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39.

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「は?  嫁って、何を言ってるんだ?  お前達はまだ単なる婚約者のはず……」
「もうソフィアは俺の可愛い嫁だ!」  

  マッフィーの野郎の言葉に被せるようにして、ロディオ様は私を抱く腕に力を入れて、またしても私の事を嫁と言う。

  (キュンッ)

  この場をやり過ごすための話だと分かっているのに胸が高鳴ってしまう。
  ……もう、ロディオ様のバカ、バカ、バカ!!
 
「可愛いだと?  そこのソフィアが?」
「あぁ、そうだよ。ソフィア……俺の嫁はめちゃくちゃ可愛い。まぁ、きっとお前には永遠に分からないだろうがな」 

  怪訝そうにするマッフィーの野郎に対してロディオ様はそんな事を言ってのける。

「ふはっ!  なぁ、ロディオ。もう嘘はやめろよ。ソフィアそいつにいくらで雇われたんだ?  無理して嫁だの可愛いだのなんて言わせるなんてさーー……」

  未だに、

  ぎゃぁぁぁぁーー
  嫌ァァァァァァァー
  聞きたくなぃぃぃいーー
  うぉぉぉぉぉーー

  と、会場中の人々が喚き泣き叫ぶ中、マッフィーの野郎だけは騙されてくれない。

「ソフィア」
「……ロ、ロディオ様?」

  ロディオ様がギュッとキツく私を抱きしめる。
  そして、フニッと頬や額へとたくさんキ……モニョモニョを始めた。

  フニッ、フニッ、フニッ

  (うぅぅ……好きだって……自覚した人にこんな事をされて、もう平気な顔なんてしていられないわよぉぉ)

  どんどん、自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

「はは、ソフィア……うん。俺の嫁は最高に可愛いな」
「!?」

  ロディオ様はうっとりとした顔でそんな事を口にすると、 

  フニッ!  フニフニ……

  片方の頬にキ……モニョモニョをしながら、反対の頬は軽くふにって来た!

  (何で同時に攻めるの!?)

  ロディオ様は私をどうしたいのか、さっぱり分からない……

「な、何やってんだよ!?」
「……お前が嘘だとか言うからな、全力で可愛い可愛い俺の嫁を愛でてみた」
「はぁ?」
「……俺の嫁、可愛いんだよ。さっきも言ったがきっとお前には一生分からない。まぁ、ソフィアは俺の可愛い嫁だからお前には一生分からなくていいんだが」
「なっ!」

  フニフニフニフニフニフニフニフニ……

  フニッ、チュッ

  ロディオ様は“俺の嫁”を連呼しながら、これでもかと私に触れてくる。
  
  (あぁ……もう、頭の中が、クラクラする)

  今日は女優にはなれそうにない。
  だって酷いわ、ロディオ様。
  こんなに“嫁”だなんて連呼されたら“本気”に思えてしまうじゃないの。
  私はこの恥ずかしさに耐えきれず、ロディオ様の服の袖をキュッと掴みながら声をかける。

「ロ、ロディオ様……」
「どうしたんだ?  俺のソフィアはいつだって可愛いが、そんな今すぐ食べてしまいたいくらい更に可愛い顔をするなんて。今すぐ食べられたい?  俺は大歓迎だよ。よし!  部屋を移動しようか?」

  フニフニフニフニフニフニフニフニフニフニ……

「へ?  た、食べッ!?  ち、違っ……コホッ……さ、さっきから恥ずかしいのです」
「恥ずかしい?」
「か、可愛い、とか……お、俺の嫁……とか……です」

  私は恥じらいながらそう伝える。
  マッフィーの野郎を挑発しているだけだと分かっていても、私の胸は破裂しそうなんだもの。

  フニフニフニフニフニフニフニフニフニフニフニフニ……!

  何故かふにふにの勢いが早まる。

「…………ソフィアさん」
「?」
「君は小悪魔です……」
「はい?」

  小悪魔とはいえ、悪魔呼ばわりされて頭の中がハテナだらけの私に向かってロディオ様は優しく微笑んだ。

「はぁぁ…………本当に俺の嫁は可愛いな……頼むからその可愛い顔を見せるのは俺だけにしてくれ。そこに居るただ喚くしか能のないマッフィーになんて、その可愛い顔を見せてやる必要なんて無いのに」
「ロディオ様……」

  嫌ぁぁぁー
  これ以上は、やめてえぇぇぇーー
  さっきから私達は何を見せられてるのぉぉぉーー
  うぉぉぉぉぉぉーー
  
  なんて喚く令嬢達(?)の叫びも、ただの音楽にしか聞こえないくらい、私とロディオ様が見つめ合っていると、マッフィーの野郎が俯きながらブツブツと何かを呟いていた。

「話が違い過ぎる……何なんだよ……これじゃぁ……」
「…………マッフィー。……これじゃぁ、その続きは何だ?」
   
  ロディオ様がマッフィーの野郎が言いかけたその言葉を拾う。

「っ!  な、何でも無……」
「何でも無いわけないよな?  俺が何も知らないとでも思ってるのか?」
「……は?」

  ロディオ様のその言葉にマッフィー様が固まる。

「お前は俺の可愛い嫁に惚れていて横恋慕しているように装っているが、本当にお前が欲しいのは俺の嫁ソフィアじゃない。金だろう?」
「……っ!」
「ソフィアの……イッフェンバルド男爵家の金が欲しかっだけなんだろう?  マッフィー」
「……」
「だから、お前は……いや、俺の嫁ソフィアの殺害計画を立てた」

  (……お前達?)

  マッフィーの野郎が私を殺そうとしているのは分かっていたけれど、“お前達”ってどういう事?

  ロディオ様のその言葉には、それまで悲鳴だらけだった会場も驚きで静まり返る。

「な、何を言ってるるんだ……俺はソフィアの殺害計画なんて……」
「見え透いた嘘をつくな、マッフィー」
「だ、だから、俺はっ」

  青ざめた顔で反論しようとするマッフィーの野郎に向かってロディオ様は冷たい声で言い放つ。

「どうせ、今もこの場で俺の可愛い嫁の命を狙ってるんだろう?  もう邪魔だから消してしまえ……とでも言われて」
「……!」

  (言われて?  誰に?)

  青ざめた顔のまま動かないマッフィーの野郎を一瞥したロディオ様は、会場内を見渡し、一人の給仕をしている女性の方を見ながら言った。

「なぁ、そうだろう?  そこにいるマッフィーの共犯の女?」

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