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「え?  お店の方に抗議はしなくてもいいのですか?」
「うん。どう考えてもあの店員の勝手な行動だろうしね……まぁ、従業員の教育を、なんて言い出してもキリが無いから。それに、そもそも勝手に商品を持ち出したのならすぐバレるから、それなりに処分を受けると思うんだよ」
「……」

  ロディオ様はそう言うけれど。
  確かにその通りだとは思うわ。でも、何かこう釈然としない思いが湧き上がってくる。
  これは、聞かずにはいられない。

「ロディオ様。本当の所は、ヒロ……彼女を泳がせようとしていません?」
「……!」

  ……フニッ

  ロディオ様のふにふにの動きが変わった。これは……当たり?
  ヒロインの名前を聞いたのも“興味を持ったから”では無く、何者か調べようとしていたから?

  (……つまり、心惹かれたからじゃ……ない?)

   フニフニ……

「っっ!  ロディオ様!  ふにふにで誤魔化そうとしていますね!?」
「ははは!  さすがソフィア」
「わ、笑い事ではないですよ!!」
  
  フニフニフニ……
  
「うまく言えないが、あの女は怪しい」
「ロディオ様?」
「昨日の俺への体当たりもそうだったが……この訪問もわざとならあの女はソフィアの事を知っていた事になる」
「……」

  (それはヒロインも記憶があるから、ね)

  フニフニフニフニ……

「まさか、さすがに持参したあの茶葉に何か入れていたとは思わないが、ソフィアを良く思っていないのは確かだ」
「……」
「そして、それはこれからも……」

  記憶持ちのヒロインからすれば、私の存在は完全に邪魔者だ。
  ロディオ様を私の……と連呼していた事を思うと憎まれてもおかしくは無い。
  牽制してくれたけれど、それで大人しくなるかどうかは……別の話。

「だから、ソフィア……くれぐれも気を付けて」

  フニフニフニフニフニフニ……

  そう言ったロディオ様の顔は真剣だった。
  それは、まるでこの先“何かが起きる”そう確信しているようにも見えた──



*****



  ヒロインが何かをしてくるかもしれない。
  そう思って過ごしていたけれど、それから暫くは特に何も無く平和だった。
  このまま、物語の開始まで大人しく……なんて甘いわよね。
  ……それに。
  私は、ここ数日で気付いてしまった。

  (───ロディオ様をヒロインに渡したくない!)

  ロディオ様には幸せになって欲しいけれど、ヒロインとは幸せになれる気がしない。
  もう、今後の私の生死がどうなろうとも小説の通りには進まない、そんな気がする。


  フニッ!

「!」
「ソフィア?  どうかした?」
「あ、すみません。私、考え事をしていて……」
「考え事?」

  ロディオ様が私の顔を覗き込む。

「……っ!」

  (近っ!!)

  そんな目で見ないで欲しい。
  胸が……私の胸がおかしな気持ちになるから。

  フニフニフニ……

「確かに少し、様子がおかしい……かな?」
「……」
「何と言うか……ソフィアがまるで……いや、気のせいか。うん、これは俺の願望だな」
「ロディオ様?」
「ソフィア」

  スリスリ……

  ロディオ様の手付きが、スリスリに変わる。
  ますます私の胸が───……

「ウォッホン!!  あー、そろそろいいかな?  ロディオ殿は今日は私に話があってやって来たと聞いたが。なのに何故、ソフィアとイチャイチャを始める?」
男爵義父上……申し訳ない。可愛い俺のよ……ソフィアを目にしたらつい……」
「ロディオ様……」

  そうだった。
  今日のロディオ様も、あまりにも自然にやって来ては、あまりにも自然にふにふにし始めたので、いつもの流れになってしまったけれど、今日はお父様に会いに来ていたのだったわ。

「ははは、ソフィアが可愛いのは分かる。分かるが……父親としては複雑だ」
「お父様……」
「ソフィアもいくら、殿と言っても、もう少し拒んでくれ……」

  (───え?)

  ドクンッ!
  お父様のその言葉に心臓が大きく跳ねた。

  (好き……?  私がロディオ様を??  今、お父様はそう言った?)

「このままでは、結婚するより前に子供が出来たとか言い出しそうだ……」
「お、お父様!  な、何を言って!!」
「ははは!  男爵義父上は気が早い」

  お父様がとんでもない発言をし、ロディオ様は軽く受け流している。

「だが、お望みなら早く孫の顔を──」
「っっっ!!  いいから!  その話はいいから話を進めましょう!!  ロディオ様?  お父様に話とは何ですか!?」

  私は必死になって話をそらす。
  ダメ!  これ以上は耐えられない!!

  フニッ……

「ちぇっ……俺の可愛いよ……ソフィアは意地悪だな」

  フニフニ……

  ロディオ様のふにふにの手付きはどこか不貞腐れているようにも感じた。





「……マッフィーのやろ……じゃない、マッフィー様が私に会いたがっている?」
「そうなんだよ。俺の元に“ソフィア嬢と話をする機会をくれ”と再三手紙が届くんだ」

  ロディオ様はそう言って、マッフィーの野郎から届いた、という手紙の束を机に置く。思っていたよりも多い。

「我が家には来ていないな……なぜ、ロディオ殿の所に……」

  お父様が神妙な顔で小さく呟く。

「パーティーで追い払った後からチラチラ届いてはいたんだが、最近、手紙が前より急激に増えてね、内容にも余裕が感じられなくなって来た。それでさすがに気になったんだ」
「……」
「まさか、マッフィー殿はそんなにもソフィアの事を……??」

  困った様子のお父様からは“なぜ、うちのソフィアコレに?”という思いが伝わってくる。酷い……

「マッフィーには監視をつけていたんだが、数日前に“怪しい女”と会っていた事が報告されている」
「怪しい……女?」
 
  ロディオ様はコクリと頷く。
 
「その怪しい女とかいう人物と会った後から、ソフィアに会わせろという手紙の量が増えたんだ」
「……!」

  それは、明らかに私が狙われている……そう受け取れる発言だった。

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