ろから変な薬品を嗅がされた。
そして意識を失いここに運ばれて来た……?
──バカだったわ。もっとちゃんと警戒するべきだったのに。
無事にこの日を迎えられた事で油断してた。
何か仕掛けられるとしても、それはパーティーの最中に起こると思っていて、こんな形は予想してなかった。なんて甘かったの……私。
「殿下……ごめんなさい」
だけど、嘆くのは後だ。今じゃない。
まずはここが何処なのか把握しなくては。
それに、私はどれくらい眠っていたのだろう……?
パーティーはどうなっているのか……
私は顔を上げてキョロキョロと部屋の中を見渡した。
──その時。
「あら? スフィア様、もう目覚めてしまわれたのですか?」
ガチャリと部屋のドアが開く音がして、振り返った私の目の前に現れたのは。
「……ミレーナ様」
──シーギス侯爵令嬢、ミレーナ嬢だった。
半ば予想していただけに驚きは無い。
「嫌だわ、もう少し眠っててもらうはずだったんですけど……薬の効き目が弱かったのかしら?」
ミレーナ嬢は、首を傾げて困ったわ……と呟いている。
「……何でこんな事をしたの」
「何で? そんなの決まっているではありませんか!」
ミレーナ嬢は不敵に笑う。
「スフィア様が邪魔なんですの。だって今日、この場でフリード殿下との婚約を発表なさるのでしょう? もう止められそうにないんですもの。もうわたくしに出来る事が思いつかなくて……なので、とりあえず、スフィア様が発表の場に居なければいいと思いましたの」
「は?」
「ですから、スフィア様。パーティーが終わるまでこちらで大人しくしていてくださいませね?」
ミレーナ嬢はニッコリ笑ってそう言った。
私はあまりにも勝手な言い分に唖然とした。
「そんな事したって、婚約は……」
「あら? 発表の場に本人がいないなんて、その気がない。逃げたのだ、と思われるのではなくて? 婚約を認めた陛下も他の重臣の方々も、スフィア様を婚約者とする事を考え直すかもしれないでしょう?」
「なっ!」
さすがにここまで来て考え直す……かは分からないけれど、どちらにせよ、周りにも心証が悪い事だけは確かだ。
「フリード殿下も、婚約発表の日だと言うのにこんな公の場でスフィア様に逃げられた、となっては……ねぇ?」
フフフッとミレーナ嬢は不敵に笑う。
「ミレーナ様……あなたは何が目的なの……」
「目的?」
「あなたは、私を貶めてまで何がしたいの? ……フリード殿下の事が好きで彼と結婚したくて私を蹴落とそうとしているの?」
私の言葉に、ミレーナ嬢はそれまでとは一変し目付きを鋭くさせる。
どうやら、図星だったらしい。
「ずっとお慕いしてましたの」
「……」
「ねぇ、スフィア様? あなた、『第二王子と男爵令嬢の秘めやかな恋』という小説知ってます?」
「っっ!?」
殿下への恋心を伝えられても驚く事は無かったけれど、ミレーナ嬢のその言葉には思いっきり動揺してしまった。
何で……どうして今、彼女の口からその本のタイトルが出てくるの?
だって、その本は………………この世界の本じゃない。
私の顔はおそらく真っ青だったのだろう。
そんな私を見てミレーナ嬢は確信を持ったのか笑いながら言った。
「あぁ、やはりご存知なのですね? つまり、スフィア様、あなたもわたくしと同じ転生者……ですわね?」
「……っ!」
「やっと謎が解けましたわ。悪役令嬢スフィアが物語と全く違う行動を取っていた謎が……あなたのせいでセレン嬢も大変困惑していましたわよね」
まさか……もう1人転生者がいるなんて思いもしなかった。
だって、ミレーナ嬢は……
「ふふ。知っての通り、わたくしは物語には全く出てこないモブと呼ぶのもどうかと思うレベルの令嬢ですわ」
「……」
その通りだ。ミレーナ・シーギス侯爵令嬢は小説の中で名前すら出て来ない。
「それでも良かったんですの。わたくし、あの物語を読んだ時から脇役だったフリード殿下の事が好きでしたから」
「……!」
「だって、あんなにカッコイイのにモブなんですもの。信じられない! ニコラス様よりも断然わたくしはフリード殿下が好きでしたわ!」
そう言って頬を赤く染めて笑うミレーナ嬢の言う事は本当なのだろう。
「そして、実際のフリード殿下に初めてお会いした時から、わたくしはずっとフリード殿下をお慕いしてましたのよ。ですから、わたくしは幼い頃からフリード殿下の婚約者になる事だけを考えて来ましたわ!」
「……ミレーナ様」
「モブの王太子殿下と、モブですらないわたくしとなら、例え現実に結ばれても小説のストーリーが破綻する事は無いでしょう? まぁ、フリード殿下の婚約者となるはずのカーチェラの王女様だけは人生が変わってしまいますけどね」
うふふ、とミレーナ嬢は笑いながら話を続ける。
「私は侯爵令嬢ですもの。身分だって問題ありませんわ。だから王宮に通い詰めて、目一杯自分をアピールしましたわ。なのに一向に話が来ない。そこで私、気付きましたの。わたくしより上に公爵令嬢のスフィア様がいるからだと。何故かニコラス殿下の婚約者にもならず、全く王宮の催しにも顔をお出しにならなかったあなたが常にいたからなのだと!!」
「……」
「そうしたら、スフィア様は久しぶりに現れた表舞台の社交界デビューで、何故かフリード殿下と親しくされていた。しかも! エスコートまで受けていたと言うじゃないの!!」
ミレーナ嬢はその時の事を思い出したのか、憎々しい表情を浮かべ声を荒らげた。
「その話をお父様から聞いた時のわたくしの気持ちがお分かりになります?」
「……!」
あぁ、だからミレーナ嬢は深く私を憎んでるんだ。
私がいきなり現れてフリード殿下の隣に並んだから……
「スフィア様がニコラス殿下と婚約したと聞いた時は、やっと物語の通りになったわ、と飛び上がるくらい嬉しかったですわ。お父様に進言した甲斐がありました」
「え? 進言?」
「私がお父様にお願いしたのです。だって、このままではニコラス殿下とスフィア様が婚約しない可能性があったんですもの。それでは困るわ。ストーリーが破綻してしまう。それに、むしろこのままではスフィア様がフリード殿下と婚約してしまう可能性の方が強かったわ……!」
ニコラス殿下との婚約話が来た時、臣下である貴族達からの声が大きくなってと言っていたけれど、始まりはミレーナ嬢と侯爵だったらしい。
「なのに! 予定通り婚約が破棄になったと思えば、国外追放されず、ヒーローとヒロインが処分されて、悪役令嬢がフリード殿下と婚約? どうしてですの? 何故、そんな事になるんです?」
「ミレーナ様……」
「これでは何の為に、セレン嬢を唆してスフィア様の評判を下げたのか分からなくなってしまったわ」
「!?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
ミレーナ嬢が、セレン嬢を唆した……?
「あまりにもストーリー通りにいかないから、わたくしセレン嬢と接触してみましたの。その時、彼女は嘆いてましたわ。何故かスフィア様が自分に嫌がらせを行って来ないのだと」
「なっ!」
「そうでなければ、自分は幸せになれないのに、と。そして、スフィア様は自分を虐めた罪で国外追放される運命なのだとも言ってましたわね。あの方、おバカですよね。そんな事をわたくしにペラペラと喋ったりして」
「ちょっと待って……なら、まさか……あの、私の噂は」
「えぇ、私が指示しましたの。スフィア様が何もしないのであればでっちあげてしまえば良いのよと唆して。その為の噂を広げるのもお手伝いさせて頂いたわ! わたくし前世でお仕事は営業してましたから得意なんです」
「……っ」
だから、ミレーナ嬢は話が上手いんだ……
「セレン嬢、噂の広め方とても下手だったんですよ。大変でしたわ……」
セレン嬢のあの手法と話術はミレーナ嬢からだった。
まさか、こんな形で二人が繋がっていたなんて。
どおりでセレン嬢とミレーナ嬢の私を貶める噂の広め方に既視感があったわけだ。
今更ながらその事に気付いた。
「スフィア様の評判を落とし虐めと嫌がらせの罪を背負わせ、果てはストーリー通りに国外追放となればスフィア様がフリード殿下の婚約者となる可能性は消滅し、フリード殿下の婚約者には私が選ばれ、セレン嬢はニコラス殿下との幸せを手に入れて……皆ハッピーエンド! となるはずでしたのよ!」
ミレーナ嬢はそう言って私を睨む。
ちょっと待ってよ……それ、悪役令嬢スフィアだけ幸せじゃないんだけど……
「さて、そろそろ会場に行かなくては。スフィア様はここで大人しく待っていてくださいませ。……まぁ、その手足では動けないでしょうけれど。スフィア様は王太子妃になる重圧に耐え切れず逃げ出したと、皆には話しておきますわ」
「ミレーナ様!」
「私が代わりに殿下の婚約者になりますから、ご安心くださいませね」
ふふふ、とミレーナ嬢は不敵に笑う。
「ふざけないで!! そんな勝手な事させない!」
ミレーナ嬢がフリード殿下を想っていたとしても、こんな事をする人に、彼の隣を渡してなるものか!
「ふんっ……無駄ですわ。せいぜい、そこで喚いているといいわ!」
そう言ってミレーナ嬢は、「そろそろパーティーも開始ね」と言って勝ち誇った顔をしながら部屋から出ていった。
手足を縛っているから動けないと思っているのか、部屋の中には私を見張る人は置いていない。実際、協力者がどれだけいるのかは不明だけど。
私をここに拐った目的は危害を加える事ではなく、とにかく私をパーティーに出させたくなかっただけのようだ。
「あぁ、もう! 縄……この縄さえ解ければ!」
私はどうにかする方法が無いか必死に考えた。
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