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  ───ヒロイン!  この人は間違いなくヒロインだ!

  私は思わず叫びそうになった声をどうにか抑える。

  (あぁ、まさに描写されていた通りの甘い声……)

  現実で聞くとこうなるのかと思わされた。
  そして、物語のヒロインらしい誰が見ても可愛いらしいと思う容姿。

  記憶を取り戻してから自分の姿を見た時やロディオ様に初めて会った時も思ったけれど、本当に挿絵のまんまだ。

  (やっぱり、ここは小説の世界なんだわ……)

  せっかく、さっきここは現実の世界なんだ、と思う事が出来たのに再び物語の世界であるという事を改めて強く意識させられてしまった。

  ……今、彼女ヒロインはロディオ様に対してこの間お店に来た、と言った。
  あの時、ロディオ様にはヒロインに会ったのかと訊ねたまま有耶無耶になっていたけれど、やっぱりロディオ様がお店を訪ねた時に会っていたのはヒロインだった───……
  やっぱり二人は出会う運命──

  ズキッ

  (だから、どうして胸が痛むの?)

  あの劇のようにヒーローとヒロインは結ばれるのが当たり前……
  そんなの分かっていた事なのに。
  半年後、この関係を解消した後はヒロインと結ばれる運命なのだから、どんな事をしても二人を引き合わせて……とまで思っていたはずなのに。

  (こんなにモヤモヤするのは……)

  思いの外、ロディオ様と仲良くなり過ぎたからかもしれない。

  (……主にふにふにのせいな気もするけれど)

  だけど、どうしても分からない。
  どうしてまだ物語の開始前なのに、ヒーローとヒロインは二度も出会ってしまったの?
  一度目は私の為に毒殺未遂事件の事を調べようとしてお店に行ったから。
  これは、どうしても殺されたくなかった私が物語に無い行動をした結果、引き起こしたのだとしても……なら今は?

  (マッフィーによる私の毒殺計画も既に始まっている可能性もあるし。もしかして、物語そのものの開始時期が早まってる?)

  ──もしくは、もう小説のストーリは破綻している、か。
  なんてね……




  

「……」
「あの……あれ?  人違い?  もしかして私、間違えてしまいましたか?」

  何も答えないロディオ様に対してヒロインはオロオロして困った様に笑う。
  人違いでは無いですよー……と言ってあげたいけど私がここで口を挟むのは違う気がする。

  (何かもう全てがキラキラしているわ……まるで、ヒロインになる為に生まれてきた人みたい)

「……いや、すまない。記憶を探っていた」

  ようやく沈黙していたロディオ様がヒロインに向かってそう答えた。

「記憶を……?  そんなに探らないといけない程、私は印象に残らなかったんですね……私はお客様あなたの事はすぐ分かったのに……悲しいです」

  そう言ってヒロインは悲しそうに目を伏せた。
  さすがヒロイン!  くすんとした顔すらも可愛い。

「そうかすまない。人の顔を覚えるのが苦手なもので、あの時は世話になった。ありがとう。それではこれで。さ、行こう、ソフィア」
「え!」
  (……え?)

  私の驚きの心の声とヒロインの驚きの声が重なった。
  ロディオ様はあっさりとそれだけ答えて私を連れ立ってさっさとその場から離れようとする。

  (えぇ!?)

  せっかくのヒロインとの対面……いや、再会なのにあっさりしすぎじゃない!?
  今後の為にもここはもっと……仲を深めるべき所なのでは?
  と、モヤモヤしながらも私は焦る。


「あ、あの、私、リンジーと言います!  そ、それで……えっと……」

  突然、ヒロインが自己紹介を始めた。
  どうにかしてロディオ様を引き止めたい。そんな気持ちが伝わって来る。

「お、お客様は、えっと、貴族の方ですよね?  ……あ、そうじゃなくて……えっと、私が言いたかったのは……」
「……」

  ロディオ様はとても冷ややかな目でヒロインを見ている。
  
  (何で!  そんな冷たい目で見る相手じゃないはずなのにーー!)

「えっと、お、お客様は、あの日何か調べたい事があってお店に来たのですよね?  それは解決しましたか?  もし、これからでも私に出来る事があれば……と思いまして……」
「…………今、思い出した俺の記憶が確かなら、あの日、君にその調べたい事を訊ねたものの“店番してるだけの私ではちょっと分からない”と言われたはずだが?」
「あ……」

  ヒロインは気まずそうに目を逸らした。

「結局、店長が戻って来るのを待つ羽目になったな。すぐ戻って来てくれたから良かったが」
「……それは」

  これはー……やっぱり今が物語の開始より半年前である影響なのかしら?
  ヒロインがまだ、どこか店に不慣れな様子が伝わって来る。
  物語の中で書かれてはいなかったけれど、あの茶葉店に務め始めたのは最近だったのかもしれない。

「だから、特に君に頼みたい事は無いな」
「そうですか、あ!  でも、私、あの日のとても困っていそうなあなたの様子を見てぜひ、助けになりたいと思ったんです、ですから、他に何か力になれる事でもあればー……」
「必要無い」
「なっ!」

  何故か必死にロディオ様に食らいつこうとするヒロイン。
  ロディオ様にピシャリと断られてショックを受けているようだった。
  そんなヒロインを見つめすぎたのか、私と彼女の目がバチッと合ってしまう。

「……!  ところで、こちらの方は?」
「俺の……婚約者だが?」

  ロディオ様はそう言って私の腰に腕を回して引き寄せる。もうすっかり慣れたわ。
  さすがにヒロインの目の前で、ふにふにでは無かったのでホッとした。
  でも、ロディオ様の様子がいつもと違うように感じるのは……気のせい?

「え?  こ、婚約者……ですか!?  この方が!?」

  ロディオ様のその答えにヒロインはとても驚いていた。
  その様子に私は違和感を覚える。

  (ロディオ様を貴族の方ですよね、と言いながら、婚約者の存在に驚くの?)

  自由恋愛が増えてる今、確かに貴族も全員が全員、婚約者持ちってことは無いけれど、そんなに驚く事なのかと疑問に思った。

「…………よ」

  ヒロインはとても小さな声で何かを呟いたけど聞きとる事は出来ず、私の中ではモヤモヤした気持ちと、まさかね……という思いだけが渦巻いていた。  

    
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