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しおりを挟むそんな氷のような冷たい声に反して何故かその声の持ち主──ロディオ様は、フワッと後ろから優しく私を抱き締めた。
(……!? あ、温かい……じゃなくて、何するのーー!?)
思わずあたたかい温もりに気持ちが持っていかれそうになったけれど、この体勢は何なの?
こんな後ろから抱き締める……とか、何でロディオ様は“女嫌い”のはずなのにこんなに恋人の演技が上手いのよー……
話を持ちかけたのは私の方だったのに、間違いなく私の方が翻弄されている。
(やっぱりいつかロディオ様には、ぎゃふん! と言わせたい!)
ロディオ様の腕に抱き込まれながらそんな事を考えていたら、ロディオ様が取り巻き令嬢に向かって冷たい声を出した。
「まさかとは思うんだけど、今、俺の腕の中にいるこの可愛い可愛い恋人の事じゃないよね?」
「「!!」」
じろっと冷たい目で睨まれた取り巻き令嬢達は、パクパクと口を開くだけで声は発せず、顔色もどんどん悪くなっていく。
「ロ、ロディオ様……ど、どうして……」
「やぁ、トンタス侯爵令嬢」
取り巻き令嬢の後ろにいるアンジェーラ様の顔色も悪く、かなり動揺している事が窺える。
おそらく、ロディオ様がこの場に現れるとは思ってなかったに違いない。
「君も、俺の可愛いソフィアに何か用かな?」
「い、いえ……私は……」
アンジェーラ様は気まずそうにロディオ様からそっと目を逸らす。
やっぱり、悪役令嬢はヒーローから責められると弱いみたいだ。
でも、その目の逸らし方は、いかにも何かしてました! と言っているようなもの。
案の定、ロディオ様はアンジェーラ様にニッコリ笑って問いかける。
「まさか、君ともあろう人が俺の可愛いソフィアが男爵令嬢だからと言って馬鹿にしたりするはず無いよね?」
「っっ! と、と、当然ですわ! 私は今、こ、こちらの、ソフィア……様に対して、ぶ、無礼な発言をしていた、この二人、を止めようとしていた所ですのよ!」
焦ったアンジェーラ様は欠片も思ってなかったであろう事を言い出した。
「へぇ。なら、俺の大事なソフィアが、この者たちに好き勝手言われてる時に、君が後ろでニヤニヤ笑って見ていたように見えたのは俺の気の所為なのかなぁ?」
「そ、そ、そうです! ロ、ロディオ様の気の所為……み、見間違いですわよ! ホホホ……」
「「アンジェーラ様!?」」
「う、煩いわよ! あなた達! あんな無礼な発言をす、するなんて……も、もう金輪際、私に近寄らないで頂戴!!」
「「そ、そんな! ア、アンジェーラ様……」」
取り巻き令嬢達はアンジェーラ様に見捨てられる形になったらしい。
二人はショックで呆然としていた。
そんな事よりアンジェーラ様はこんなにグダグダなのにロディオ様の追求をかわせると本気で思っているのかしら?
(悪役令嬢って、やっぱり鋼の心がなくちゃ出来ないわね)
私には無理だわ。なんて思っていると──
「……ソフィア」
ドキッ!!
(や、し、心臓が……!)
後ろから私を抱き締めた体勢なままのロディオ様が、私の耳元で囁く。
その声は、アンジェーラ様や取り巻き令嬢達に向けていた声とは違って優しい。あまりにも違いすぎて、なんなら甘く聞こえてしまう。
体勢も体勢だけれど、耳元でそんな声で囁くのはどう考えても反則だ。
それに……
(さっきから、俺の可愛いソフィアとか、大事なソフィアとか言ってたぁ!)
演技だと分かっていても、意識するとどんどん頬に熱が集まってしまう。
この体勢は恥ずかしいけれど、ロディオ様は後ろに居てくれて良かったのかもしれない。とてもじゃないけれど今は真っ直ぐ顔が見れない……
私は油断すると口から飛び出しそうになる心臓をどうにか抑えながら聞き返す。
「な、何ですか……」
「どうする? このまま再起不能になるまで叩き落とす? 俺は全然構わないんだけど?」
「……」
顔が見えないから、確証は持てないけれどロディオ様は多分これ本気で言っている。
(再起不能にしちゃっても構わないんだ……アンジェーラ様は侯爵令嬢なのに……)
さすが、力の持ってる侯爵子息は言う事が違う。
「どうする? ソフィアが決めていいよ」
やっぱり今、悪役令嬢に退場されてしまうと半年後に(ロディオ様が)困るだろうから再起不能にしてしまうのは駄目よね。半年後にヒロインを虐める役がいなくなってしまう。
未来を知らないから仕方がないとは言え、ロディオ様がハッピーエンドを迎えるのに必要な要素をこんな所で自ら潰させるのはやはり忍びない。
「とりあえず、今はこのまま放逐で!」
「え? 野放しにしちゃうの?」
ロディオ様の声がひっくり返った。驚かせてしまったみたい。
「野放し……と言いますか、あ、もちろん釘は刺しますよ? また絡まれるのはごめんですから」
今回は人違いなわけだし。大目に見てあげても良いかなと思う。
悪役令嬢の本領発揮はぜひ、半年後にしてもらいたい。まぁ、ヒロインが可哀想なので程々にしてあげて欲しいけれどね。
「それに、なんて事のない嫌味を少し言われただけですから。私からすればこんなのは瑣末な事ですよ」
「瑣末な事って……」
ロディオ様がそのまま黙り込む。
「……」
「……」
「………………今回だけだ。だが、次は無い」
ロディオ様は小さな声でとても不満そうに呟いたけど、私はそれで構わない。
悪役令嬢は、今回勘違いして早まっちゃっただけだから、もう、次にまた私に絡むなんて事も無いでしょうしね。
「……」
「ロディオ様?」
私が頷くとロディオ様が再び黙り込んだので、どうしたのかしら?
と思ったら、後ろから私を抱き締めていた腕を解いて正面に回り込んで来た。
そして、まじまじと私の顔を見つめてくる。
(な、何!?)
「ど、どうしました? ロディオ様──」
フニッ
(……へ?)
何故か、ロディオ様の手……ではなく麗しのお顔が近づいて来て、私の頬に柔らかい唇が触れた。
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