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「ソフィア、すまない。君よりももっと触り心地の良い理想の頬っぺたに出会ってしまった」
「……は?」

  目の前で突然、謝罪をしたロディオ様はとても辛そうな顔をしている。
  
  (今、なんて言ったの?  理想の頬っぺた??)

「本当にすまない。ソフィアの頬っぺたが最高だと思ったのに……まさか、もっと上がいるなんて思わなかった」
「はぁ、そうですか。それは良かったですね」

  冷たいかもしれないけれど、こんな言葉しか浮かんで来ない。

「どうやら、俺の運命は“彼女”だったみたいだ」
「彼女……?」
「あぁ、そうだ。だから、すまないソフィア。君との話は全部無かったことにしようと思う」

  ロディオ様は、頷きながらそんな言葉を口にした。

「え?」
「もう、俺はマッフィーから君を守れない」
「そんな……!」
「どうせ、半年たったら解消する婚約だったんだからさ」
「それは、そうですけど……!  まだ期間が……」

  ロディオ様の理想の頬っぺたなんてどうでもいいけど、それは困るわ!
  私はサッと青ざめた。
  ロディオ様が、守ってくれなかったら私はマッフィー様と婚約する事になってしまう!
  そして、待ってる未来は死───……

「それじゃ、本当にすまない。君との婚約が大々的に広まる前で良かったよ。あぁ、俺はこれで。彼女が待ってるんだ」

  そう言ってロディオ様は私に背を向けた。
  この間まで、うっとりとした顔で私の頬をふにふにしていた人と同一人物には思えない程の冷たさだった。
  私はロディオ様に向かって手を伸ばす。

  

「ま、待って、ロディオ様……私……!」



   ─────と、声を出して右手を天井に伸ばしながら私は目を覚ました。

「…………」

  私の手が虚しく天井に向かって伸ばされている……

「……えっと、夢?」

  答えてくれる人は誰もいないけれど、私はそう口にした。
  これは夢である。ただただ、そう確認したかった。
  私はそっと右手を元の位置に戻し、ベッドから起き上がり部屋の中を見回しているとだんだん恥ずかしくなって来た。
  うわぁぁ、と両手で自分の顔を覆う。恥ずかしい!  恥ずかし過ぎる!!

「やだ、私ったら……な、なんて夢を見てしまったの。そ、それに」

  それに、理想の頬っぺたを見つけたとか言って去って行くロディオ様に縋ろうとするなんて!

「理想の頬っぺたって何!?  これ、私、完全に毒されちゃってるじゃないの」

  こんな夢を見るなんて、全部全部ロディオ様のせいだ!
  あんなにうっとりとした顔で、私の頬をふにふにばっかりするからよ!

  と、ここにはいないロディオ様に対しての怒りを覚えていたその時、部屋の扉がノックされる。

「お嬢様、おはようございますー……て、朝から何を暴れているのですか?」
「トリア……」

  (言えないわ。ロディオ様に捨てられる夢を見て恥ずかしくなったって)

  トリアは私がロディオ様から求婚された事をとても喜んでいた。「お嬢様、やっぱりそういう事だったんですね~」と、言われて否定するのが大変だった。
   同時に女嫌いの侯爵子息様をどうやって落としたんですか!?  って目を輝かせて聞いてきたけれど……契約よ、とは言えないので今も困っている。

「な、何でもないわ!  め、目覚めの運動よ!」
「……目覚めの運動……そうですか。まぁ、追求はしません」
「…………ありがとう」

  トリアはジトっとした目で私を見たけれど、そのまま流してくれた。有難いわ!

「お嬢様、今日の予定ですがワイデント侯爵子息様から訪問の予定が来ておりますが」
「……えっ!?」

  ドキッと胸が跳ねる。
  ゆ、夢のせいよ。

「何でも重要なお話がある、とか……」
「じゅ、重要な話……?」

  私はゴクリと唾を飲み込む。
 
  (り、理想の頬っぺたに出会った……なんて話、では無いわよね??)

  正夢になったりして。
  そんな事を思いながら朝の支度に取り掛かった。




   (───あぁ、正夢になったりして……なんて、心配した私が馬鹿だったわ)

  フニ……

「おはよう、ソフィア!  今日も最高のふにふに具合だ!」
「……ロディオ様」

  フニフニフニ……

「あ、挨拶かふにふにかどちらかにして下さい!!」
「えぇ?」

  フニフニフニフニフニ……

  ものすごく不満そうな顔をされた。
 
「可愛い可愛い俺のソフィアの頬にも朝の挨拶をしているだけだよ」
「そんな挨拶、聞いた事が無いです……」

  そんな聞いた事のない宣言をしたロディオ様は大真面目な顔で私の頬をふにふにふにする。
  どう聞いても、ロディオ様は開き直りすぎだと思う。

  フニフニフニフニフニフニフニ……

「……」
「……」

  フニフニフニフニフニフニフニフニ……

  ふにふに攻撃に耐えられなくなった私は気を紛らわせようとロディオ様に話しかける事にした。

「……っ!  ロ、ロディオ様、私、自分でふにふにしてみたんです」
「え!?」

  ロディオ様が驚きの声を上げる。

「ロディオ様が、あまりにも触り心地抜群とか言うので本当かと思いまして……」
「最高だった?」

  フニフニフニフニフニフニフニフニフニ……

「いいえ。さっぱり分からなかったです……何でロディオ様は……」
「ははは、ソフィアだからだよ」
「?」
「可愛い可愛い俺のソフィアの頬だから、だ」
「それは、どういう意───」

  その言葉の意味を聞こうとした時、ウォッホン!  と大きな咳に邪魔された。

「ソフィア。ワイデント侯爵子息様?  二人は朝から何を……」
「あぁ、男爵殿義父上!  驚かせて申し訳ない。ソフィアに朝の挨拶をしていた」
「朝の挨拶……」

  フニフニフニフニフニフニフニフニフニフニ……

「私には侯爵子息様が娘のほっぺたをふにふにしているように見えますが」
「挨拶だ」

  ロディオ様は大変気持ちのいい笑顔で言い切った。

「私の娘が涙目になっているように見えます」
「可愛いだろう?  ふにふにし続けると段々こうなるんだ」

  フニフニフニフニフニフニフニフニフニフニフニ……

「あー……コホン。そうでしたか。ソフィアが……可愛い……可愛い?」 
男爵殿義父上?」
「いや……コホン……な、何でもない」
「そうか?」

   (…………)

  とりあえず、お父様が大変失礼な事を考えている事だけは分かったわ。

「あー、何か重要な話がある。との事でしたが。婚約の話先日、正式に受け入れる返事をさせて頂きましたが?」
「あぁ。婚約を了承してくれてありがとう。それで今日の用と言うのは……」

  (あ、解放されたわ)

  ロディオ様はようやくふにふにを止めてくれてお父様と話し始めた。

 

  あれから、無事に目を覚ましたお父様に、ロディオ様からの求婚の話をしたところ、もう一度泡を吹いて倒れてしまった。
  だけど、さすがに二度目だったからか今度はすぐに目を覚ましてくれたわ。
  そこで話し合った結果は……受け入れる、だった。

  (親の前であれだけイチャイチャしておいて、断る選択肢があると思うかー!  って怒られたわ)

  今は受諾の返信を送った所だったのだけど、ロディオ様のこの様子だと婚約の話では無い?
  ましてや、理想の頬っぺたの話でも無さそう……?

「ソフィアの毒殺未遂事件の件についてだ」
「「え?」」

  私とお父様の驚きの声が重なる。
  ロディオ様は、にっこり笑って言った。

「俺の可愛いソフィアが早く安心して暮らせるようになって欲しいからね。ここ数日、侯爵家でも独自に調べて、問題の茶葉を売っていたお店にも訪ねてみたんだ」

  (────え?)

  あの茶葉を売ってたお店?
  それって、ヒロインのいるお店では……?  そうよ、そのはず!

  まさか!  ロディオ様……ヒロインに会ったんじゃ……
  私の心がざわついた。

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