10 / 43
第1章
9. もう二度と会えない?
しおりを挟むそれからの私は、フリード殿下に言われたから……だけではなく、何となく自分も他の男性と踊る気分にはならなかったので、お兄様と1度踊った後は他の人と踊る事もせずにお兄様と談笑して過ごしていた。
「お兄様、どうして今日はそんなにキョロキョロしているのです?」
「リストを作ろうかと思っていてね」
「はい?」
どうしよう。お兄様の思考が理解出来ない。
「もちろん、スフィアに邪な視線を送ってる男のリストだよ」
「……」
そんなもの作ってどうするの? そう思ったけど口に出すのはやめた。なんだか聞くのが怖い。
「あぁ、その筆頭が来やがった」
「何言って……?」
お兄様がそう小さな声で呟いたと思ったと同時に、後ろから聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「スフィア」
慌てて後ろを振り向くと、フリード殿下がこちらに近付いてくる所だった。
隣にいたお兄様は「チッ……来やがった」と小さく舌打ちした。
……その態度、大丈夫なのだろうかと非常に心配になる。
「殿下……時間は大丈夫なのですか?」
「うん。むしろ待たせて悪かった」
「私は大丈夫ですが……」
「なら、あっちに行こうか。スフィアを借りるよ、ユーベル」
「…………………はい」
お兄様はとんでもなく嫌そうな顔をして答えた。
美しい顔が台無しだ。
そうして私達はバルコニーへと向かって歩き出し、到着すると今日は少々肌寒いせいか他に人はいない。
「大丈夫? 寒くないか」
「大丈夫です」
「寒かったら言ってくれ。……あぁ、だけどやっとフィーと2人になれた!」
「2人って……」
「今日はフィーの隣にはユーベルがずっと張り付いてたからさ」
そうなのだ。お兄様は私と離れるもんか!! って顔をしてずーっと私の隣にいた。
令嬢達が、チラチラとダンスを誘ってくれないかしら? って秋波を送ってたけど、まさかの全て無視! 我が兄ながらどうかと思う。
「今頃、ユーベルは令嬢達に囲まれてるんじゃないのか?」
殿下はクツクツと笑いながら言った。
「ですね。どうにかお嫁さんを見つけてくれるといいんですけど……」
容姿端麗な25歳で独身で恋人のいない公爵家の跡取り、令嬢からすれば優良物件のはず。なのに婚約者がいない。
昔、私を溺愛しすぎて振られていたのよね……。
そろそろ、良い人を見つけて欲しいものだ。
「……それは難しいんじゃないか? ユーベルのシスコンは有名だからな。さっきも俺の事睨んでただろう?」
「うっ! 兄が申し訳ございません……」
社交界デビューのエスコートの件で、お兄様はフリード殿下を敵視している。
どうやら殿下はそれを感じ取っていたらしい。
「構わないさ。それだけフィーが可愛いんだろ? …………その気持ちは凄く分かるからな……」
「えっ?」
「……ゴホッ……気にするな」
「はぁ……」
さっきのダンスの時といい、たまに小声で喋られるとよく聞き取れない。
「そういえば、フィーはもうすぐ学院に入学か?」
「はい、そうです。ニコラス殿下と同級生になりますね」
「あぁ、そうか。そうなるのか」
「殿下は卒業されるので、ちょうど入れ違いなんですよね……」
「そうだな」
ちょっとだけ、一緒に通ってみたかった───なんて……何考えてるの、私!?
そもそも学年が違うのだから、同時期に学院に通っていても接点なんて無かったでしょうし!
なんて1人で焦っていると、
「フィーと通ってみたかったな」
と私が考えていた事をすごく真面目な顔をして語るものだから、可笑しくて笑ってしまった。
「ふふふ。殿下は卒業後、公務に専念されるのですか?」
私がそう問いかけると、殿下はちょっと困った顔をした。
「……その事でフィーに話がしたいと思って呼んだんだ」
「?」
──どういう事だろう?
「俺は、学院を卒業したら隣国のカーチェラに留学するんだ」
「えっ?」
私は、驚いてうまく返事が出来なかった。
フリード殿下が留学?
……私の知っているストーリーではフリード殿下は留学なんてしていなかった。
私、こんな展開は知らない……!
もしかして物語が変わってる? この変化は何を意味しているのだろうか。
そこまで考えた時、私の頭の中に記憶が流れ込んできた。
「!?」
──それは小説の中のワンシーンで……
『はぁ、私は兄上の婚約者が羨ましいですよ』
『どういう意味だ? スフィア嬢と何かあったのか?』
『……何かあったも何も、そもそもスフィアは癇癪持ちなんですよ。それに比べて兄上の婚約者、カーチェラの王女は穏やかな性格な方ですからね……羨ましいです。兄上も私もお互い長いこと婚約してるのは同じなのにこうも違うなんて……』
『ニコラス……』
──そうだった! 思い出したわ。
小説の中のフリード殿下には幼い頃から婚約者がいた。相手は隣国の王女さまだ。
だけど今、この現実の世界であるフリード殿下に婚約者はいない。
ならば……まさかフリード殿下の留学の目的は、遅くなったけれど物語通りに王女さまとの婚約を結ぶ為なんじゃ……
「…………」
私はその事実に思い至り暫く呆然としてしまった。
「フィー? どうした?」
名前を呼ばれてハッと顔を上げる。
「え、あ……き、期間は……?」
「今の予定では、3年ほど。だから帰ってくるのはフィーやニコラスが学院を卒業する頃だな」
「!」
そんなに長いの!? せいぜい1年くらいかと思ったのに。
「それは……寂しく、なります……ね」
私の言葉にフリード殿下は目を大きく見開いた後、フッと小さく笑った。
「……寂しいと思ってくれるんだ?」
「そ、それは、そうですよ!!」
あれだけ、私の生活にグイグイ入ってきて何て事を言うの。
「……では、これから準備もあってお忙しくなるのですね」
「うん。さっきの挨拶でも話があったけど、正式に王太子にもなったしね」
そうなのだ。先程の挨拶で正式に発表があったのだけど、フリード殿下は正式に王太子になられた。
今までもすでに王太子としての扱いを受けていたけど、これで内外的にも正式に認められた形となる。
……これで、ますます遠い人になってしまった……
そう思ったら、ますます胸がチクリと痛んだ気がした。
「……おめでとうございます。それでしたら、街へのお忍びでのお出かけは、もう難しそうですね」
「ごめん。また、誘うって言ったのにな。思ってたより忙しくて時間がとれないかもしれない」
殿下は残念そうに言った。
「いえ、気にしないでください」
そうは言ったものの、気持ちが沈んでいるのは何故だろう。
……私は、思ってたよりも殿下と出掛けるのを楽しみにしていたのかもしれない。
「フリード殿下、カーチェラでも元気にお過ごしくださいね」
「あぁ……フィーも……手紙を書くよ」
「えっ? あ、ありがとうございます。でも無理しないでくださいね?」
手紙を書くと言われて、寂しいという思いが少しだけ和らいだ気がした。
直接、会えるのは今日が最後かもしれない。
いくら手紙のやり取りを続けていたとしても、きっと次に会えるのは3年後。
その時、フリード殿下はカーチェラの王女様と婚約してるのかな……
そう考えると途端に胸がキュッと痛む。
──あれ? ちょっと待って。それよりも……
フリード殿下が戻ってくる頃には……物語は開始している。
もし、私がこの後ニコラス殿下の婚約者となってしまい、ストーリー通りの展開に進んで断罪を受けて国外追放されたら……
───フリード殿下とはもう二度と会えない??
その考えに至った時、何だか、足元が急にぐらついたような気分になった。
「フィー? どうした?」
「…………」
急に黙ってしまった私の様子がおかしい事に気づいた殿下が、驚いた声で呼びかけてくる。
──フリード殿下と二度と会えないかもしれない。
ただその事だけが、私の頭の中をグルグルと回っている。
「気分でも悪いのか?」
殿下は俯いたままの私の顔を心配そうに覗き込んでくる。
笑え、笑え、笑うのよ私!
「だ、大丈夫……です! 何でもないです。すみません、心配かけ……」
そう言って笑おうとしたのに、自分でもうまく笑えてないのがわかった。
ポタッ
自分の頬を伝う生温い感触……
……これは、涙? 私、泣いている?
「フ、フィー……!?」
さすがの殿下も驚きを隠せない。
そりゃそうだ。突然、目の前の女性が泣き出したのだから。
「……な、何でも、ないんです。本当に……す、す、みません……」
「何でもないわけないだろう!? 大丈夫か? どこか痛いのか!?」
殿下はかなり狼狽えている。
痛いところ?
──胸が……痛いです、フリード殿下。
あなたに、二度と会えないかもしれないと思うと……胸が痛くなるんです。
そして、あなたが王女さまと婚約するのだと思うと……更に。
でも、言えない……そんな事。
「ほ、本当に、大丈夫……ですか、ら……」
そう言って殿下と距離をとろうとしたら、突然グイッと腕を引っ張られた。
「!?」
気が付くと、私は殿下の腕の中にいて……抱き締められてるのだと遅れて気付いた。
「あ、あの、殿下? 離し……」
「離さない」
抱き締めている腕に更に力が込められた気がした。
「えっ? えっと……」
「……今、離したら二度とフィーに会えない気がする」
「!」
「だから、もう少しこのままで」
「……」
どれくらいそうしていただろう?
殿下はそっと抱き締めていた腕を解いてくれた。
流れていた涙は自然と止まっていた。
「フィー、俺はね諦めの悪い男なんだ」
「?」
殿下の言っている意味がわからず首を傾げた。
「だから、覚悟していて欲しい」
「……?」
本当に意味がわからない。
「…………だよ。フィー」
「えっ? 今、何て……?」
また、よく聞こえなかった。
聞き返したら、殿下は少し寂しそうに微笑んで言った。
「戻って来たらちゃんと言うよ」
「…………」
あぁ、とってもとっても大事な言葉だったような気がするのに。
“戻って来たら”
私は、その言葉の続きを聞く事が出来るのだろうか──?
「……大丈夫そうなら戻ろうか?」
「はい……」
殿下に支えられて私は会場に戻り、「遅い!!」と痺れを切らして待っていたお兄様(やはり令嬢達に囲まれていた)とお父様とお母様と合流し、そのまま屋敷へと帰った。
その日以降、定期的に手紙は届くもののフリード殿下とは直接会うことは叶わないまま、私は学院へ入学。殿下は卒業とともにカーチェラへと留学していった。
留学前に貰った最後の手紙には、ただ一言、
『待っていて欲しい』
とだけ書かれていた───
49
お気に入りに追加
3,253
あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜
シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……?
嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して──
さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。
勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】夢見る転生令嬢は前世の彼に恋をする
かほなみり
恋愛
田舎の領地で暮らす子爵令嬢ユフィール。ユフィールには十八歳の頃から、アレクという歳下の婚約者がいた。七年前に一度顔を合わせたきりのアレクとは、手紙のやりとりで穏やかに交流を深めてきた。そんな彼から、騎士学校を卒業し成人を祝う祝賀会が催されるから参加してほしいとの招待を受け、久し振りに王都へとやってきたユフィール。アレクに会えることを楽しみにしていたユフィールは、ふらりと立ち寄った本屋で偶然手にした恋愛小説を見て、溢れるように自分の前世を思い出す。
高校教師を夢見た自分、恋愛小説が心の拠り所だった日々。その中で出会った、あの背の高いいつも笑顔の彼……。それ以来、毎晩のように夢で見る彼の姿に惹かれ始めるユフィール。前世の彼に会えるわけがないとわかっていても、その思いは強くなっていく。こんな気持を抱えてアレクと婚約を続けてもいいのか悩むユフィール。それでなくとも、自分はアレクよりも七つも歳上なのだから。
そんなユフィールの気持ちを知りつつも、アレクは深い愛情でユフィールを包み込む。「僕がなぜあなたを逃さないのか、知りたくないですか?」
歳上の自分に引け目を感じ自信のないヒロインと、やっと手に入れたヒロインを絶対に逃さない歳下執着ヒーローの、転生やり直し恋愛物語。途中シリアス展開ですが、もちろんハッピーエンドです。
※作品タイトルを変更しました
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる