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第2章
6. 偶然手に入れた物
しおりを挟むその日、それを拾ったのは本当に偶然だった。
「……計画書?」
私は今、さっきまでニコラス殿下とセレン嬢がイチャイチャしていた中庭にいる。
そこに、1枚の紙が落ちているのを見つけた。
拾いあげて見ると、そこには“計画書”と書かれていた。
……日本語で。
内容は、ニコラス殿下を王位につける為の計画がつらつらと書いてある。
しかもかなり詳細に。
いつどこの貴族と会って密書のやり取りを行うかもかなり細かく書かれていた。
そして、読み進めているうちにその一文を見つけてしまった。
「……暗殺!」
フリード殿下の暗殺計画が練られていた。
やはり、あの消えて貰う発言はそのままの意味で、彼らはフリード殿下を暗殺して王太子の座につくつもりなのだ。
ここまで詳細に記載しているのは、日本語で書かれているからだろう。
この文字を読める人間は、おそらくセレン嬢以外は私しかいない。
もちろん、セレン嬢は自分だけだと思っているはずだけど。
紙を持つ手が震える。
けれど私は書かれている内容を出来る限り記憶する事にした。
何の証拠にも出来ないけれど、いつか役に立つかもしれない。
あらかた記憶し終えた時、後ろから足音が聞こえてきた。
私は慌てて振り向く。
「……あっ! ス、スフィア様、その紙は……」
セレン嬢だった。
どうやら、紙を落とした事に気付いて一人で戻って来たらしい。
「これはセレンさんのですか? ここに落ちていましたわ」
「そ、そうですか。えぇ、これ私の物なのです。ありがとうございます……」
セレン嬢は、少し目が泳いだけれど、内容は読めないはず! と、思っているからかさほど大きな動揺は見られない。
「ごめんなさいね? 誰の物かと思って中身を見てしまったのだけど……全く読めなくて困っていたの」
私がそう言うと、セレン嬢はあからさまにホッとした様子で応える。
「こ、これ、遠い異国の文字らしいのです! 我が家の蔵から見付かりまして、面白そうなので私も解読出来ないかと日々、持ち歩いて勉強してるんですよ! ス、スフィア様でも知らない文字なのですね!」
……苦しい言い訳だなぁ……遠い異国の文字。まぁ、間違ってはない、かな?
「……知らない文字だわ。異国にも色々な文化があるという事なのね……勉強になるわ」
私がニッコリ笑ってそう言うと、セレン嬢はますます安心したようで、
「そうですよね! で、では、スフィア様、ありがとうございました! お先に失礼しますわ!!」
セレン嬢はそう言って逃げる様に行ってしまった。あれでは、後ろめたい事があると全身で語っているようなものだ。
あまり長々と話して興味を持たれたら困るとでも思ったのだろう。
「明後日の……放課後……」
私はさっき読んだ計画書に書かれていた内容を思い出す。
さっきの計画書によると、明後日の放課後にここで密書のやり取りを行うそうだ。
「……こっそり見るだけ……なら」
この件に首を突っ込む事がとれだけ危険かは、もちろん分かっている。
それでも、フリード殿下が害される計画が持ち上がっているのに、黙って見ているなんて私には出来そうになかった。
◇◇◇
そして、長期休暇前最後の登校日。
今日の放課後が密書のやり取りが行われる日だった。
「…………リリア? どうしたの?」
リリアの様子が変だ。
朝から顔色が悪く、ずっと何かに怯えている様子だ。
「あ……ごめんね、スフィア……何でもないのよ……」
どこからどう見ても“何でもない”ようには見えないのだけど……
チラリとロベルトを見るけど、彼も静かに首を横に振る。
ロベルトの心配そうな顔を見る限り、事情は分からなそうだ。
「リリア……何かあったのなら話してね? そうだ! 明日から休暇だけど、本当にリリアの家に遊びにお邪魔しても大丈夫かしら?」
「あ、ありがとう……そうね、家には是非、来てちょうだい? 待ってるわ!」
リリアは笑顔でそう言ってくれたけど、無理して笑っているのは明らかだった。
以前から休暇の間に家に遊びに行く約束をしていた。
元気は無いけれど……家には遊びに行っても問題はなさそう?
休暇に入り落ち着いたら屋敷を訪ねて、もし話してくれるならリリアの悩みを聞こう、そう思った。
──そんな呑気な事を考えていて、何も知らず気付けなかったこの時の自分が許せない。
だって、この時のリリアはすでに彼らの陰謀に巻き込まれていたのだから……
そして放課後。
あの計画書に書かれていた、やり取りを行うという場所の近くの茂みに私はいる。
危ない事をしている自覚はあるけれど……大人しくしていられなかった。
ガサガサ
話し声と人の足音がする。
そっと茂みから覗き込むと、2人の人影が見えた。
片方はセレン嬢で、もう1人は知らない男性だ。……おそらく密書を渡す相手に違いない。
「いい? コレを渡して頂戴。殿下のサインも入れた計画が書いてあるわ」
「かしこまりました。お預かりします」
「それから、コレも預かるようにお願い出来るかしら?」
そう言ってセレン嬢は手紙の束のような物を取り出した。
「こちらは?」
「ニコラス殿下と私がやり取りした手紙よ。休暇中に寮の部屋に置いておくのはちょっと嫌なのよ……かと言って実家に持って帰るのもね……休暇の間だけで構わないから」
「あぁ、なるほど。わかりました。主に伝えます」
「それじゃ、よろしくね」
セレン嬢はよほど人に見られたくないのか、言いたい事だけ言ってその場からさっさと離れて行ってしまった。
その場に残っているのは、密書と手紙を受け取った男性のみ。
主にー……と言っていたから、計画の主犯とする貴族に仕える人なのだろう。
これを手に入れたら、間違いなく証拠になるけれど……無理矢理、奪い取る訳にもいかない。そんな危険な事は出来ないし、もちろんしようとも思わない。
計画書を見たからセレン嬢達に加担している貴族の名前は頭の中に入っているので、今取り引きしているのが、せめてどこの貴族の使いかくらいは分かれば良かったのだけど。それも無理そうだった。
無駄足だったかな……はぁ……と小さくため息をついた所で、
「……全然隠れられていないですよ。スフィア・ランバルド公爵令嬢」
ビクッ
密書を受け取った男性に声をかけられてしまった。
バレていた? そして何故、この人は私の名前をー……?
私の背中を冷たい汗が流れる。
「あなたは有名ですからね。分かりますよ」
「…………」
そう言いながら、男性はこちらに近付いてくる。
どうしよう。非常に不味い事態だ。今から逃げようにも私の足じゃ追い付かれてしまうだろう。
「どうして、ここで取り引きをするのを知ったかは分かりませんが、盗み見は感心しませんよ?」
「…………っ!」
男性はもう目の前まで来ていた。
「本当に無茶をなさる。……あの方が心配していた通りだ……」
「あの方? あ、あなたは、何者なの?」
ただの貴族の使いにしては変だ。私を捕まえようともしない。
「平たく言えばーー密偵ですね。だから、ここで名乗るのはご勘弁を。ニコラス殿下が暗躍している件で命令を受け動いています。あなたの敵ではありません」
「み、密偵……?」
「今日……本来ここに来るはずだった貴族の使用人を買収しましてね、代わりに私が証拠を受け取る事になりました」
「え?」
「しかし、スフィア様、危険な場所に一人で来るのは感心出来ませんが、ちょうど良かった。コレを預かって貰えませんか?」
そう言って自称密偵の男性は、先程セレン嬢から渡された計画書と手紙の束を私に渡してきた。
「……何で私に?」
「こちらは重要な証拠となりますが、まだ彼らも、彼らに手を貸している貴族達にも告発する準備が整っていません。この証拠は準備が整うまで保管していなくてはならなかったのですが、幸いあなたは事情をご存知の様子。あなたが持っているのが良いのではないかと思いまして」
「…………」
いきなり何を……そして、この人を信用していいものなのかしら?
怪しすぎる。
「スフィア様だってこの件には無関係では無いでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「さぁ、然るべき時まで保管をよろしくお願いします、スフィア様。気を付けてお帰りください」
そう言って、自称密偵の男性は証拠品を押し付けてきて私がオロオロと戸惑っている間に、さっさとこの場から離れていってしまった。
「……え? いや、どうしろと?」
私は呆然としたままその場に立ちすくむ。
こうして何故か私の手元には、重要な証拠の品が残されてしまう事になった。
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