35 / 43
第3章
6. これから先への不安
しおりを挟む「何か言われたり、されたりしていないか?」
目の前のフリード殿下が飲んでたお茶のカップを置きながら心配そうな顔で尋ねてくる。
ここは、殿下の執務室。
最近はお妃教育の休憩時間に、殿下の執務室で一緒にお茶をする時間が設けられるようになった。
「大丈夫です。まぁ、そうですね……強いて言うなら、前より遠巻きに見られてる感じはしますねぇ……」
私もカップを置きながら最近の学院での様子を答える。
殿下が私にそんな顔で近況を尋ねてきたのは、先日、ニコラス殿下とセレン嬢の処分が世間に発表されたからだ。
同時に、ほぼ暗黙の了解となっていた私とニコラス殿下の正式な婚約解消も発表された。
私はあの断罪された日の夜会を最後に、社交界には顔を出していない。
だから、詳しくは知らないけれど、ニコラス殿下についていた貴族の処分はすでに済んでいたから、発表しても大きなトラブルにはならなかったらしい。
しかし、社交界は顔を出さずにすんでも、学院はそうはいかない。
そんな学院の方では、ヒソヒソと遠巻きにされる日々がまだ続いている。
ニコラス殿下の婚約者だった頃は、セレン嬢との関係に関してあれやこれや言われ、
あの夜会の後は、ニコラス殿下との婚約破棄に関して言われ、最近は、ミレーナ嬢の行為とその内容に関して。
こう考えると、私は常に周りに遠巻きにされヒソヒソ言われている気がする。
「そうか。んー……まぁ、俺としてはフィーに余計な虫が寄ってこないのは助かる面もあるがー……いや、しかし……」
「虫ですか?」
殿下は真剣な顔でブツブツ呟いている。部分的にしか聞こえなかったけど“虫”という単語は聞き取れた。
私がよく分からず首を傾げていると、殿下は苦笑しながらさらに続ける。
「ニコラスとの正式な婚約解消が発表されたから、フィーは世間的には今、婚約者がいない状態だろう? 余計な男共が近付いてくる可能性がある」
その言葉に私は、パチパチと目を瞬かせる。
え? フリード殿下ってばそんな心配をしていたの?
「何を言ってるんですか? いくら、私の公爵令嬢という身分が魅力的と言っても、婚約破棄された王子の元婚約者を口説く人なんていませんよ?」
私がそう答えると、殿下はジロっとした目で私を見てきた。そしてため息を一つ吐いた。
何でそんな顔を……? そして何故、ため息まで……?
「フィーは分かってない……」
「はい?」
「フィーは今までの夜会でどれだけの男を虜にして来たか全く分かってない!!」
「え?」
むしろ私は、殿下が何を言ってるか分からない。
「俺がどれだけ牽制してきたと思ってるんだ!? フィーの社交界デビューの後に公爵にあんな事を頼んだのも、あのままじゃ、沢山の縁談が舞い込んで早々に誰かと婚約してしまうと思ったからだ!」
「は、はぁ……」
殿下の勢いに圧倒されてしまう。
そう言えば私に来る縁談は殿下が握り潰してたとか言ってた……わね。
「俺がいない間に、ニコラスが割り込んできた事はもちろん面白くなかったが、破談にさせる事は決めていたから、むしろ虫除けとして働いて貰えて助かったと思ってたくらいなんだぞ!」
「……ん?」
破談にさせると決めていた?
虫除け?
「あぁ、俺は、帰国したら何がなんでもニコラスからフィーを奪うって決めてたからな。せいぜいニコラスにはそれまでの虫除けになってもらおうかと。さすがに王子の婚約者を堂々と口説く男は、そうそういないだろうから」
殿下はニッコリ笑って言った。
私が、何も言えず口をパクパクさせていると、殿下は面白そうな顔をしてさらに話を続ける。
「ちゃんと言ってただろう? 俺は諦めの悪い男だって」
「えっ? ……あ!」
確かに、留学するという話を聞かされた時に言っていた気がする。
「あの時は、早く帰国してフィーに求婚するため。ニコラスに婚約者の座を取られてからは、ニコラスからフィーを取り戻すため。……俺はフィーの事に関しては何一つ諦められないみたいだ」
本当にこの人は。言葉にならない想いが私の胸に込み上げてくる。
「あの、本当にフリードは…………私の事を好きすぎると思います……」
自分でこんな事を口にするのは、自意識過剰かな? と少し抵抗があったけど、言わずにはいられなかった。
「うん。俺もそう思う」
なのに殿下はあっさりと認めた。こうもあっさり認められてしまうと自意識過剰でもなかったのかもしれないなんて思ってしまう。
「ミミズのイタズラを仕掛けた時の反応が印象深かったのもあるけど、その前から……最初の挨拶の時から俺はフィーに見惚れてた。あの一瞬で俺はフィーの虜になったんだ」
「いや、虜って……大袈裟です」
あの時は挨拶しただけですよ!? しかも、渋々!
「大袈裟じゃないぞ? フィーに次に会う時は、カッコよくなった俺を見てもらいたい一心であの日から俺は変わったから」
「えっ」
そう言われて思い出した……確かに、ニコラス殿下もそんな事言ってたような気がする。兄上は私に会ってから変わった! とか何とか。
「でも! まさか! その後、7年間も会えないとは思わなかった……」
「うっ!」
「8歳の少女だったフィーが、15歳の女性となって目の前に現れた時の衝撃は……言葉に出来ない……想像以上だった」
殿下は色々思い出したのか、顔を手で覆う。
その隙間から見える顔がほんのり赤いのは気のせいではないと思う。
「私は、再会してからはフリードにドキドキさせられっぱなしでしたよ?」
私が拗ねたような声を出すと、殿下は手を顔から離して苦笑する。
「ハハッ! そりゃそうだ。これでも一生懸命口説いてたんだから。むしろ、ドキドキしてくれてて安心した。フィーは鈍すぎて全部流されてる気がしてたからな」
「むぅ……」
「なんか話がズレたけどな、フィーは魅力的なんだよ。頼むからもう少し自覚してくれ」
「わ、分かりました……」
正直、よく分かっていないけどそう返事をしておかないと怖いので素直に答えておいた。
でも、ジトっとした目で見られてるから、多分、分かっていないのはバレバレだと思うけれど。
「それから……」
口調が変わったので、真面目な話かな? と思い顔をあげた。
「俺達の婚約発表は、来月のフィーの学院の卒業パーティーで行うと決まった」
「へ? 卒業パーティーでですか?」
「うん。本当は王宮主催の夜会とか開ければ良かったけど、今はニコラスの事もあるからさすがに出来ないからな」
王族が不祥事起こしてるのに、のんきに夜会とか開催してる場合じゃないわよね。
「だが、さすがにこれ以上公表を延ばすのもって事でそこにねじ込んだ」
「だからって卒業パーティーにねじ込むとは」
「まぁ、フィーが今年の卒業生だから認めて貰えたようなものだよ。それに……」
「それに?」
「フィー、卒業生代表だろう?」
「……知って!?」
「パーティーで、卒業生代表が王族との婚約発表なんていい宣伝になる! って学院側は大盛り上がりだったぞ」
「えーー……」
それでいいのですか!? 学院長!! と声を大にして言いたい。
「俺は公表出来ればどんな場でも良かったけど、フィーの卒業パーティーに顔出せるのは嬉しいよ?」
殿下は嬉しそうに言うから、私の心もじんわりと温かい気持ちになった。
「俺がエスコート出来る。ドレスを贈ったかいがあった」
「あ……そうでした! 今回もありがとうございます」
卒業パーティー用に殿下からドレスを贈られたのは数日前の事だ。
今回も殿下の目の色の青をベースにしていて、殿下の想いが溢れまくっている!
と、サラは言っていたっけ。
殿下の瞳の色のドレスを纏って、殿下にエスコートされる。
確かに婚約発表の場としてはいいのかもしれない。
ちょっと公私混同感はあるけれど……
だけど、卒業パーティーか……と思った。
小説のストーリーでは、“悪役令嬢スフィア”が婚約破棄と断罪を言い渡される、まさにクライマックスの部分だった卒業パーティー。
まさか、それが私の婚約発表の場になるとは思いもしなかった。
本当に、ストーリーは変わったのだなと思うと非常に感慨深いものがある。
作られた物語ではなく……ここで生きている自分の物語を歩んでるのだと改めて実感した。
「あとは、シーギス侯爵の事を何とかしないといけないんだが……」
殿下が、苦々しい顔をする。
「他に証拠が出ないのですか?」
「うん、中々巧妙に隠してる。全然、尻尾を出さない」
証拠集めは難航しているようだ。
あの紙を読まなかったら……読める人間がいなかったら関与している事さえ気付かれなかった人だ。かなりうまく隠しているのだろう。
「フィーは、あれから特に報告は受けてないけど、シーギス侯爵令嬢からの攻撃は大丈夫なのか?」
「あー……小さい嫌がらせは無くはないですけど、あの時のように怪我するような事はありません」
「……小さい嫌がらせはあるのか……くれぐれも気を付けてくれ。婚約発表が迫ってる事から、また強行手段に出るかもしれない」
「……! そうですね、分かりました。気をつけます」
卒業。そして婚約発表は来月。
無事にその日を迎えられるよう私は願うばかり────
だけど、そういう運命なのか……やっぱりこの世界はそう甘くないんだなって私は思い知らされる事になる。
38
お気に入りに追加
3,253
あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜
シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……?
嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して──
さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。
勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる