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第1章

side フリード

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  俺は、フリード・リュンベルン
  この国の第一王子だ。

  今、俺の頭の中は一人の令嬢の事でいっぱいになっている。
  スフィア・ランバルド公爵令嬢。
  ランバルド公爵家の令嬢だ。

  彼女との出会いは、今から7年前の王宮で開かれたお茶会まで遡る。
  あの頃の俺は周りの思惑で、茶会だなんだと言ってはたくさんの令嬢達と毎日のように引き合わされていた。
  正直、ウンザリし過ぎていて、彼女と出会う少し前からイタズラを仕掛けては鬱憤を晴らしていた。
  ……今、思えば子供だったなと反省はしているが。
  スフィアは、そんな最も荒んだ頃に挨拶に来た令嬢だった。



『初めてお目にかかります。スフィア・ランバルドでございます』

  弟のニコラスと同い歳の8歳と聞いていたスフィアは、年齢のわりにとても綺麗な仕草で礼をとっていた。
  仕草だけではない。その口調も容姿も、何もかもが見惚れるくらいの堂々ぶりだった。
  サラサラの銀の髪に、エメラルド色の瞳。ちょっとふっくらした頬は少し紅く染まっていた。

『……フリードだ』

  こんな風にぶっきらぼうにしか答えられなかったのは、思わず彼女に見惚れてしまっていたからだ。
  隣にいたニコラスも息を呑んでいたから、俺と同じように見惚れていたのだと思う。
  上手く言えないが、不思議な魅力のある令嬢だと思った。

  そんなスフィアにも、俺は当時やっていたイタズラを実行した。
  挨拶を終え、その場を去ろうとするスフィアに声を掛け箱を渡した。

『スフィア嬢、これを』
『??』
『開けてみろ』
『……っ!!』

  箱の中身にはミミズを詰めていた。王宮の庭園の土の中にいたミミズを俺が自ら掘り起こしたものだ。
  ……王子が何をやってんだという突っ込みは遠慮させてもらう。
  こんな物を渡された令嬢は、悲鳴をあげて泣くかして逃げるだろうと思っていた。
  隣にいたニコラスも『ひっ!』と顔を真っ青にして声をあげていたしな。
  しかし、スフィアの反応は、俺の予想を超えたものだった。

『……フリード殿下?  こちらは何処で?』
『ん?  王宮の庭園だが……』
『まぁ!  さすが王宮の庭園です!  良い土なのだと分かります』

  狼狽えさせるはずが、何故かこちらが狼狽えるはめになった。

『せっかくですけど、頂いても我が家では困ってしまいますので、どうぞ庭園にお戻しくださいませ』

  スフィアは、それはそれはとてもいい笑顔で箱を突っ返してきた。
  もちろん顔は笑っているがその目は笑っていない。
  狼狽えていた俺が、『えっ?』とか『あっ……』とか言っているうちに彼女は、俺の目の前から去り、そのまま屋敷に帰ってしまった。

  その後の俺は、強烈な印象だけを残して去っていったスフィアの事がどうしても忘れられなかった。
  イタズラもやめて、当時やらかした令嬢達には心から謝罪した。
  父上と母上にもすごく怒られた。
  ……ニコラスに至っては、ミミズが苦手になっているようだった。申し訳ないな。

  ちなみに、それから無理やり事を起こすと何をしでかすかわかったもんじゃないと考えた周囲は、強引に令嬢を引き合せるような事はしなくなった。

  スフィアにも謝罪をしたかったが、あれから彼女が王宮にくる事は1度も無かった。
  そのせいか、世間では素性が謎の令嬢として有名になっていた。
  酷い話だと病気だとか心を病んでるなんてものもあった。
  おそらく、彼女の身分や美貌に嫉妬した人間の言葉だと思われたが。

  けれど、一向に表舞台に現れようとしないのは、俺のせいなのかもと思い公爵の元へ行き、自分のした事を包み隠さず話して謝罪した上で聞いてみると、

『殿下のせいではありませんね。まぁ、確かにあの後王宮の空気は自分には合わないとは言ってましたがね』

  公爵のその言葉に驚いた。
  やはり俺のせいとしか思えない。本当に病気になったりしていないのか?
  と、問いかけるも公爵は首を横に振ってこう言った。
  
『娘は元気です。世間が噂しているような、病気でも心が病んでいるわけでもないのでご安心下さい。殿下のしでかした話は初めて聞きましたが、あの子は全く気にしていないと思いますよ』

  そもそも、そのような事を気にして心を病んでしまうような子ではありませんからねぇ、と公爵は笑っていた。

  なら、どんな子なんだ?

  俺は、ますますスフィアの事が気になって仕方なかった。
  8歳とは思えないあの落ち着きぶり、可愛さと可憐さの混じったあの容姿。
  謝罪の為だけではなくて、ただもう一度会いたい。会って話がしてみたい。
  どうせなら、あの可愛い声でもう一度俺の名前を呼んで欲しい──……

  こうして芽生えた感情が、興味から恋情へと変わるのはあっという間だった。
  ……まぁ、今にして思えばあの日、単なる一目惚れしていたのだろうとも思えるが。

  その後は公爵から、スフィアの話を聞く事くらいしか出来ず、俺とスフィアが直接会う機会は得られないまま時だけが過ぎていった。

  会えない期間が長すぎて、俺の想いだけが積もっていくばかりだった。
  他の令嬢と会っても話しても「違う」「彼女ならどんな反応するんだろう」そんな事ばかり考えてしまう。
  俺は彼女への想いを相当拗らせていた。



  そして、出会いから7年後、俺は1つの決心をしていた。
  もうすぐ、彼女は社交界デビューを迎える。
  社交界デビュー時にはエスコートする人間が必要だ。
  スフィアには婚約者はいない。  (そんな事はもちろん調査済みだ)
  婚約者がいないなら、家族がエスコートするのが通例だと分かっているが、それでも俺は彼女のエスコートがしたかった。だから、公爵に無理やり頼み込んだのだ。

「娘の社交界デビューのエスコート?  殿下がですか?」

  俺の申し出に、公爵は目を丸くして驚いていた。

「あぁ。婚約者でもない俺がエスコートするのは、おかしな話だと分かっているが……どうしても俺がエスコートしたいんだ!  父上達の了解は得てある。だから頼む!  ランバルド公爵、この通りだ!」

  俺は頭を下げて頼み込んだ。

「で、で、殿下!!  頭を上げてください!!」

  公爵は慌てている。まぁ、王家の人間に頭を下げられて慌てない方がびっくりだ。

「では、頼まれてくれるか?  ランバルド公爵」
「……娘に話はします。ただ娘が何と答えるかは分かりませんが……」
「構わない。それでいい!  ありがとう、公爵」

  自分でも強引な事をしてるのは分かっている。そして、この打診をランバルド公爵家が断れないだろう事も。
  それでも、俺はどんな事をしてもスフィアと会いたかった。

「殿下?  殿下が娘の事を気にかけているのは、7年前から分かっていますが……その殿下は、本気で娘の事を……?」

  ランバルド公爵は、こちらを窺ってくるような目をして聞いてきた。
  確かに気になる所だろう。
  俺は公爵の目を真っ直ぐ見つめて答えた。

「……まだ、俺が正式に彼女への婚約を申し込む事は出来ないが……出来る事なら、デビュー後もまだ彼女の婚約者は決めないで頂きたい……」
「そうですか……」

  ランバルド公爵は、俺が今、正式にスフィアに婚約を申し込む事が出来ない理由を知っているからか、それ以上追求してくる事はなかった。


  もちろん可能なら、今すぐにでも彼女を俺の婚約者にと申し込みたい。
  ランバルド公爵家の令嬢であるスフィアは身分も申し分ない。
  むしろ、俺かニコラスの妃にと望まれて育てられて来た節がある。

  ──何の問題も障害も無い……はずだった。

  けれど、俺がこんなにも想いを募らせているのに、まだ婚約を申し込めずにいるのには理由がある。
  外交問題だ。昔から我が国では隣国との関係が微妙になっている。その為、俺と隣国の王女との婚約話が両国の間で持ち上がり続けているからだ。

  俺は、結婚するなら相手はスフィアがいい。好きだと気付いてから彼女以外を妻にしたいとは思えない。
  そう、父上と母上に話をしたら、

『ならば、婚姻以外で両国間の関係を結べるような政策をたてろ。それが出来たらランバルド公爵令嬢への求婚を認める』

  と言われてしまった。
  スフィアを得るためなら、俺は何だってやる。
  だから、俺は学院を卒業したら隣国に留学する事を決めた。
  王女との婚姻以外の道での外交手段を掴むために。

  だから、今の俺にはあまり時間がない。
  留学前にスフィアに会わなくてはならない。
  だから、この社交界デビューのエスコートの申し出は、時間の無い俺には形振り構っていられないものだった。
  ちなみに、エスコートの件は父上も母上もそれくらいなら……と認めてくれた。
  一応、息子の初恋を応援したい気持ちはあるらしい。



  スフィアからは、承諾の返事を貰えた。
  断られる事はないと思っていたが、やはり嬉しい。本当ならドレスを贈りたい所だが、社交界デビューのドレスは各家で用意するものだ。
  ならば、せめて装飾品をと思い、髪飾りとイヤリングとネックレスを贈る事にした。
  その際の石の色を俺とスフィアの色にしたのは、ちょっとした独占欲の現れだ。
  ……彼女に少しだけ俺の気持ちに気付いて貰えたら、という思惑もあった事は否定しないが。


   ──残念ながら、そんな俺の想いはスフィアに全く届いてなかったし、なかなか伝わらない事をその後も実感させられる事になったのだけど。



  デビュー当日、7年ぶりに王宮にやって来た彼女を見て俺は息を呑んだ。
  サラサラの銀の髪やエメラルド色の瞳は、変わっておらず、今はあの頃に無かった女性としての美しさがプラスされていた。

  (俺の妄想より、可愛くなってる……!  絶対、今夜の彼女の姿を見てライバルが増える……)

  当のスフィアは、俺がどんなに綺麗だと口にしても、全てお世辞だと受け取っているような返事だった。
  会場内の招待客は彼女の美しさに皆、息を呑んでいたというのに。

  ……何故か伝わらない。

  俺とのダンスの後、彼女にダンスを申し込みたがる男が多すぎて、牽制するのはとても大変だった。
  ……スフィアは、全くその視線に気付いていなかったが。

  ”君に会いたかった” “全部君のため” “君としか踊らない”
  どの言葉も、スフィアはその言葉以上に受け取ろうとはしなかったが、たまに、顔を赤くしてくれた時は涙が出るかと思った。
  可愛すぎて抱き締めたい衝動を何度、堪えたことか!

  ただ、彼女は鈍いと思う。
  俺が会いたいと思ったのも、エスコートを申し出たのも7年前の謝罪の為だけだと思っている。
  もちろん謝罪はしたかったが、
  それだけの筈ないだろう!!  その為だけにエスコートを申し出て贈り物などするか!!  気付け!!
  声を大にして言いたかった。

  ただ、そんな彼女も可愛くて仕方ないと思ってるんだから俺も大概だ。



  留学前に、スフィア嬢にもっと俺を印象付けておきたい。 
  そうでないと、他の男に彼女を奪われてしまう気がする──
  そんな焦燥感が常に俺の心の中にはあった。


  その後、デートに誘ったり、
  (“視察ですか?  ”なんて返事が来た時は少し落ち込んだが)
  舞踏会でドレスを贈り、ファーストダンスも当然彼女を指名した。

  反応はまだ鈍かったけど、少しは意識してもらえてるんじゃないか?
  ……そんな期待を抱いていた。


  だから、大丈夫だ。
  留学を終えて帰ってきたその時には、ちゃんと俺の気持ちを伝えて──……



  しかし、現実は甘くなかった。



  ──まさか、俺が感じてた不安が現実になるなんてこの時の俺は全く想像もしていなかった。

  俺が留学している間に彼女の婚約者に収まった男は、事もあろうに俺の弟、ニコラスで。
  その後、彼女を巻き込んで更なる波乱が起きる事をこの時の俺はまだ知る由もなかった──

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