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  長かったお父様の説教がようやく終わり、ロディオ様を見送ろうと一緒に外に出る。

「もう!  ロディオ様。お父様が話をしている間くらいは自重して下さい!」
「ははは……ごめん」

  スリスリ……

  ロディオ様は苦笑いしながら、私の頬を撫でるように触れる。 
  私には分かる。この手つきは絶対に反省していない。

「ソフィア……うーん、君はそんなプリプリした顔も可愛いね」
「い、今はそんな話をしている場合ではないです!」
「分かった、分かった、ごめんって。これからは義父上の前では自重するよ」

  スリスリスリ……

  (他では自重する気は無いと聞こえるのは気の所為?  気の所為であって欲しい……)

「だって、ソフィアは可愛いからね、これからも周囲に牽制はしていかないと」
「……はい?」
「昨夜も言ったけど俺の可愛い嫁はすごく鈍いからね」
「鈍……」

  フニフニ……

  手つきがスリスリからフニフニに変わったロディオ様がまたそんな事を言う。

「鈍いだろう?  俺がこんなにも愛してるのに、全く伝わっていなかった」
「それは……」

  あなたがヒーローだったから。 
  ヒーローとヒロインが結ばれるのが当然だと思っていたから。

「け、契約を先に結んでしまっていましたし……」
「うん……それはそうなんだけどね───ソフィア」
「っ!」

  ロディオ様がとても愛しそうに私の名前を呼ぶ。
  それだけで、私はドキドキしてしまう。

「覚えてる?  デートの時に俺が言った事」
「デートの時……ですか?」

  それってふにふにされてるのを三度見された時のよね?
  そして、ヒロインに初めて会った時の───

「君は俺が絶対に幸せにするから……そう言った」
「あ!」
「ソフィアはあの時、違う方向に勘違いしていた気がするけど、俺の気持ちはずっと変わっていない」
「っ!」

  恥ずかしいのに目が逸らせない。
  あと、こういう時こそふにふにして誤魔化して欲しいのに、ロディオ様の手は私の頬に触れてはいるけど動かない。

  (やっぱりずるい人!)

  でも、好きなの。

「ソフィアの事が大好きだ。俺と結婚してこれから先の未来を一緒に歩んでいって欲しい」
「!!」

  ───あぁ、これはプロポーズ。
  だけど、私の知ってたロディオ・ワイデント侯爵子息ヒーローがヒロインにしたプロポーズとは全然違う……
  ヒーローはヒロインに「俺に君を守らせて」そう言っていた。

  (本当に本当にここは物語ではなく現実なんだ……)

  先の分からない未来を私とロディオ様で──

「一緒に……歩む?」
「そうだよ、だってソフィアはただ黙って大人しく俺にでは無いだろう?」
「え?」

  (守る……ではなく一緒に歩んで行きたい……)

  あぁ、ロディオ様は本当にソフィアを望んでくれている!

  ギュッ……
  ロディオ様が私を抱きしめる。この温もりがとても愛しい。

「まさか、本当に言葉通りマッフィーを盾にするとか驚いたよ」
「うっ!」

  (あれは本当に丁度いい所にいたから……)

「はは!  そんなソフィアだから俺の隣にいて欲しいんだよ」

  私の言いたい事が伝わったのかロディオ様は苦笑する。

「……私、今も侯爵夫人とか面倒くさそうな立場になりたいなんて欠片も思っていません……」
「あぁ、知ってる」

  初対面で私がロディオ様に言った言葉──……この話をしたのさえ、すごく前に思えてしまうから不思議だ。

「ですが……ロディオ・ワイデント様あなたのお嫁さん……にはなりたいです」
「……!  ソフィア……!!」
「!!」

  ロディオ様が破顔した。
  その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも嬉しそうで、私の胸がキュンっとなる。

「ソフィア……」
「……ロディオ様」

  フニッ……

  そのまま私達の唇がそっと重なる。
  まるで、結婚式のような誓いのキスはとにかく幸せな味がした───……




  ちなみに、この様子をお父様は窓から見ていて「またところ構わずイチャイチャしている……」と嘆き、ロディオ様を迎えに来た侯爵家の馬車もいつ声をかけていいか分からずに躊躇していたと言う。

  そんな事を知らない私とロディオ様は、ひたすらチュッチュとキ……モニョモニョ……を繰り返していた。
  やがて、ふにふに攻撃も再開した辺りで痺れを切らしたお父様が「このままでは夜になるぞ!!」と乗り込んで来てようやくロディオ様は帰路に着いた。




*****



「それで、あのポンコツな二人の事だけど」

  フニフニ……

  それから、数日後。
  ロディオ様は毎日のように我が家を訪ねて来ては私をふにふにして愛でている。

  女嫌いとして名を馳せていた彼の変わり様は、やはり社交界を大きく揺るがせ、ワイデント侯爵子息を落としてメロメロにした令嬢は何者かと私まで注目を集めるようになっていた。
  令嬢達は「ほっぺ!  ほっぺを磨けば幸せが手に入るのよ!」とかなんとか言って、念入りに頬っぺたのケアをしようとする人が増えているとか。

  (……私、特別なケアなんてしてないのだけど……?)

  恋人や婚約者に、頬をふにふにされる事が当たり前の世の中が来そうでちょっと怖い。

  フニフニフニ……

「処分が決定したのですか?」
「んー、まぁ。ポンコツマッフィーはとにかく罪を逃れたいみたいで、素直に取り調べに応じて洗いざらい話しているみたいなんだけどさ、あの薄気味悪い女が……」
「ヒロ……リンジーさんが?」

  ロディオ様は、相変わらず名前を覚えていないのか、元ヒロインの名を呼ぶ事は一度として無い。
  あと、ポンコツは何処まで行ってもポンコツなのだと思わされた。

「ほっぺたに負けた……と嘆いてばかりだとか」
「あー……」
「それでも色々調べた結果は毒の入手ルートも彼女からだったそうだよ」
「え?」

  フニフニフニフニ……

「下町の闇ルートの存在が明らかになってね。そこから入手してマッフィーに渡したらしい。程なくそいつらも捕まるだろう」
「……」

  (小説ではマッフィーの野郎が毒を用意していたはずなのに)

  黙っていても幸せになれたかは分からないけれど、確実な未来にしたくて結局犯罪者になるって……本当に、何がしたかったのかしら。

「ソフィアを逆恨みしていそうだから、二度と外には出さないよう強く働きかけている所だ」
「ロディオ様……ありがとうございます」
「可愛い可愛い俺の嫁の為だからね」

  フニフニフニフニフニ……

  ふにふにされながら改めて思った。
  この世界……リンジーさんがヒロインの物語は本当に終わったのだ、と。
 
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