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第2章
9. 牢屋での再会
しおりを挟む──今、目の前のこの光景が未だに信じられない。
何で? どうして!?
驚きすぎて、声にならない疑問ばかりが頭に浮かぶ。
私は昨日の夜会で、ニコラス殿下に婚約破棄されて地下牢へと連行された。
処罰についての申し渡しはこれからだけど、
小説のストーリー通りの展開なら、私はこのまま国外追放となるはず。
そして、もう二度と会う事のない誰よりも大事な人の幸せを遠くから祈ろうと思っていた。
なのに!
その大事な人が今、私の目の前にいる。
「…………ど、して……」
かすれた声しか出なかった。
どうして、ここにいるの!?
あなたは隣国に留学中で……帰ってくるのにあと半年はあるはずなのに……!
「もちろん。留学を終えて帰国したからだよ。明け方に着いたばかりだ。そうしたら城中、大騒ぎでね……」
「……」
王子が突然婚約破棄なんて言い出したのだから、騒ぎになって当然だ。
城では対応に追われているだろう。
……間違いなく私の家も。
「で、フィーがここに居る、と聞いてね。どうにか警備の隙をついてやって来たわけだ。どう? 疑問は解消したかな?」
「……っ」
言葉を返したいのに……うまく紡げない。
「…………フィー」
ビクッ
思わず肩が震えてしまった。
フリード殿下はさっきまでどこかどす黒いオーラを出していたのに、急に優しい声に変わった。
「驚かせて悪かったと思ってる。けど怯えないでくれ。……分かってるから」
「……」
「ニコラスが何を企んでるかも、もちろん知っている。アイツは俺を留学中のどさくさで暗殺しようとしてたんだろ? まぁ、あの男爵令嬢に唆されての行動だろうが」
「……!」
やっぱりフリード殿下は何もかも知っていた。
「それよりも。俺はフィーを助けたい」
「……えっ?」
「このままじゃ、フィーは良くて国外追放だ。俺はそんな事にさせたくない! いや、してたまるか!!」
「…………い、いいんです。私はこのままで」
私は首を横に振りながら何とか答えた。
「フィーが何もしてない事は分かってるんだ! 何故、やってもいない罪を被ろうとする? それにむしろ、フィーは嫌がらせを受けてた被害者だろう?」
「……え」
そんな事まで知ってるのか。
……きっとこの人はもう大丈夫だ。
計画書では、フリード殿下の暗殺は隣国から帰国する際に事故を装って決行するという手筈だった。フリード殿下が無事に帰国した今、もうそれは使えない。
国内でも命は狙われる危険はあるだろうけれど、ここまで状況を把握しているのなら対処は可能だろう。
あの証拠品がなくても、きっと大丈夫。フリード殿下はニコラス殿下達の企みを暴くだろう。
フリード殿下が幸せになってくれる。
私は、それだけで充分だ。
「フィー、何を考えてる?」
「何も……殿下がご無事で良かったです。……婚約の話も無事にまとまったのでしょうか? ……幸せになって下さいね、殿下。私は大丈夫ですから、どうか気になさらないでください」
私は無理やり笑顔を作って微笑んだ。
「婚約……?」
殿下が眉を顰めたのは気のせいか。
「私はこのまま国外追放される事を望みます」
貴方の幸せを遠くから祈らせて──……
「何を言ってる!?」
「……真相が何であれ、私の醜聞は流れてしまいました。例えここから出る事が出来ても、私がこの国の社交界で生きていくのはもう難しいと思います。それならば、私はこの国を出て生きていきます」
私の言葉を聞いて、殿下の美しい顔が歪んだ。
「馬鹿を言うな!! そんな事は俺が許さないし、させない!」
「…………」
私は静かに首を横に振る。
……優しい人ね。本当に私の事なんて気にしなくていいのに。
でも、そんなフリード殿下だから、私は好きになったのだけど……
「……フィー。ニコラス達が用意していた計画書と手紙はどこへやった?」
「えっ?」
急な話の方向転換について行けない。
それよりも、何で殿下が私が証拠品を持ってる事まで知っているの?
「フィーが持ってるんだろう? アンバーからはそう報告を受けている」
「アンバー?」
「俺の密偵だ。会っただろ?」
「あの時の……自称密偵さん?」
フリード殿下の密偵だったのか……あの方ってフリード殿下の事だったのね。
「ははは……自称密偵って」
「…………名前を名乗って貰えなかったので……色々、怪しかったですし」
「伝えておこう。で? どこだ?」
「殿下がご無事ならもう必要ないかと思いますが?」
私の言葉に、フリード殿下はムッとしたような顔をする。
「フィーを助ける為に必要だ」
「だ、だから何で私を……? 私はこのまま国外へ……」
ガシャーン
殿下が鉄格子を掴みながら怒鳴った。
「フィーの事が好きだからだ!! 好きだから国外なんて行かせない!!!!」
────えっ?
私がたった今、殿下から発せられたその言葉を理解出来ずにポカーンとしていると、
「……殿下! 今の音で警備に気付かれたかと……!」
突然、第三者の声がした。
あぁ、警備の隙をついてやって来たって最初に言ってたから……
「フィー、頼む、教えてくれ!!」
フリード殿下の声も顔も真剣だ。
そんな顔を見せられて、これ以上拒否など出来なかった。
「…………私が大事な物を入れている箱があるんです……その中に……」
「よし、箱だな!?」
「それで、鍵がー……」
鍵が無くては開かない。鍵の事も伝えなくては──……
「殿下! もう危険です! 人が来ます! 急いで下さい!!」
「フィー! 俺は絶対に、お前を助ける! いいな!? 待ってろよ!!」
「あ……」
それだけ言い残して、フリード殿下は行ってしまった。
どうしよう。鍵の事まで伝えられなかった。
それに……大丈夫だろうか。警備に見つからなかったか心配になる。
どうかご無事で……! 無茶だけはしないで欲しい。
私はそれだけをひたすら願った。
カツンカツン
再び響く靴音。
また、誰かがやって来たようだ。さっき言っていた警備だろうか?
そう思って顔を上げると、そこに居たのは意外な人物だった。
「…………ニコラス殿下」
「ハンッ、いい眺めだなぁ、スフィア」
「………………」
「もっと嘆き、泣き喚いているかと思ったんだがな。思ったより元気そうでつまらない」
「…………」
とことん腹の立つ人だと思った。
「お前が邪魔で邪魔で仕方なくてな。セレンとの未来のために色々利用させて貰ったぞ、悪く思うなよ。むしろ、ここは未来の王と王妃の役にたったと泣いて嬉しがる所だぞ?」
「!」
……この人は! まだ、王になるつもりなのか!
私はニコラス殿下を睨みつけた。
「ふん! そんな顔も出来るのか。知らなかったな。だがやはり気に入らない」
「気に入ってもらわなくても結構です」
「生意気な女だ。どのみち、お前はこのまま国外追放される事になるだろう。今のうちにわが国の空気でも感じとっておくといい」
ニコラス殿下は言いたい事だけ告げて行ってしまった。
私の様子を見に来るついでに嫌味を言いに来ただけだったようだ。
「…………はぁ」
もう何がなんだか分からない。
フリード殿下はいつのまにか帰国していた。
「もう二度と会う事は無いって思ってたのに……」
そして、先程の言葉を思い出す。
「……聞き間違い……じゃないよね……?」
『フィーの事が好きだからだ!! 好きだから国外なんて行かせない!!!!』
心臓がまだドクドクいってる。
「……好き……? フリード殿下が私の事を……?」
あの言葉が嘘でないのなら、フリード殿下とこれからも一緒にいられる未来を願ってもいいのだろうか?
そこまで考えたところで、ハタッと気付く。
───無理だ、と。
「……さっき、私は自分で言ったじゃない。私はこの国の社交界ではもう生きていけないって」
この国の王太子であるフリード殿下と一緒にいられる未来なんて無い。
それに、彼の婚約の事だってある。
好きという気持ちだけでどうにかなるものでは無いのだから。
「フリード殿下も私の事を想っていてくれた……もう、それだけで充分だわ」
この先の自分がどうなるにせよ、
フリード殿下との事は一生忘れない大切な思い出として、ひっそり胸にしまって生きていこう。
そう思った。
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