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第2章
12. あの日の約束を
しおりを挟むフリード殿下からの言葉に私は、目を見開いたままその場で固まってしまった。
「フィー……いや、スフィア」
殿下が立ち上がったかと思ったら、再び腕が私を囲みギュッと抱き締められる。
「ずっとだ。初めて会ったあの日からずっとずっとスフィアだけが俺の心の中にいた」
「え、初めて?」
「スフィアは? 俺を……俺の事をどう思ってる?」
「あ……」
私が上手く答えられずにいると、殿下は更に畳み掛けるように言葉を続ける。
「スフィア、君の事だ。ニコラスの婚約者になってた事も含めて自分は俺に相応しくない……とかごちゃごちゃ考えてるだろ?」
「っ!」
「そんな煩わしい事は取っ払って、俺はフィー……スフィアの俺への純粋な気持ちが知りたい」
「……殿下」
「俺を選んで欲しい、スフィア」
さらに、力を入れて抱き締められた。
まるで身体中で愛を伝えてくれてるみたいに。
そのあまりの心地良さに、ずっとこの腕の中に包まれていたいと強く思ってしまった。
あぁ、私はここに……フリード殿下の側にいたい。
この気持ちを諦めるなんて出来そうにない。
私は、恐る恐る自分の手を殿下の背中に回した。
軽く私から抱き締め返すと、殿下の身体がビクッとかすかに震えた気がした。
「…………き、です」
「えっ?」
よく、聞こえなかったらしい。聞き返されてしまった。
「好き……です。私も……あなたをお慕いしています……」
「……!! フィー!!」
「きゃっ!」
さらに強く抱き締められた。
「フィー! フィー! フィー!!」
「く、苦しいです……殿下っ」
私が、そう言うと「あ、しまった! 嬉しくてつい……ごめん」と言って少し離れてくれた。
そして少し距離が出来た為、パチッと私達の目が合った。
「……っ!」
は、恥ずかし過ぎる! どんな顔をしたらいいのか分からないわ。
ただ、顔が真っ赤なのは自分でも嫌という程分かった。
そんな私を殿下はまるで眩しいものでも見るかのように目を細めながら言った。
「ダメだ……可愛いすぎる。フィー……その顔は反則だ」
「えっ……何、ど……?」
どういう意味かと尋ねようとしたけど、それは言葉にならなかった。
続きの言葉を飲み込むように、私の唇が塞がれたから。
「…………んっ!?」
口付け、をされてるのだと理解した時は、すでに殿下の片方の手は私の頭をがっちり固定していて、もう片方の手は腰を抱いていて、逃げられない体勢になっていた。
「…………っあ、殿……」
「殿下じゃない、フリード」
口付けの合間にそう囁かれる。
少し離れては、角度を変えまた口付けられた。
「……んっ……フリード……様……」
私はもう息も絶え絶えだ。
「“様“もいらない」
さらに口付けが深くなる。
「あっ…………フリード……んっ……」
私はフリード殿下にしがみつく事しか出来なかった。
そうでもしないと足元から崩れてしまいそうだった。
「……ん」
長い長い口付けを終えて、やっと解放された。
……嫌じゃない。嫌じゃないけど、ちょっと苦しかった……
は、初めてのキスなのに……!
「2人っきりの時はフリードと呼んでくれないか?」
「えっ?」
「……“殿下”とか“様”とかつけられると距離を感じて辛い……」
そんな切なそうな顔で言うのはズルいと思う。
「わ、分かりました……2人きりの時だけですが」
「ありがとう! フィー」
殿下は嬉しそうに笑ったと思ったら、突然、はぁぁぁぁーと息を吐いていた。
「どうしたんですか?」
「……いや、やっとフィーとの約束を果たせたな、と思ってさ」
「約束?」
私は何の事か思い出せずに首を傾げた。
「留学前に最後に会った舞踏会で“戻って来たら言う”って言ってただろ?」
「あっ!」
あの時、バルコニーで殿下が何か言ってくれたけど聞き取れなかったあの言葉。
戻って来たら言うって言われてたけれど、私はその言葉は聞けないかも……って思ったんだっけ。
「……あの時、俺は“フィーの事が好きだよ”って言ってたんだ」
「え!」
「やっと言えた」
殿下はホッとしたように笑う。
そんな、殿下を見ていたら本当に昔から殿下は私の事を想ってくれていたのだと実感する。
胸の奥からじんわりした気持ちが溢れてきた。
「……私、あの時はまだちゃんと自覚していなかったんですけど……本当はあの頃から、殿……フリード……の事が好きでした。ですからあの時、私達は同じ気持ちでいたんですね?」
私の言葉に、殿下が目を瞬かせた。
そして「そうだな」と、優しく微笑みながら顔を近付けて来たので、そっとまた私達の唇が重なった。
◇◇◇
「……さて、そろそろ帰らないとな。公爵家まで送るよ」
「えっ? いや、さすがにそれは申し訳ないです」
殿下には、この件の処理やら仕事や公務もあるはずだもの。
そんな面倒かけられない。
「送らせて欲しい。……公爵との約束もあるからな」
「お父様との約束?」
「フィーを必ず助けるって約束したんだ。だから、最後まできちんと送り届けないとダメだろ?」
「うぅ……」
そう言われてしまうと断れない。
そう思って、送って貰う事にしたのだけど……
「…………」
「どうした? フィー?」
殿下はニッコニコの笑顔だ。
「どうしたも何も……何故、向かい側ではなく隣に座っているんです?」
そう。
殿下は馬車に乗り込んだと思ったら何故か当たり前のように隣に腰を落とした。
そして手を握ってきた。
距離が近い。とんでもなく近い!
「あぁ、向かい合わせでフィーの顔を眺めるのもいいけど、それだとフィーに触れられないじゃないか! だったら、隣の方がいいかと思ってね」
ちょっと殿下、満面の笑みで何言ってるの!?
「…………そ、そうですか」
私がそう答えた直後、握っていた手を持ち上げ、
チュッ
手の甲に口付けを落とされた。
「…………!」
驚いて顔を上げると、バッチリ目が合う。
無理! やっぱり恥ずかしくて顔が見れない!!
もう自分がこんな風になるのは何度目だろう?
そう思って顔を逸らそうとしたけれど……
チュッ
今度は唇に軽く触れて来た。
「……んっ!?」
「フィー、好きだよ」
「…………!」
もちろん、殿下がそんな軽いキスで済ませるはずが無く……
キスは段々と濃厚になり、殿下の手は私の身体中を不埒に動き回り始める。
───馬車の中の時間は、とにかく羞恥との戦いだった。
「ーーあぁ、着いたみたいだね」
「~~!」
馬車が止まったので、ようやく殿下からの嵐のようなキスの攻撃からは解放された。
そして多少乱された服もどうにか整え、すでに息も絶え絶えでフラフラだった私は殿下に支えられて馬車を降りた。
そして、その先に居たのは、
「お父様、お母様!!」
「スフィア!」
私の両親だった。
「た、ただいま……戻りました……」
震える声で挨拶をしたら、
「うん。お帰り、スフィア。待ってたよ」
「おかえりなさい」
二人とも満面の笑みで迎えてくれた。
「殿下も……ありがとうございました!」
お父様が、殿下に向かって頭を下げた。
「いや、俺だけの力ではない。皆でスフィアを助けたんだ」
「それでもです。本当にありがとうございました」
そうだ。私は皆に助けられたんだって今更ながら実感する。
「なら、公爵……礼の変わりではないが、スフィアとの婚約を認めてくれるだろうか? 父上……陛下にはもう話を通してあるから」
「!?」
殿下の言葉に私はギョッとした。
陛下に話っていつの間に!?
しかも、ここはまだ屋敷の入口だ。使用人達も大勢いるのに!
そんな事は構わないとばかりに殿下とお父様は話を続ける。
「フリード殿下……あの日から長かったですな」
「……あぁ、長かった」
……あの日って何? 私は首を傾げる。
「スフィア、殿下はずっと昔からお前に求婚したいと仰せだった」
「えっ?」
首を傾げていてよく分かっていなかった私に、お父様が説明をしてくれる。
「だが、あの時はまだ、殿下はお前にまだ求婚する事が出来ない立場だった。だから殿下は私に言ったのだよ、出来ればまだお前の婚約者を決めないでくれ、てね」
「!?」
そんな話をお父様と殿下が!?
私は、びっくりして声が出なかった。
「ま、まさか、縁談は来ていないのかと私がお父様に尋ねていた時、いつも首を横に振っていたのは……」
「話が来るとさ、どこからか聞きつけた殿下がね、先回りして見事に握りつぶしちゃっててねぇ」
「握っ!? わ、私はてっきり誰からも縁談の話が来ていないのだとばかり……」
「何を言ってるんだ。スフィアは私の可愛い娘だよ? そんな筈ないだろう?」
「~~っ!?」
ようやく知った事実に私は呆然とする事しか出来なかった。
まさか、フリード殿下が裏で手を回してたなんて思いもしなかった。
「でもまぁ、結局、突然ニコラスにかっ攫われたがな」
殿下が悔しそうな顔で言う。
「あぁ殿下、本当にその節は申し訳なく……」
「あ……だから、あの時、陛下とお父様は変な顔をしていたのね?」
ニコラス殿下との婚約を了承した時の、陛下とお父様の微妙な顔を思い出した。
あれはフリード殿下からの婚約の申し出がすでにあったからだったんだ。
「たとえ、話を持っていってもスフィアがニコラス殿下との婚約を了承するとは私も陛下も思ってなかったんだよ」
お父様がポツリと言う。
「どうしてです?」
「お前は昔から王家とは、距離を置きたがってただろう?」
「あー……」
「……やっぱりそうだったか」
私の横で殿下がそう呟いてる。
やはり、7年間も王宮を避けてきたのはやりすぎだったようだ。
「だから、ニコラス殿下との、話を受けるなんて思わなかったし、フリード殿下がいくらスフィアの事を想ってくれても、応える事はないだろうなって思ってたんだけどねぇ……」
「お父様……」
「スフィアが了承するのなら婚約に関して私からの異論は無いよ。ただ、殿下。1つよろしいですか?」
「何だ?」
お父様の顔はいつになく真剣だった。
「殿下も知ってるとは思いますが、今、社交界でスフィアの評判は最悪です。真実がどうであれ、一度噂は広まってしまいましたから。ニコラス殿下と婚約していた事も色々言われるでしょうし、そんな女性を王太子妃なんてって反発も当然ある事でしょう。それでもスフィアを妃にと望むなら、スフィアを……私の大事な娘を守れますか?」
「……っ!」
そうだった。今、私の評判は……最悪と言っていい。
ニコラス殿下達が公の場で罪を暴かれたから、私が無実だった事も多少は知れ渡っているはずだけど、元々の噂そのものが消えて無くなったわけではない。
むしろ、今はまだセレン嬢達がせっせと広めた悪評の方が上回っていると思う。
そんな自分がフリード殿下の隣にいて良いのだろうか? と不安になってしまう。
「俺が妃に望むのは、今も昔もスフィアだけだ。確かに、今後スフィアには嫌な思いをさせたり、苦労させたりすると思う。それでも俺は全身全霊をかけて全力でスフィアを守ると誓う!」
だけどフリード殿下は、そんな私の不安を吹き飛ばすかのように、一切迷う事なくそう言い切った。
「それに……」
「それに?」
「スフィアは、こんなくだらない噂などさっさと吹き飛ばせるくらい魅力的な女性だ」
「!?」
今、殿下は何と? ……とんでもなく、持ち上げられた気がするのだけど!?
「そうだねぇ、私もそう思ってるよ」
……お父様まで!?
「俺が惚れた人だからな」
殿下はウンウンと頷きながらどこか誇らしげな顔してそんな事を言う。
いやいや、待って、待って、待って?
「……フリード殿下。娘をよろしくお願いします」
お父様が頭を下げた。
「ランバルド公爵。………スフィアを必ず幸せにすると誓う」
殿下は胸に手を当てて、そう誓ってくれた。
「え、あの……ねぇ、ちょっと二人共……」
まさかの持ち上げに動揺している間に、殿下とお父様の間でどんどん話が進んで行く。
ニコラス殿下の事もあるから、まだ正式に世間に発表は出来ないけれど、
こうしてこの日、私はフリード殿下の婚約者となる事が決まった。
──だけど。
ニコラス殿下にセレン嬢、加担した貴族もそれぞれ処分が決定した事で、事件は終わったとばかり思っていたけれど、実はまだ本当の意味で終わっていなかった事をこの時の私達はまだ知らない。
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