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第2章
7. 狂い出した運命
しおりを挟む何がなんだかよく分からないまま、重大な証拠の品を手にしてしまい、どうにか屋敷に帰り着いた私は、これらの保管場所を考える。
「…………やっぱり、ここしかないわよね」
机の引き出しを開け、箱を取り出し鍵を開けた。
フリード殿下との手紙のやり取りを止めてからは、入れる物がなかったから、この箱の中に物を入れるのは久しぶりだった。
箱を開けて中に入っている物を見る。
ノートに、フリード殿下とのやり取りした手紙の束と押し花……そして、
「ブレスレット……」
あの日、ニコラス殿下の婚約者となった日、ずっと肌身離さず着けていたブレスレットを外してこの中にしまいこんだ。
フリード殿下を思い起こさせる物は全て封印しようと思っての事だった。
さすがに、ドレスや装飾品はこの中にしまえなかったけど、クローゼットの目につかない奥深くに押し込んである。
「……フリード殿下」
感傷に浸っている場合では無い。
証拠品となる計画書と手紙の束をノートに挟み込み、再び箱に鍵をかけ引き出しに戻した。
◇◇◇
「婚約解消!?」
その日の夜、お父様から聞かされた話に衝撃を受けた。
「ペレントン侯爵家の嫡男とミラバース伯爵家の令嬢の婚約が解消になりそうなんだ」
──リリアとロベルトが!? 何故、そんな事に……
「お父様、どうしてですか? あの2人の婚約期間は長いと聞いてます……2人の仲も良好です! 何故ですか?」
「…………」
お父様は、暫く沈黙した後、視線をあちこち泳がせながらも、とても言いにくそうに口を開いた。
「その、お前には言いづらい話なのだが……ニコラス殿下がリリア嬢を愛妾にすると言い出したからだ」
「……は? リリアを愛妾に!?」
意味が分からない。ニコラス殿下がどうしてリリアを愛妾に望むの?
そもそもニコラス殿下にはセレン嬢がいるではないの。
「婚約者がそんな事を言い出してお前も混乱するとは思うが……そういう事だ」
「………………」
王族に嫁ぐからにはそれは避けて通れない話だなんだよ、とかお父様は何やら言っていたけれど、これは違う。そういう事じゃない。絶対に違う……!
そこで思い出したのは、顔色も悪く何かに怯えていたリリアの姿。
まさか…………ニコラス殿下に何かされていた!?
リリアに会わなくては!!
「っ! お父様、ミラバース伯爵家を訪問する許可を下さい!!」
私は、大声で叫んでいた。
翌日、そんな私に対して更なる衝撃が襲う。
「……スフィア。リリア嬢が事故にあったらしい。だから今は訪問は控えて欲しいそうだ」
「事故!?」
「馬車に轢かれそうになって頭を打ったそうだ。命に別状は無いとの事だが今は目覚めていないらしい」
「……そんな!!」
どうしてこんな事になったの。
「リリア……ロベルト……」
羨ましいくらい仲睦まじい婚約者の二人。
お互い凄く好き合ってるのは見てるこっちにも伝わってきて……学院を卒業したら結婚する筈だったのに。
どうして……!!
気付かないうちに、リリアを巻き込んでいたんだ……
あの日、もっと話を聞けばよかった……あんなに様子がおかしかったのに。
何も出来ない自分が悔しく、また許せなかった。
そして事故の話を聞いてから3日後、ロベルトが屋敷を訪ねて来た。
「リリアは目を覚ましたよ。ただ……」
「ただ?」
ロベルトは、疲れた顔をしていた。
どうやら、リリアが目を覚ますまでずっと寝ずに傍についていたらしい。
「人に対する、記憶を失くしている……」
「えっ!?」
「自分の事や、家族……俺の事も、スフィアの事も忘れている」
「記憶……喪失……」
「医師の話では、強いショックがあって心を閉ざしたのではないか、と」
「……強いショック……」
「俺達の話は聞いてるか?」
ロベルトは、悔しそうな顔をしていた。……婚約解消の話だろう。
「……聞いてるわ」
リリアはその婚約解消の話がショックだったのか。
それとも、あの様子がおかしかった事も絡んでいるのか。
記憶の無いリリアに問いただす事は出来ない。
「……」
「……」
私もロベルトもそれ以上話す事が無かった。
「……落ち着いたらでいい、1度リリアに会いに来てくれ」
「分かったわ。伯爵家に問題が無いのなら。教えてくれてありがとう……」
「……スフィア」
「何?」
「俺は諦めないよ」
ロベルトの瞳には強い決意が現れていた。
帰っていくロベルトを見送りながら思う。
私は無力だわ。
リリアとニコラス殿下の間に何かがあったのだろうとは思うけど、こうなってしまっては分からない……
リリアは記憶を閉ざしてしまった。
事故がきっかけとはいえ、記憶を閉ざしてしまいたいくらい辛い事があったのだろう……
まさかこんな形でリリア達まで巻き込んでしまうなんて……
「リリア……」
私は、とにかく今はリリアが早く元気になる事をひたすら願った。
◇◇◇
公爵家ともなると、人付き合いは大切だ。
私、個人としては夜会もパーティーも好きではないけれど、付き合いの為に参加しないといけない事も多い。
本日参加した夜会の会場では、どこもロベルトとリリアの婚約解消の話でもちきりだった。
ニコラス殿下が横槍を入れたが故の話だと言う事も広まっていた。
おかげで、ニコラス殿下の婚約者である私に対しても視線が痛い。
『でも、ペレントン侯爵家の嫡男は、納得してないって話よ』
『まぁ!』
『今も、毎日ミラバース伯爵令嬢の元へ通ってるって!』
『領地に戻らずに? 今は休暇中でしょう?』
『愛なの? 愛されてるのね~』
ロベルトは、領地に戻らずリリアに付きっきりらしい。
“俺は諦めないよ”
あの言葉通り、ロベルトはやれる事をやろうとしているに違いない。
リリアの事故を受けて二人の婚約解消は現在保留になっていると聞いた。
その間にロベルトは諦めずに走り回っている。
「私は諦めちゃったのにね……」
小説のストーリーという運命に抗う事を。
それを覆してでもフリード殿下の傍にいたいという気持ちを。
そして、さらにそれから数日後、
私の元に、夜会の招待状が届いた。
「……ニコラス殿下から?」
セレン嬢が現れてからの半年の間で、私がニコラス殿下と共に夜会に出る事はパッタリと無くなっていた。
なのに今回に限ってお誘い?
おかしい……何か裏がある気がする……
招待状と一緒に入っていたカードを読んでハッとした。
“ドレスを贈る。君に似合う真っ赤なドレスを“
「えっ………まさか! でも半年早い!」
私が……小説の中の“悪役令嬢スフィア”が断罪を受ける事になる卒業パーティー。
その日のスフィアの装いは、ニコラス殿下から贈られた真っ赤なドレスだった。
そして、このカードに書かれている文面は、
ニコラス殿下から、卒業パーティーに誘われた時に言われた言葉そのものだった。
小説のストーリー上では、この時のニコラス殿下はすでに悪役令嬢スフィアを断罪すると決めている。
そんな事を知らない悪役令嬢スフィアは、喜んで殿下から贈られたドレスを着てパーティーに参加するのだ。
“ニコラス殿下は、やっぱりあんな子より私の方がいいのね!”
と。
浮かれてパーティーに現れた悪役令嬢スフィアに、ニコラス殿下は、婚約破棄を告げ、悪役令嬢スフィアの罪の証拠を並べ厳しく断罪する。
そして……国外追放を言い渡されるのだ。
「もしかして、私はこの夜会で……断罪……されるの?」
何故、半年も早まったのかは分からない。
リリアとの事もそうだ。何故、愛妾などと言い出したのかも分からないまま。
「リリアの所に行かなくちゃ……」
私は、首から下げている鍵型のペンダントをギュッと握りしめる。
「リリアの傍にはロベルトがいる。……きっと上手くやってくれる……」
記憶は取り戻せていないだろうが、リリアに会わなくては。
この鍵を託せるのは、リリアしかいない──
私の事はどうなっても構わない。
国外追放でいい。むしろ、それを望んでいる。
だけど、フリード殿下の暗殺計画だけはそのままになんて出来ない。
あの密偵と名乗っていた怪しい人の言う事を信じるのなら、フリード殿下はニコラス殿下の企みを知っている可能性が高い。
ならば、あの密偵の人が言ったように、手に入れた証拠品が必要な時が必ず来るはずだ。
それをリリアとロベルトに託す。
もう残された時間が無さそうな私に出来るのは、それしかなかった。
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