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第2章
5. 消えない不安と私の願い
しおりを挟む「? ……モブ? セレン何を言っているんだ?」
「あら? 聞こえていましたか? 大した意味ではありませんよ。ニコラス様が気にする事じゃありません~」
セレン嬢は黒い笑みから再び無邪気な笑顔に戻り、そう口にした。
ニコラス殿下はその答えに不満そうな様子を見せる。
「しかし、兄上に関する事なら……」
「それよりもです!」
けれど、またしてもセレン嬢はニコラス殿下の言葉を遮った。
「私のお願いは叶えてくれるんですか? もちろん叶えてくれますよね! ニコラス様!」
「…………セレン」
ニコラス殿下はハッキリ返事をしなかった。
それから、自分がどうやって図書室をあとにしたのか記憶が無い。
震える身体と足を叱咤して、どうにか荷物を取りに教室まで戻って来ていた。
多分、二人には私が話を聞いていた事は気付かれていない……と思う。
ずっと私の頭の中は大混乱だった。
セレン嬢は、私と同じ転生者。もうそれは間違いない。
イジメや嫌がらせの話は私が予定りに動かないから噂だけでも広めようとした、という事なのだろう。
確実に小説のストーリー通りになるように。
だけど……
セレン嬢は、王妃になりたいと言った。
それも、王太子であるフリード殿下の妃になりたいというわけでなく、フリード殿下を蹴落としてニコラス殿下に王位を継がせたいという形で。
それは、完全に小説のストーリーから逸脱している。
「どうして……」
思わず声がでてしまう。私のその声は震えていた。
ニコラス殿下の婚約者となり、王宮に出入りするようになって知ったけれど、王位継承をニコラス殿下にと望んでいるニコラス派の貴族が意外と多くいる。
……もちろん、ニコラス殿下は王の器ではない。
学院の成績や素行を見ていてもそれは明らかだ。
それでも、ニコラス殿下を推すのは──
「傀儡の王にして自分が権力を握りたい為……」
私をニコラス殿下の婚約者に! と周りが強く推したのも、そこに理由があった。
これも後に知ったのだけれど、私達の婚約を強く推していた貴族は、ニコラス殿下が王位につく事を望んでいる人達が多かった。もちろん全員では無いけれど。
──ニコラス派と呼ばれる人達。
彼らがニコラス殿下を王位継承者として推す際に、ランバルド公爵家の後ろ盾があるか無いかは大きい。
そして、正妃という面倒な役目は私に押し付け、自分の娘や縁者の娘を側妃や愛妾にでもすれば良い……といったところか。
そして、あわよくばその娘達が王子を産んで……なんて事も考えているに違いない。
「……はぁ」
どこにでもいる下衆い者達の考える事だ。
しかし、ニコラス殿下は、あれだけのブラコンだ。
フリード殿下の事を慕っているから、昔からニコラス派の貴族達が何を言っても全くその気にならなかったとも聞いている。
けれど、あんなに溺愛しているセレン嬢が王妃という立場を望んだ。
ニコラス殿下が王となって自分が王妃になりたい、と……
それを聞いたニコラス殿下はどうするのだろうか?
「何でこんな展開になるの……」
セレン嬢は何も分かっていない。
そもそも私を蹴落とした状態でニコラス殿下が王位継承を臨むのは厳しい。
本当に、ニコラス殿下の王位継承を望むなら、現時点で私の存在は欠かせない。
なのに、セレン嬢は私を排除しようとしている。
さらに言えば、ニコラス殿下が王位を継いだとしても、このまま男爵令嬢の身分であるセレン嬢が正妃になる事だって難しいのに。
「自分がこの世界の主役……そう思ってるからかしら?」
ストーリーに書かれていない事でも、何でも自分の思う通りにいくとでも思っているのかもしれない。
そんな筈ないのに。
「それに……フリード殿下に消えて貰うってどういう事?」
……まさかとは思うけど。
単に王位継承から外れて貰うという意味ではなく……言葉の通りの消えて貰うつもりだったら……?
「まさか……ね。いくら何でも……それは無いわよね」
そう口にするも、セレン嬢のあの黒い笑みが頭の中に浮かんでしまい、 思わず考えてしまった自分のおそろしい思考に身体が震えてしまった。
◇◇◇
これが、噂のヒロイン補正って言うのかしら?
セレン嬢は、悲劇のヒロインを演じるのがとっても上手い。
私が本当にイジメや嫌がらせをしなくても、ことある事に「実はスフィア様に~」と周りに泣きながら話すので、学院内ではここ数ヶ月、すっかり私がセレン嬢に対して嫌がらせを行っているかのような空気になっていた。
「本当に凄いわ」
私が感心してそう言うと、それを聞いていたリリアがぷりぷり怒り出した。
「おかしいでしょ!? スフィアは何もしてないじゃない! 目撃者なんていない筈なのにどうしてあたかも事実のように広まっていくの!?」
「お、落ち着け、リリア……」
ロベルトも困っている。
そう。そこが、セレン嬢の上手いところなのだ。
友人達を上手く使って、単なる噂にせず事実だと広めていく。
私が嫌がらせの首謀者となる理由も、“婚約者であるニコラス殿下がセレン嬢に執心してるが故の嫉妬心から”と言い切っている。
私自身は、何もしていないのにすでに“悪役令嬢スフィア”の出来上がりだ。
この調子なら、有難い事に何もしなくても断罪されて国外追放されるという、私の目的も果たされるだろう。
ただ、1つ困っている事は……
「それに、嫌がらせ受けてるのはスフィアの方じゃない!!」
そうなのだ。
ニコラス殿下の婚約者で公爵令嬢という身分があったから、今までは私に対して不満を持っていても直接仕掛けてくる事がなかったキツイ性格の令嬢達が、私に対して嫌がらせを行うようになったのだ。
……もちろん、影でコソコソと。
『スフィア様は、身分をひけらかせて愛する二人を引き裂く悪女のような方だったのですね!』
『見損ないましたわ!』
悪役令嬢が嫌がらせを受けるという、もはや悪役令嬢とは? と言いたくなる展開だ。
受けている嫌がらせは、そんなに酷いものではないので目を瞑っているが、毎回毎回何処かしらで絡まれるのは面倒だなって思ってはいる。
だけどそんな事よりも、私が気になっているのは、王太子の地位簒奪を狙ったニコラス殿下とセレン嬢の動きだ。
あの日、セレン嬢のお願いにハッキリ返事をしなかったニコラス殿下だったけれど、あれから王宮で、ニコラス殿下が反フリード殿下姿勢を見せている貴族と話している所を見かけるようになった。
偶然なのかそれとも本気で行動を起こそうとしているのか。
私には判断がつかなかった。
フリード殿下の事が心配で仕方ない。
フリード殿下は、王太子なので護衛もたくさんついているし、警護体制もバッチリの筈。本人も剣術を得意としているようなので、そんな簡単に殺られる事はないだろう。
それでも、心配なのだ。
もう二度と彼と会う事はないと思うけれど、フリード殿下には幸せになって、これからも笑って過ごして貰いたい。
そんな彼の人生のこれからも隣にいるのが、自分でなくても構わないから──……
私は、ただそれだけを願っていた。
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