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第3章
7. 卒業、そして婚約発表の日
しおりを挟む華やかなパーティー会場で、そこに赤いドレスを着た1人の女性が地べたに座り込んでいる。その彼女の目の前には男性と女性が連れ添って立っていた。
『スフィア・ランバルド公爵令嬢! 今、この時を持って君との婚約は破棄させてもらう!』
『な、何故ですの!? ニコラス様!』
『理由? 理由は、君が1番分かっていると思うが? 君がこちらの令嬢にした事を私が知らないとでも思っていたのかい?』
『そ、そんな……!! 私は、私はただあなたに…………』
────────
─────
「……はっ!! ゆ、夢……よ、ね?」
私は、ベッドから飛び起きて当たりをキョロキョロと見回す。
いつもの自分の部屋だった。
今、見た夢があまりにもリアルすぎて、一瞬どちらが現実か分からなくなってしまった。
「……小説のストーリー通りの展開で何もかも進んでいたら、私は卒業パーティーで今の夢みたいになるはずだった……のよね?」
何で今日に限ってこんな夢を見たのか。
……今日が、その卒業パーティー当日だからだろうか。
私は静かに首を振る。
ニコラス殿下もセレン嬢も、もう私の目の前にはいない。
それに断罪ならもう受けたし、ニコラス殿下との婚約も既に解消されている。
そして二人は犯した罪を世間に公表されたと同時に厳しい監視付きでそれぞれ処罰を受ける場所に送られていた。
だから、夢で見た事は絶対に起きない。
「私は悪役令嬢スフィアとはもう違うのよ!」
──フリード殿下と一緒に幸せになるんだから。
私はベッドから起き上がり気合いを入れた。
◇◇◇
「やっぱりお似合いです!! お嬢様はフリード殿下の色がピッタリですね!」
サラが嬉しそうに言う。
フリード殿下に贈られたドレスだけでなく、一緒に贈られたアクセサリーや小物、靴に至るまで全て殿下の色で染められていた。
「……これだと誰がどう見ても、フリード殿下の色って感じじゃないかしら?」
ちょっとあからさま過ぎないかしら、と思って聞いてみたけれど、サラは笑顔で首を振る。
「それでいいんですよ! 今日は皆様の卒業を祝うパーティーでもありますが、お嬢様と殿下の婚約発表の場でもあるのですから!」
「そ、そう?」
「そうですよ! やっと公表ですね! おめでとうございます、お嬢様!」
「ありがとう、サラ」
ニコラス殿下との婚約が発表になった時とは全然違う気分だった。
自分が心から愛してる人との婚約は、こんなにも嬉しいものだったのね……と思わず笑みが溢れる。
「お嬢様! フリード殿下がいらっしゃいました!」
嬉しくて頬を緩めてニマニマしていたら、別の侍女が呼びに来た。どうやら、殿下が到着したらしい。
今日は、会場で落ち合うのではなく屋敷からエスコートをしてくれるのだ。
「今、行くわ!」
「フィー」
「スフィア」
応接間に着くと、ちょうど殿下とお父様が話をしている所だった。
「あぁ、フィー、良かった。似合ってるよ」
殿下が私の姿を見て蕩けるような笑顔で言う。
「あ、ありがとうございます」
「うん! 全身、俺の色で染まってるフィーを見るのは堪らなく嬉しい」
「そ、そういうもの……?」
「そういうものだよ。……さて、行きましょうか? 俺のお姫様」
殿下が私に手を差し出した。
「えぇ、私の王子様」
私はクスリと笑って殿下の手に自分の手を重ねた。
「それでは、お父様行ってまいります!」
「あぁ、気を付けて。私達も後から行くからね。殿下、スフィアをよろしくお願いします」
「あぁ」
そうして私達は馬車に乗り込みパーティー会場へと向かう。
また、馬車の中で隙あらば迫ってくる殿下を御するのが大変だった。
もう! こんな時まで!! 殿下は相変わらずだった。
◇◇◇
パーティー会場に着いて、殿下のエスコートを受けながら会場入りすると、視線が一気に自分達に集まったのを感じた。
『フリード殿下が卒業パーティーのエスコート!?』
『何で殿下が……』
『そう言えば、以前も殿下はスフィア嬢のエスコートしてなかったか?』
凄い騒がれようだ。
……殿下にエスコートされた社交界デビューの時もこんな感じだったなと思い出す。
すでに懐かしい。
「3年前を思い出すな」
殿下が小声で呟いた。
「ふふ。私もそれを思い出していました」
殿下も同じように思ってたんだなぁ、と思うと嬉しくなった。
「スフィア!」
後ろから声をかけられて振り向くと、リリアとロベルトが近寄って来る所だった。
「リリア! ロベルト!」
「スフィア、綺麗だわ~! 素敵!」
「リリアもよ!」
卒業が近付いてからは、学院への登校も自由になっていた為、リリアとロベルトとは、会う機会が減っていた。
2人はもうすぐ結婚式をあげるので、その準備に追われて忙しそうだったのだ。
「フリード殿下もお久しぶりでございます」
リリアがフリード殿下に挨拶をする。
「いや、顔をあげてリリア嬢。もうすぐ式を挙げると聞いたけど?」
「はい。その節は大変お世話になりました。ありがとうございました」
「礼には及ばない。君達には幸せになって貰いたいからね」
「ありがとうございます! 私達は今、幸せです! これからもっと幸せになります!」
リリアが満面の笑みでそう答えた。
本当に心からの幸せそうな笑顔だった。
「そうか。なら、良かった」
フリード殿下が、リリアとロベルトの事を気にするのは、やはりニコラス殿下が横槍入れて引っ掻き回したせいなのだろう。
色々あったけれどニコラス殿下は弟なのだもの。どこか複雑な気持ちがあるに違いない。
「結婚式、楽しみにしてるわ!」
「えぇ、楽しみにしていてね!」
きっと、リリアのウェディングドレス姿は可愛いわ!
とても楽しみだった。
リリア達と別れ会場内を歩き出したら、
「……俺も早くフィーと結婚したいなぁ……」
隣で殿下がそう呟いていた。前にも聞いたわね、それ。
「まずは、今日の婚約発表からですよ?」
「そうだな。けどこれでやっとフィーが俺のものだって公言出来る!」
「そうですね」
殿下がとても嬉しそうに言うから、私も嬉しくて自然と顔が緩んでしまう。
「あ、あのスフィア、様……少しよろしいでしょうか?」
再び嬉しさにニマニマしていたら、突然、後ろから控えめに声をかけられたので、振り返るとクラスメートの1人であったハリーア男爵令嬢、シリカ様が立っていた。
「シリカ様?」
「お邪魔してすみません、その……スフィア様にどうしても至急確認したい事があるから呼んで来て欲しいと先生に頼まれてしまいまして」
おずおずとシリカ嬢が言う。
「確認したい事? 何かしら?」
「卒業生代表のおことばに関する事らしいのですが……」
そう言いながら、シリカ嬢はチラリと殿下を横目で見る。
私を連れ出しても構わないのか気にしているのかもしれない。
「フリード殿下。私、少し席を外してもよろしいでしょうか? 先生の所に行って確認してきます」
「ん? あぁ……構わないが……さすがに一人では」
殿下が言葉を濁したのは、私を一人で行動させる事への躊躇いからだろう。
私は、チラリとシリカ嬢を見ると、
「あ、私が先生の所までスフィア様に付いて行きます!」
「そうか? なら頼む」
こうして私はシリカ嬢と共に先生の元へと向かう事になった。
会場の広間を出て、廊下を歩きだすシリカ嬢の足はどこか慌てているような、とても急いでいるような足取りだった。
いくらパーティー開始までそんなに時間が無いとは言え、ちょっと急ぎ過ぎではないかしら?
「ねぇ、シリカ様? ちょっと早いわ。そんなに急いで行かなくてはならないの?」
「…………」
シリカ嬢は無言のまま歩き続ける。
「シリカ様?」
私が2度目に声をかけた所で、シリカ嬢は突然ピタッと立ち止まった。
「スフィア様……」
そう言って振り返った彼女の顔は真っ青……顔面蒼白といった様子だった。
「ちょっと、どうしたの? 大丈夫なの?」
さすがにその顔色は尋常ではない。
「スフィア様……ごめんなさいっっっ!」
「えっ?」
突然の謝罪に訳が分からず戸惑っていたせいで、私は背後から近付いてくる人物に気付く事が出来なかった。
「……っ!!」
その人物は、後ろから近付いてきて、私の鼻に布のような物をあててきた。
何かの薬品のような匂いがして、本能的にこれはマズイ奴だと感じたけれど、少し吸い込んでしまった。
クラっと自分の意識が遠くなっていくのを感じ、倒れる寸前に見えたのは、ひたすら怯えた顔で「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きじゃくるシリカ嬢の姿だった。
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