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しおりを挟むヒーローが伸ばした手は私の頬にそっと触れた。
(ひえぇぇ!?)
「…………」
意味の分からない事を言って本当に私に触れてきたヒーローは、何故かそのまま黙り込む。
(何でそこで黙るの!? 何か言ってよーー!!)
「…………い」
そのまま何かを呟いたけれど、なんて口にしたのかは聞き取れなかった。
そして、本当に本当にこの状態は……何!? お願いだから説明して欲しい。
ヒーローが何をしたいのかも分からず、また、突然の触れ合いに私の目には涙が滲み、心は大いに動揺していた。
「……うぅ」
「どうした? ソフィア・イッフェンバルド男爵令……」
私の唸り声を聞いて不思議そうに顔を覗き込んで来たヒーローの表情がハッと固まった。
それはそうよ。自分が無造作に触れている目の前の令嬢が顔を真っ赤にして涙目でプルプル震えていたら、いくらヒーローでもそんな反応になるでしょうよ!
「かっっ!! あ、す、すまない……調子に乗り過ぎたか…………でも」
「……でも?」
「……」
変な雄叫びを上げたヒーローは何故かそこで再び黙ってしまう。
何で!?
そして、暫くの沈黙の後、申し訳なさそうに言った。
「あー……うん、その、何だかこの触り心地が癖になるな、と……」
「はい!?」
フニッ
そんなとんでも発言をして、私の頬をふにふにしてくるヒーロー!
こ、これは前世で言うところのセクハー……
「~~~っ!!」
「知らなかったな……」
「な、何がですか!!」
フニフニ……
「今まで女性の頬に触れた事が無かったからさ」
「っっ!」
フニフニフニフニ……
えぇ、無いでしょうよ! ついでに、私だって触れられるの初めてですけども!?
と、言ってやりたいのに上手く声が出てくれない。
その代わり、私の顔は多分真っ赤だ。
「……」
「……」
互いの目を見つめ合ったまま、変な沈黙だけが流れていく。
その間もヒーローの手によるふにふに攻撃はおさまる気配がない。
そんな無言の攻防(+ふにふに攻撃)はしばらく続いた。
──数分後。
「も、もう、いいでしょう? そ、そろそろ飽きて下さい!」
「いや? 全く」
「何でですか!」
「何でって言われてもなぁ……」
ふにふにの手は止めずに真面目な顔して考え込むヒーロー。
すると、ふにふにしていた動きが、何故かすりすりと撫でるような形に変わった。
(えぇぇぇぇ!?)
「……ははっ、やっぱり君の反応はいいね」
「い、言い触らしてやります! ロディオ・ワイデント侯爵子息様の趣味は頬をふにふにしたり撫でたりする事だって!」
私が真っ赤な顔で再び睨みながらの涙目でそう訴えたけどヒーローは、とにかく可笑しそうに笑うだけだった。
「ははは、良いんじゃないかな? その話を聞いたら、俺たちが恋人同士だって周りもすんなり納得するかもしれないし」
「なっ!」
「あー……だから、その話をする時は、ソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢、君の頬限定という事にしておいてね?」
「っっ!!」
社交界にあなたの変な性癖が知れ渡ってしまうのよ? 恥ずかしいでしょう!?
と、脅したつもりだったのに、全然堪えてないだなんて!
むしろ推奨ですって!?
(む、無理……この人には叶わない……)
私は内心で膝をつき敗北を認める。
それと同時に一つ心に誓う。
───いつか、このヒーロー……ロディオ・ワイデント侯爵子息様を、ぎゃふん! と言わせてみせるわ、と。
殺されない未来の為に、契約の恋人交渉をしに来て、受け入れてもらったはずなのに何故か私の心の中には違う感情が芽生え始めていた。
「さて、どうする? マッフィーには今すぐ伝えに行く? あいつも今日はここに来てたよね」
ヒーローは、ひとしきり私の頬を堪能し、満足したのかようやく手を離してくれた。
「……ええ、いらしてますよ、お会いしましたから」
「会ったんだ? それはまた……うん、なら早い方がいいかな?」
「……」
私が黙り込んだので、ヒーローが不思議そうな顔をする。
「何か不安?」
「え、あ……いえ。今更ですけど信じてもらえるかしら、と思ってしまって」
何だか急に不安が込み上げて来てしまい、私は目を伏せながらそう答える。
「……」
「……あ、あの?」
ヒーローはやれやれといった顔で私を見つめる。
「……本当に君は、びっくり箱みたいな人だな───ソフィア」
「!!」
“ソフィア”
そう呼ばれた時の響きが、何故か甘く聞こえて胸がドキッと跳ねた。
(くっ! さすがヒーロー……)
「こっちが引くくらいの勢いでグイグイ来たかと思えば、そこで急にしおらしくなるとか……君は本当に何をしでかすか分からないよ」
「ロディオ・ワイデント侯爵子息様……」
「長いな! そこは君も“ロディオ”と返すところだろ!?」
「ロ、ロディオ……様?」
「そう! “様”はあっても無くてもいいけど」
何故かヒーローは得意気な顔をして頷きながらそう言った。
その様子がなんだか可笑しくて、今度は私の方が笑いが込み上げてくる。
「……ふっ、ふふ」
「何がおかしい?」
「い、いえ……ふふっ……」
私は、笑いが止まらず肩を震わせながら、ヒーローに向かって笑顔で言った。
「改めまして……よろしくお願いします、ロディオ様」
「……っ!!」
ヒーロー……ロディオ様はちょっと驚いた顔をして、ぷいっと顔を背けながら言った。
「こ、こちらこそ……ソフィア」
そっぽを向いたロディオ様の耳が赤く見えたような気がしたけれど、暗闇のせいではっきりとは分からなかった。
何はともあれ、無事に契約を結べた私はその事に安堵していてすっかり忘れていた。
この世界の物語のヒーローであるロディオ様が少し前に口走った、
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この言葉を本来、彼から向けられるべき人が誰だったのかを───
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