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「いや、本当に……待ってくれよ。こ、こんなのおかしいだろ……?  何でだよ……」

  マッフィー様の声は震えていて、目の前の光景が信じられない、表情はそう言っていた。
 
「……マッフィー。君はさっきからどうしたんだ?  様子が変だぞ?」

  ロディオ様の名演技も続く。
  マッフィー様の様子がおかしいのもその理由も何もかも分かっていて知らないフリをして訊ねている。
  
「だって、ソフィア嬢には……僕が」
「僕が……何だ?」 
「くっ……何でも……ない」

  マッフィー様が悔しそうにロディオ様から目を逸らした。
  
「……そうか。まぁ、何でもないならそれでいいが。あぁ、そうだ、マッフィー」
「なんだよ?」

  敵意丸出しのマッフィー様に向かって、ロディオ様はニッコリと笑って言った。

「いくら、ソフィアが可愛いからと言って手を出そうなどと考えるなよ?」
「んなっ!」

  (へ?)

  そんな爆弾発言を投下したロディオ様は、そのままギュッと私を抱き締める。
  マッフィー様の顔は怒りのせいか赤くなっている。
  そして、私の内心は大荒れだった。

  (ひぃぃ!?   ちょっと待って!  ロディオ様の演技が迫真すぎるんだけど!?)
   
「ソフィアはもう俺の……可愛い恋人なんだからな」
「ロ、ロディオ様……!」

  そんな爆弾発言を頬を染めて言う!?
  ロディオ様……演技が上手すぎるわよ!
  ヒーローにそんな才能もあったなんて知らなかった。
  し、心臓が今にも飛び出しそうなくらいバクバクしてるわ。なんて事するのよー……

  (このドキドキは演技が上手すぎて発生したドキドキよ、ね?)

  はっ!  もしかして、ロディオ様ってもしや私を殺しに来てるんじゃ…… 
  まさかのヒーローからの死亡フラグ!?

  と、盛大に私の脳内がパニックに陥りかけたその時、

  きゃぁぁぁぁーーーーー!!  
  嫌ァァァァァーーーーー!!
  うぉぉぉぉぉーーーーー!!

  ロディオ様の名演技による発言はやはり衝撃だったようで、会場内のあちこちから悲鳴の嵐が巻き起こった。
  そして、そんな悲鳴を聞いていたら私のパニックもだいぶ落ち着いて来た。
  ちなみに、妙に野太い叫び声が混ざっていた気がしたけれど、それは聞かなかった事にしようと思う。
 
「……」

  (これは……何だか思っていたよりも凄い事になってしまった?)

  そして、ロディオ様はいつまで私を抱き締めているのかしら?
  温もりがじんわりと伝わって来てだんだん恥ずかしくなって来るのだけど……
  と、私が照れ照れしていたら、

「……ソフィア嬢……なんでそんな顔を……くっ……いや、これは嘘だ。嘘に違いない!」

  マッフィー様はやはり納得いかないらしい。
  やっぱり素直に引き下がってはくれなかった。

「はぁ……マッフィー、しっかりその目を開けてよく見ろ。これは現実だ。ソフィアはもう俺の、可愛い恋人なんだよ」
「…………チッ」

  (チッ!?  ちょっとマッフィー様ったら今、舌打ちした?)

  私が驚きの目をマッフィー様に向けると、彼と目が合ってしまう。
  すると、マッフィー様は突然、笑い出した。

「……ははは、ソフィア嬢。やってくれたね」
「なんの事でしょうか?」
「どうやってこの女嫌いで有名なロディオを丸め込んだんだ?  その手腕には感心するよ」
「……失礼ですね。丸め込んでなどいませんわ」
「チッ…………本当に強情な女だな」

  マッフィー様はまたしても小さく舌打ちをする。あと、最後、ものすごく小声だったけど聞こえたわよ。
  そんなマッフィー様は、こちらに近付いて来た!?  と思ったら私の耳元でそっと囁いた。

「どう足掻こうとも無駄だよ。最後に君が選ぶのはこの僕だ」

  (……は?)

  何故かは分からない。単なる捨て台詞に過ぎないはずなのに。
  でも、その言葉に背筋がゾクリとした。

「ではまたね、ソフィア嬢、ロディオ」

  マッフィー様はそれだけ言って会場から出て行った。
  
「……」
「ソフィア」
「……ロディオ様」

  ロディオ様が心配そうな目で私を見つめている。
  私は小さく首を横に振った。

「なるほどな……こんな感じか。マッフィーの奴はかなりしつこそうだな」
「……はい。やはり、こんなものでは諦めてはくれなさそうです」

  ロディオ様が小声でそう言ったので、私も俯きながらそう答える。

  (もっと、女優になる腕を磨かないと……目指せ、大女優くらいでないとダメなのかも)

「これは、約束の半年の間に地道に納得させるしかないな」
「……」

  本当に大丈夫かしら?  と私が不安に駆られていると、何故かロディオ様の手が私の頬に向かって伸びて来た。
  えっ?  と思う間もなく、その手はまた私の頬をふにふにし始めた。

「なっ!  ……にを!?」
「いや?  こうしたら、ソフィアが元気になるかと思って」

  フニフニ……

「こ、んな事でですか!?  頬を触られて元気になるなんて、そ、そんな事あるわけ……」
「そうかなぁ?」

  フニフニフニ……

「……うっ!」

  ロディオ様はふにふに攻撃を止めるつもりは一切無いらしい。
  パーティー会場内はそんなロディオ様の珍行動に皆、目を丸くして固まり、言葉を失っている。

「でも、ほら少し元気出たよね」

  フニフニフニフニ……

「そ、それは……!」
「うん。やっぱりこれ癖になるなぁ」
「く、癖になんてしないで下さい!  ロ、ロディオ様も今後、こ、困るでしょう!?」
「なんで俺が困るの?」

  フニフニフニフニフニフニ……

  ロディオ様は、ふにふに攻撃を続けながら不思議そうに聞いてくる。

「く、癖になんてなってしまったら、で、出来ない時、ロディオ様が困るじゃないですか!」
「……」 

  フニフニフニフニフニフニフニフニ……

「……」

  (なぜ、ここでまた沈黙するのよー……!)

  私は学んだ。
  ロディオ様が沈黙した後の発言はだいたいとんでもない発言だ!

「……ソフィア」
「な、何ですか?」
「それって、俺がこうして一緒にいる時は君の頬をふにふにするのは構わないって言っているように聞こえるよ?」
「!?」
「君の頬をふにふにするのが癖になってしまった俺の心配するなんてさ。本当に面白いね、君は」

  違いますーー! そういう意味じゃありませんーー!!  間違った解釈ですーー!
  と、一生懸命訴えたけど「ははは!  ソフィアは照れ屋さんだな」と躱されロディオ様には全く伝わらなかった。


  ───こうして、女嫌いで女性を寄せ付けて来なかった、ロディオ・ワイデント侯爵子息がとうとう恋に落ちた!
  その相手は、これと言った特徴は無いが、金だけはたんまりある、ソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢だ!
  という、ちょいちょい失礼な言い回しの入った噂は一気に社交界の中で広まっていく。

  そしてそれは、恋人契約を頼む時点で覚悟はしていたけれどマッフィー様以外の新たな面倒臭い人が私の前に現れる事も意味していた。

  そう!  小説の世界では絶対に外せない存在!   “悪役令嬢”という存在───


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