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しおりを挟む『僕じゃない! 僕はソフィアを殺してなんかいない!!』
マッフィー・ミスフリン侯爵子息はロディオの問いかけに対して大きく取り乱した。
その狼狽える様子は、まさに自分が犯人ですと、名乗っているようなもの。
会場中からも冷たい視線がマッフィーへと向けられていた。
『マッフィー……俺はずっとお前の無実を信じていたよ。だが……』
『本当だロディオ! 僕では無い。僕はソフィアを、ソフィアの事を愛し』
『愛してなどいなかったんだろう? マッフィー』
『っ!』
ロディオのその言葉にマッフィー・ミスフリン侯爵子息は固まった。
そんな、マッフィーに向かってロディオは悲しげな様子で言う。
『何をどう調べてもソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢殺害の犯人はお前しかいない……そして、仲睦まじいと思われていた婚約者への想いも嘘だったんだろう?』
『な、何故、嘘だと……』
マッフィー・ミスフリン侯爵子息の声は震えていた。
『ソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢は薄々感じていたのだろうな。お前の囁く愛の言葉が嘘ばかりなのだと』
『な、何だと……?』
驚くマッフィーの目の前でロディオはある1冊のノートを見せた。
『何だそれは?』
『ソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢……彼女は、日記を残していた』
『日記だと!?』
マッフィー・ミスフリン侯爵子息の顔が一気に青くなり、身体も先程より震えている。
『男爵に頼み込んでね、貸して貰ったよ。ここに綴られているのは愛する人との結婚を控えた心躍る令嬢の日記などでは無かった』
『……チッ、ソフィアの奴……』
『俺もリンジーに会って初めて恋というものを知ってようやく気付いたよ。マッフィー。お前の婚約者に対する態度に愛情なんてものは一切無かったのだと!』
───……
小説の中のヒーロー……ロディオ様はとても、辛そうな顔でマッフィーを断罪していく。
(断罪シーンより前に犯人がマッフィーなのかも、と結論に至ってしまって苦悩するロディオ様を慰めるヒロインとのシーンはうっとりしたものだけど)
小説とは違って私は死んでないけれど、このパーティーでロディオ様はマッフィーの野郎の罪を追求するつもりなのかしら?
(だとしても、もう私の知っている小説の話はめちゃくちゃだわ……)
登場人物だけが同じで全然、別のストーリーなってしまったみたいに感じる。
これ作者、影で泣いてるんじゃないかしら?
(だって、私の日記も、改めて振り返って見るとロディオ様とのふにふに記録と化してるし)
なんて事を思っていたら、ロディオ様が真剣顔で私にそう告げる。
「ソフィア。全てが片付いたら君に大事な話がある」
「大事な話、ですか?」
フニフニ……
ロディオ様、かなり真剣な表情なのにふにふには止めない。
それにしても、全てが片付いたら?
やっぱり、契約終了についての話……かしら。
もし、このパーティーでマッフィーの野郎を処罰出来たら、半年待たずとも契約終了してもきっと問題は無いものね……
婚約解消……
ロディオ様の本当の幸せ……
(……嫌だ! やっぱり寂しい)
フニフニフニフニ……
「……ソフィア? その顔は」
「顔? お化粧が崩れてしまってます? “ロディオ様にたくさん触られても負けないお化粧にする”って張り切ってくれていたのに!」
「……すごい張り切りようだね」
フニフニフニフニフニフニ……
「ロディオ様が、ところ構わず触りまくるからですよ」
「あはは!」
……もう! 笑い事では無いのに!
でも、そんな風に笑ってくれると胸が暖かくて……ずっとこんな風に過ごせたら、と願ってしまう。
(ふにふにばっかりされても、ロディオ様と過ごす時間が楽しい……そう思ってるから)
フニフニフニフニフニフニフニフニフニ……
「ふにふにばっかりする人は、こうです!」
ふにふに……
「……はぁぁ、この可愛い手付きがたまらない……」
「ロディオ様? 何て?」
「……いや、俺のよ……ソフィアは最高だな、と」
「……ありがとうございます?」
ふにふにふに……
こうして、エレペン伯爵家に着くまでの間、私たちは互いにふにふにしながら過ごした。
「ソフィア、手を」
「はい」
伯爵家に着いて馬車を降りると、ロディオ様が当たり前のように手を出して、私も当たり前のようにその手を取る。
こうする事がもう、自然な関係になっているのだと実感した。
「……はぁぁ、ソフィア。いいか? 何があっても他の男にその頬を触らせるなよ?」
エスコートされながら歩いていると、ロディオ様がため息と共にそんなことを言う。
「…………初対面で女性の頬を触ってくるのはロディオ様くらいかと思いますよ?」
「ははは、まだ、ソフィアはそのほっぺたの魅力が分かってないな?」
「……一生、分かる気がしません」
そう答えたら、ロディオ様の足がピタリと止まる。
「ロディオ様?」
「ソフィア……それなら、俺が一生かけて教えてあげよう!」
「え……?」
また、からかってる? そう思って顔を上げると思いの外、真剣な顔をしたロディオ様の瞳と目が合う。
ドキンッ!
私の胸が大きく高鳴るのと同時にお父様の言葉が頭の中に甦る。
──ソフィアもいくら、ロディオ殿の事を好きだからと言っても、もう少し拒んでくれ……
(好き……)
私、ロディオ様の事が…………好き?
物語……小説の中の登場人物のヒーローとしてではなく、今、私の目の前にいるこの人、ロディオ・ワイデント侯爵子息であるこの人の事が……私は。
ボンッ!
頬に熱が集まって一気に赤くなった。何これ……恥ずかしい……
「……っ! ソ、ソフィアさん……!?」
「…………?」
すると、何故か今度は目の前でロディオ様が狼狽える。
「そ、その顔はダメです。お、俺の紙よりも薄っぺらい理性が、た、旅に出てしまいます……」
「はい? 意味が分かりません」
「……えっとですね……今すぐこの場でその麗しのほっぺた以外の所にも、手とこの唇でふにふにしたくな……」
「!?」
(だ、ダメぇぇぇ!!)
「そ、そういうのは、ひ、人前では駄目です! ……あっ!」
(これでは、人前以外ならいいよって意味にな……る?)
「あぁ、つまり二人きりの時なら構わない、と?」
「~~~!!」
(やっばり、そんな意味に取られたぁぁぁ)
ロディオ様は、うっとりした顔でなんて事を言うのだ!
(ダメだわ……へんた……ゲフンゲフン、と思うのに……やっぱり拒めない)
その理由はロディオ様の事が──……
あぁ、こんな大事なパーティーの前に自分の気持ちに気付くなんて。
(もう! 私のバカっ!)
「ははは、俺のよ……ソフィアは可愛いなぁ、さ、行こう」
「………………ハイ」
赤くなった顔を必死に抑えながら私はロディオ様と共に会場に入った。
──だけど。
そんな私達の様子を影から、睨むような目付きで見ていた人がいた事に私は気付いていなかった。
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