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第2章
2. 抗えない運命
しおりを挟むそれからもニコラス殿下は頻繁ではないけれど、何かあると私の元にやって来る。
王子様だから人付き合いも慎重にならざるを得ないのは分からなくもないけれど、何で私の所に来るのか。
だいたい、いつも睨んでくるし、トゲトゲしい言葉しか聞いた事がない。
私の知ってる小説の中のヒーロー……ニコラス殿下と違い過ぎて、正直、何を考えているのか分からない人だった。
──────……
そんな私の学院生活は、戸惑いながらも穏やかな日々がひたすら続いていて、気付けば学院に入学してから、あっという間に1年半がたっていた。
フリード殿下との手紙のやり取りは今も続いていた。
変わらず元気そうで安心するも、1年半前の振り回されていた日々が少し遠く懐かしくも感じる。
そんな私にはニコラス殿下との話だけでなく、他の人との縁談の話も出る事が無いままだった。
その事に安堵しつつもどこか不安を感じていた。
何故なら物語の開始が、もうあと半年と迫っているから。
ヒロインは半年後に入学してくるはず。
ここまでで、私の知ってる話とは変わっている。
だから、私がニコラス殿下の婚約者になる事もなく、このまま穏やかに過ごしても許されるだろうか?
それとも、やはり私がいなくちゃヒーローとヒロインの二人は結ばれないのかな……?
けれど、やはりこれが運命のシナリオの強制力とでも言えばいいのか。
抗えない“私の運命”の足音は、もうすぐそこまで来ていた────
◇◇◇
「……婚約者候補としてご挨拶?」
その日、お父様から告げられた一言で、私の今までの穏やかな日々は一変した。
「王子妃としてスフィアに王家の一員になって欲しいと言われているんだ」
「……ニコラス殿下の妃候補として、ですね?」
お父様が、静かに頷く。
「スフィアは知ってると思うけど、ニコラス殿下の学院での成績は正直思わしくない。だから、成績もトップを維持するスフィアが妃になって支えてくれれば安泰だろう、という意見が大臣や他の多くの貴族達から出ていてね……」
「……」
王家からではなく、そちら側から出た話なのね。
私はため息をつく。
心の中が絶望という気持ちで埋め尽くされていく。
「ニコラス殿下の婚約者決めは昔から難航しているんだ」
「え? そうだったのですか?」
それは初耳だった。
「昔からどんな令嬢の名を挙げてもニコラス殿下が興味を示さなかったらしい。あまりにも頑なだから、もし心に決めた令嬢がいるなら、と聞いてもひたすら首を横に振るばかりでね」
「え……」
「そして最近また、候補者の話を持っていった際、どうやらスフィアにだけ反応を示したらしいんだよね」
「は?」
「昔から、内々でスフィアの名前は候補に挙がってはいたけど、ニコラス殿下にスフィアの名前を提示したのは今回が初めてだったそうなんだ」
「え? 初めて?」
何で今まで候補者なのにも関わらず、ニコラス殿下に私の名前が伝えられていなかったのかは分からないけれど、私の名前に反応したと言うのは……
きっと嫌いな私の名前が出てきたから思わず反応してしまったのよ。なんて事なの……
まさかそれを周囲は私への好意と勘違いしてしまったの?
どう考えても違うのに!
ニコラス殿下は私と婚約してもいいなんて欠けらも思ってないはず。
「スフィアなら身分も釣り合うし、反応を示したのだから、殿下もスフィアとなら婚約してもいいと思ってるのだろう、と皆の声がますます大きくなってしまったんだ……」
「そんな……!」
「国王陛下もここまで臣下達に揃って声を大きくされたら、無下には出来ない。だがスフィアの意向も聞きたいから、一度、正式なニコラス殿下の婚約者候補として王宮に来るようにとの要請なんだ」
私は項垂れた。
あと半年だったのに。
もしかしたら、理由なんてどうでも良かったのかもしれない。
ただ、私……スフィアがニコラス殿下の婚約者という立場になりさえすれば良いという、強制力がここに来てついに働き始めただけなのかも。
──ニコラス殿下の婚約者。
どうして、ニコラス殿下なんだろう……どうして……彼じゃないの?
一瞬、脳裏に浮かんだ人の顔を必死にかき消して、私は答える。
「…………わかりました。王宮に参ります」
こうなった以上、もう運命には抗えない。
話が出た以上、私は、ニコラス殿下の婚約者となる事を受け入れるしか……ない。
私の心は決まっていた。
王宮を訪ねると、国王陛下との謁見の場でお父様から聞いた話と全く同じ話をされた。
1つ不思議だったのが、お父様もそうだったけど、国王陛下もあまり乗り気では無さそうだった事だ。
二人とも『出来れば断ってくれ』という思いが顔に出ていた。
だからだろうか。
「その話、お受けします」
と、私が答えた際の国王陛下の反応は受け入れた事を喜ばれるよりも、ただただ驚愕していた。
顔も少し青かったかもしれない。
お父様と国王陛下はまだ話があるという事で、帰るまでに時間が余ってしまったので王宮内を散策していると、ふいに声をかけられた。
「───断らなかったんだな」
「……ニコラス殿下」
「お前は断ると思っていた」
ニコラス殿下は不機嫌だった。胡散臭そうな目で私を見る。
やっぱり殿下としても嫌いな私と婚約するのは、不本意なのだろう。
私はニコラス殿下と私の婚約はいずれ破棄されるのを知っているけど殿下は知らない。
だから、この反応は当然だった。
「断る? 何故です?」
「何故って、お前は昔から兄上の事をー……いや、あぁ、そうか……」
「?」
ニコラス殿下は、何やら勝手にウンウンと納得し始めた。何なのだ。
「どんなにお前が兄上を慕っても、無駄だとようやく気付いたんだろう! それでも王家と繋がりを持ちたくて私にターゲットを替えてきたんだな? ……なんて女だ!」
「……おっしゃってる意味が分かりません」
そもそも、何故、私がフリード殿下を慕ってる、って話になるのか。
私は別に…………フリード殿下を、慕ってなど……
混乱している私に、ニコラス殿下は更に私が最も聞きたくなかった事を私に告げた。
「ふんっ。まぁ、そうなるのも分かるさ。兄上は、隣国カーチェラの王女と婚約するのだからな!」
「っ!」
この1年半もの間、ずっと聞きたくなくて考えたくもなかった事をズバリ言われてしまった。
「何だその顔? 婚約の話を知ってはいたのか? まぁ、兄上が留学する以前から出てる話だったから知ってて当然だな! 兄上が今回カーチェラに留学したのも正式に話をまとめるためだ。詳しくは知らないがそろそろ話もまとまって後は発表するだけだろうよ!」
「……………!!」
やっぱりフリード殿下の留学の理由はそれだったんだ……
フリード殿下から届く手紙にもそんな様子は感じなかったし、他の人からもそれらしい話を聞く事が無かったから、私の勘違いかもなんて思っていた。
──だけど、やっぱり本当の事だったのね。
私は思わずブレスレットを握り締めたまま、しばらく呆然としてその場から動けなかった。
だから、そんな私をニコラス殿下がちょっとバツの悪そうな顔で見ていた事には気付けなかった。
その後、どうやって屋敷に戻って来たのか記憶がない。
気付くと私は部屋でぼんやりしていた。
どうして私は、こんなにショックを受けてるのかしら?
どうして私は、こんなに泣きそうな気持ちになっているのかしら?
フリード殿下は、この国の王太子。
いつか婚約して王太子妃となる女性をを迎えるのは分かってた筈なのに。
むしろ、これまで婚約者がいなかった事の方が不思議なくらいだった。
小説のストーリーではとっくの昔に婚約していたフリード殿下と王女さま。
現実と違ってはいたけれど、すでにフリード殿下の婚約者は隣国の王女さまが内定していた。
だから、きっとそうなる事がフリード殿下の運命。
留学されてからすでに1年半経っているけれど、未だにその発表は無い。
けれど、きっとこちらに戻ってくる時には、正式な婚約を整え発表してから帰ってくるのだろう。
……嫌だな、聞きたくないし見たくないな。
ほら、また胸が痛い。
机の引き出しを開けて、箱を取り出す。
サラ曰く、私の大事な物を入れているあの箱だ。
常に首にかけている箱の鍵を取り出して中を開ける。
入っているのは、前世の記憶を記したノート、フリード殿下から貰った手紙と頂いた花から作った押し花……
殿下からの手紙と押し花はたくさん入っている。
全部、全部大事で、捨てる事なんて出来なくて。
ポタッ
涙が溢れた。
あの日、殿下の留学を聞かされ、3年後に会えないかもしれないと気付いた時も涙が溢れた。
私は、こんなに弱かったのかな。
……違う。
フリード殿下の事だから、こんなに動揺しているんだ。
…………フリード殿下の事が…………好きだから。
ずっとずっと気付かない振りをしてきた気持ちに、気付いてしまった。
気付きたくなくて、ずっとずっと無意識に蓋をしてきた。
「バカみたい……」
私達の道は交わらないのに。
この先、フリード殿下は隣国の王女さまと婚約し結婚する。
私は、ニコラス殿下の婚約者として、ヒロインとの恋路の邪魔をして断罪される。
それがこの世界の正しい道なのだから。
「国外追放……いいのかもしれない」
だって、追放されてしまえば、フリード殿下とカーチェラの王女さまが並ぶ姿を見なくてすむ。
そうね。出来るならいっその事、すごく遠くに行きたい。
二人の話など耳に入る事など無いくらい遠くへ。二人の姿を見て平常心でいられるほど私は強くない。
自分の気持ちに気付いてしまった今、耐えられる自信なんて無かった。
「…………」
何だかんだで断罪されないですめば良いと思ってた。
悪役令嬢になんかならずに運命に逆らって、ニコラス殿下とヒロインが幸せになるように、自分も幸せになれたらって。
それは、全部……
「フリード殿下といる未来を夢見てしまってたからなのね…………バカみたい」
もうフリード殿下と連絡とるのはやめないと。
もともと、ニコラス殿下の婚約者になったのだからやめなくてはいけなかった。
そして、二度とフリード殿下と会う事の無いように彼が戻って来る前に断罪されて国外追放されてしまおう。
出来る限り遠くに行けるように。
「悪役令嬢……スフィアになるわ、私」
待っていて欲しい──
留学前に貰った最後の手紙に書かれていたあの言葉。
あの言葉の真意は分からないけれど、きっとそれは果たせない。
「ごめんなさい。フリード殿下……」
──ニコラス殿下の婚約者となった日、私は悪役令嬢として生きる事を決心した。
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