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20. (ロディオ視点)
しおりを挟む「まさか、自分から女性に婚約を迫る日が来るなんて思わなかったな」
イッフェンバルド男爵家から屋敷に戻る為の馬車の中で、俺は一人そう呟いた。
「ソフィア……」
俺の頭の中に浮かぶのはもちろん可愛い可愛いソフィア。
なんであんなに可愛いんだろう?
あの一度触ったら、ずーーーーっとフニフニしていたくなるあの触り心地抜群の頬っぺたといい、顔を真っ赤にして涙目でプルプル震える姿や、会話する度にくるくる変わる豊かな表情……そして可愛らしい笑顔……
「駄目だ……重症だ。こんな気持ちは初めてだ」
女性なんて、自分の地位と顔だけを見て群がってくるだけの煩くてやかましい香水臭い女……そんな風に思っていたのに。
そもそも、出会いから衝撃だった。
──にゃ、にゃ~ん
覗き見していたのがバレそうになって、まさか猫の鳴き真似で誤魔化そうとするなんて思いもしなかった。
あの発想はどこから来たんだろうな。ソフィアらしいとは思うが。
どうせ、あの時俺が一回騙されたフリをしたから、あの可愛らしいキラキラした目を輝かせて、
“やったわ! 騙されてくれたのね! 私、凄い? もしかして鳴き真似の才能あるかも??”とか思ったんだろうなぁ……
(そんな所も可愛いなぁ)
そんなソフィアを想像するだけでこっちが自然と笑顔になる。
「……綺麗か」
俺の目を見てそんな事を言った人は初めてだ。
この赤い目は、少し怖い印象を与えるのか初対面では怯える人も多いし、何なら“血のように赤い”と言って影でコソコソ言われているのも知っている。
なのに、ソフィアは……
──燃えるような赤色のはずなのに、宝石のように澄んだ色にも見えて……えっと、何だか上手く言葉に出来ない色なのですが、とても綺麗……
「…………くっ!」
思い出すだけで照れてくる。何だよ、あの真っ直ぐな目と言葉は……!
気付いたらソフィアとは言い合いになっていたが。
そして、その後恋人になってくれと言われた時は酷く落胆した。
(何だ……この子も結局、他の女と同じか)
だが、
──まさか! そんな面倒くさそうな立場になりたいなんて欠片も思ってません! ……あっ!
正直に言い過ぎだろ!
何も“侯爵夫人の立場になりたいなんて思ってない”この言葉を口にしたのはソフィアが初めてでは無い。
だがしかし、たいてい皆、口ではそう言いながらもどこかに期待を込めているのが伝わって来たのだが……
ソフィアからは伝わって来たのは“面倒臭い”一色。
煩わしかったはずなのに、何故かソフィアのその気持ちにがっかりして戸惑いを覚えた。
そんなちょっと変わった子だったから……
(触れたのは、興味本位だったんだ……)
ソフィアの反応がいちいち面白いから、触れたらどんな反応するのかなとそう思って触れただけだったのに。
「何だあの可愛さと気持ち良さは……」
触れた時のソフィアの反応の可愛さと、あの頬っぺたに俺の心は完全に掴まれた。
もっとあの可愛い反応が見たくて、そして、頬っぺたが柔らかくてモチモチしていて……とにかく言葉に出来ないほどの触り心地の抜群さで……もっともっと触れたい……そんな気持ちはどんどんエスカレートしていった。
(ソフィア限定の変な性癖に目覚めてしまった)
多分、俺はもうソフィアの頬っぺたをふにふにしないと生きていけない気がする。
俺はもうソフィアの虜だな……
男爵に向けて言った言葉に嘘はない。
ソフィアは物怖じせず行動力があるだけでは無い。臨機応変に対応出来る子だ。
何も打ち合わせをしなかったのにマッフィーの前で、俺の意図を正確に読み込んで演技していたのには本当に驚いた。
(初めて会った侯爵子息に突然告白されて驚いてる……そんな反応で良かったから、下手な演技されるくらいならと打ち合わせしないでおいたのだが……)
まさか、こっそり俺に片思いしていた令嬢を演じ始めるなんて思わなかった。
「あんなに頬染めて……あれが本気だったらどんなに幸せか……はぁ」
マッフィーはさすがと言うべきか簡単には騙されてくれなかったが。
だが、周りは疑うこと無く受け入れていた。ソフィアの演技の賜物だろう。
トンタス侯爵令嬢に絡まれたのがその証拠だ。
少し目を離した隙に彼女達に絡まれてる姿を見つけて焦って大慌てで駆け付けたが、ソフィアは…………強かった。何かとても強かった……
「恋はするものではなく落ちるもの……そう言っていた奴に何を言っているんだとこれまで散々馬鹿にしてきたが……もう馬鹿には出来ないな」
今日初めて会った令嬢にこんなに骨抜きにされてしまったのだから。
女嫌い……はどこ行った?
(ただ、出会ってなかっただけだったんだ。こんなにも心震える相手に)
「……ソフィア。気付いてるかな? 俺は婚約が“半年間”だなんて言ってないよ」
───だから、早く俺を好きになって?
君は要らないと言うだろうけれど、次期侯爵夫人は君だよ、ソフィア。
ガタンッ
そんな事を考えていたら、屋敷に着いた。
まずは、婚約したい女性がいる事の報告をしないといけない。
(父上も母上も驚くだろうなぁ……)
───身分なんて問わないから、互いに政略結婚だと割りきれる相手と結婚して、どうにか一人だけでも良いから跡取りを!
なんて言っていた二人だ。泣いて喜ぶはずだ。
子供は一人でも良い? いや、ソフィアとの子供ならたくさん欲しいな、うん。
よし! 結婚したら、たくさん励もう!
と、俺は(勝手に)誓った。
そんな俺の愛する婚約者(仮)がマッフィーにも狙われているとなれば、ワイデント侯爵家総出でソフィアを守るだろう。
「マッフィーの好きにはさせない。ソフィアは絶対に譲らない……俺が幸せにするんだ」
可愛い嫁とふにふに生活! マッフィーに邪魔はさせない!
そう思った俺は両親への報告と共に色々と調べる事にした。
******
「……毒殺未遂事件の毒は茶葉の方に仕掛けられていたのか……それも……」
俺は手元の報告書を見ながらそう口にする。
すぐにソフィア毒殺未遂事件の調査を開始したところ、情報は割と簡単に手に入った。
俺の初恋に小躍りした両親が手を回した、というのもあると思うが。
「しかし、マッフィーは……」
調査報告書を読んで知ったが、マッフィーが軽症だったのはソフィアとは違うお茶を飲んでいたからだった。
「まさか、複数の茶葉に毒が仕込んであるとか……殺意しかないだろ」
俺はゾッとした。
金持ちの男爵を狙った犯行なのかソフィアを狙った犯行なのか……
この調査報告書によると、男爵は家中の茶葉を全て回収し、鑑識に回したという話だ。今はその結果待ちだと言うが……
「ソフィアとマッフィーが倒れたのは、その日にマッフィーが手土産に持参した茶葉……」
明らかにマッフィーが怪しいと言っているが、毒入り茶葉を持参した本人も毒を摂取して倒れた為、被害者扱いとなっている。
(それが狙いなのか?)
ミスフリン侯爵家が購入したというその茶葉は、街にある茶葉販売店のもの。
ソフィアの家もこの店からよく茶葉を購入しているという。
当然だが事件の後、店も徹底的に調べられているが捜査の結果、毒の搬入は販売店とは関係ない段階で行われたと結論づけられたという。
それでも気になった俺はそのお店を訪ねてみる事にした。
「……ここか」
扉を開けて店に入るも、なんて事はない普通の店。
品揃えも悪くは無い──か。
そんな事を思いながら店内を物色している時だった。
「何かお探しですか?」
俺が商品選びに困っていると思ったのか、店員に声をかけられた。
その声につられて俺は振り返った───
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