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しおりを挟むしまった! 言い過ぎた──?
そう思ったのはヒロインの凍り付いた顔を見てからだった。
(待って! 私、手と口でって言ったかも!)
手はともかく口って……
こ、これでは、ロディオ様と私がキ、キスをしてますって言っているようなもの!
ボンッと自分の顔が赤くなる。
(ヒロインに向かって言うべき話では無かったわ)
「……口ってどういう事ですか? それって……って、どうして顔を赤くしてるんですか? まさか本当に……」
あ、駄目だわ。ヒロインは追求する気満々みたい。
「えっと、挨拶! そう、挨拶みたいなもので……」
──多分、としか言えないけれど。
だって、ロディオ様が口でも触れてくる理由はよく分からないんだもの。
私が照れて赤くなるのを楽しんでいるだけ……のような気もするし。
私が赤くなった頬を冷ましながらそう言うと、ヒロインの雰囲気が変わった。
顔を俯けて身体はプルプル震えている。
「?」
「…………ば……のに」
「あの?」
ヒロインが何かを呟いたけれど、よく聞こえなかったので聞き直そうとしたその時だった。
何とヒロインは“注文の品”と言って手に持っていた茶葉の入った袋を床に叩きつけた。
(えぇえ!? 何してるの??)
我が家や私からの注文でなかったにしろ、これ売り物よね?
なんて事をするの……
そして、ヒロインは顔を上げてそのまま私を睨みつけると怒鳴り始めた。
ちなみに、私はこういう物に当たる人は嫌いだ。
「ふざけないでよ! 本当にあなたなんなのよっ!」
「……ソフィア・イッフェンバルドです」
「名前をを聞いてるんじゃないわよ! 私の事をバカにしてるの!?」
「そうですけど……あっ!」
しまった! 苛立ったせいでつい本音が……出た。
「ちょっと、ふざけないでよ! 私はどういうつもりかって聞いてんの!」
「……どう、とは?」
「私のロディオ様と何やってんのかと聞いてんのよ!!」
「!」
……私のロディオ様、と言ったわ。
やっぱりヒロインはこの世界の事を知ってる人なのね。
それでこの態度……
「何って言われましても……」
(でも、まだ物語は始まってないもの)
それにしても、やっぱりヒロインの“素”はこんな感じだったのかと思った。落胆しかない。
見た目は可愛い可憐な花なのに中身は何て残念なのかしら……
小説の中でも、多少勝ち気な性格ではあったけれどこんなに激しくはなかったのに。
(ロディオ様、ちゃんと幸せになれるのかしら?)
嫌だなぁ、またモヤモヤする。
と、頭の中で色々と考えていたら再び怒鳴られた。
「ちょっと!! 私の話を聞いてるの!?」
「え? 全く聞いてませんでしたが?」
何かずっと喚いてるなぁ、とは思ったけれど聞いてもしょうがない話だと思ったので全く耳に入って来なかった。
「はぁ? ちゃんと人の話は聞きなさいよ!」
「……その通りなのですが、私、興味のない話は全く耳に入って来ないもので……すみません」
「なっ!」
うるさそうなので形だけ謝ってみたけど、当然、怒りは収まりそうにない。
「どういう耳してんのよ!」
「ですから、雑音は聞こえない耳です」
いよいよ、気弱なフリも面倒臭くなって来た。
(もういいわよね?)
「ざ、雑音っっっ!? 本っ当に私の事をバカにしてるのね!?」
「はい。さっきからそう言っています」
当たり前だけど、ヒロインは私のこの答えがかなりお気に召さなかったらしい。
更に顔を真っ赤にして怒鳴る。
「何なのよ! 急に強気になって。さっきまでオドオドしていたくせに! そっちが本性なのね!? 猫かぶりもいいとこだわ! そうやって私のロディオ様も騙してんじゃないの!? 最低よ!」
(えー? 騙すも何もロディオ様の前ではもともとこのままの私……)
「ちょっと何よ、その目。何が言いたいのよ!」
「あー……いえ、そうではなく。ロディオ様は……」
と、私が言いかけた時だった。
「俺の可愛いよ……ソフィアは猫なんて被ってないよ」
そんな声と共に後ろからふわっと抱きしめられた。
「なっ!?」
「ロ、ロディオ様?」
ヒロインの驚きの声と私の声が重なる。驚いたヒロインはそのまま固まった。
けれど、今日は訪ねて来るなんて話だったかしら?
(あと、何で抱きしめるの……と言いたい)
と、私が内心で首を傾げていると、ロディオ様は私の心を読んだかのように言った。
「あぁ、不法侵入じゃないよ? 俺は毎日でも可愛い可愛いソフィアの顔が見たいからね、男爵からは、何時でもどうぞ、と許可を貰っているんだ。だから男爵家の使用人は快く通してくれたよ」
「……お父様」
(えっと、お父様……私の意志は??)
どうして、私の知らない所でそんな話になってるの……
これは後でお父様とじっくり話し合う必要がある。
仕事を終えて帰ってきたら問い詰めよう!
「ソフィア」
「?」
そんな事を考えていたら、くるりと身体の向きを変えられて、ロディオ様と向かい合わせになり目が合った。
──ドキッ
何故か胸が跳ねた。
(え? 何……この気持ちは……)
ざわつく胸に戸惑いを覚える。
そして、向かい合った私達がする事と言えば……
フニッ
「も、もう! ロディオ様……!」
「うん、駄目だ。ソフィアを目の前にしてやっぱり我慢は出来ない。無理だ」
ロディオ様は、もう定番化したふにふにを開始しながらキリッとした大真面目な顔でそう言う。
フニフニ……
「だから、何で大真面目な顔で、いつもそんな阿呆な事を言っているんですか……」
「すまないが、諦めてくれ。もうこれは仕方ないんだ。ソフィアの頬っぺたが悪い」
「なぜ……」
フニフニフニ……
ロディオ様は私の頬をふにふにしながらびっくりして固まってるヒロインの方へと視線を向けた。
そして、首を傾げながらとんでもない事を言った。
「それで? そこにいる俺の可愛いよ……婚約者のソフィアをバカにした女はどこの誰なんだ?」
「「え!?」」
「どこの誰か知らないが、馴れ馴れしく俺を自分の物のように言っていたように聞こえたが」
「「!?」」
私とヒロインの驚いた声が綺麗に重なる。
(知らない女……ですって!?)
え? 昨日会ったわよね? ロディオ様も会話したわよね?
それに、彼女はヒロインよ?
ちょっとアレだけどあなたの運命の人よ!?
私の頭の中は大変、混乱した。これは聞かずにはいられない。
フニフニフニフニフニ……
「あの、ロディオ様、ふにふにのしすぎで頭のネジどこかに置き忘れていませんか? それか記憶力」
「は? ソフィアこそ、何を言っているんだ? そんな事より、やっぱりソフィアの頬はいいな……うん」
「ロ、ロディオ様……」
フニフニフニフニフニフニ……
そんな、うっとリした顔でふにふにしてる場合ではないと思うのーー!
私はチラッとヒロインの方を見る。
彼女の顔はすっかり青ざめており身体はプルプル震えていた。
そして、耐えられなくなったのかヒロインはロディオ様に向かって声を上げた。
「ひ、酷いです……私は、昨日お会いました、リンジーです! 覚えてくれていないのですか!?」
「すまないが、俺はソフィア以外興味が無いんだ」
「なっ!」
ロディオ様は間髪入れずにバッサリと言い切った。
フニフニフニフニフニフニフニフニ……
「は? やだ、嘘、何を言って……あとさっきから何してんのよ…………えっと……も、もう! 酷いですよ~。これは何かの冗談ですか~? ですよね!?」
「いや、本気だが?」
「…………んぁっ!?」
ヒロインは小声でブツブツ呟いた後、最後に変な叫び声を上げて再び固まった。
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