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しおりを挟む「やぁ、ソフィア嬢! まさか、こんな所で君に会えるとは思わなかったよ」
「!」
本当に行かれるのですか? 止めておいた方が……
と渋るトリアをどうにか説き伏せてやって来たパーティー。
どこかで覚悟はしていたけれど、私は今、最も会いたくない人に見つかってしまった。
声をかけられて答えない訳にはいかない。
私はため息混じりに答えた。
「……マッフィー様、もいらしていたのですね」
「まぁね、それにしても珍しい事もあるんだね、君が社交界に出てくるなんてさ」
「……」
マッフィー様はそう言いながら、ジロジロと私を見つめてくる。
その全身を舐め回すかのような視線が嫌だ。
「どういう心境の変化かな? あ、もしかして僕から逃げる為に別の男性を物色でもしに来たとか? うーん、それは無駄だと思うよ」
「……」
「ねぇ、ソフィア嬢。やっぱり僕にしておきなよ。あれから色々考えたんだけど、君が躊躇う理由が僕には分からないんだ。だって僕以上の男なんてそうそういないと思うんだよね」
「……」
私はとりあえず笑顔の仮面を張り付ける事にした。
(この人のその自信はどこから来るのかしら?)
ため息しか出ない。
それに、この間から思っていたけれど、マッフィー様と話していると、どうしても前世の“嫌な記憶”を思い出してしまう。
「……」
(……いえ。もう考えても仕方の無い事。前世は前世……今の私はソフィア! ソフィア・イッフェンバルドよ!)
そう思い直して私は前を向いて、マッフィー様の目をしっかり見つめて答える。
「それでも、私はマッフィー様の求婚に応えたいとは思いません。本当に申し訳ございません」
「……言ってくれるね」
「正直な気持ちを申し上げただけですわ」
だってそうでしょう、マッフィー様。
あなたが“ソフィア”を欲しているのはお金よね?
イッフェンバルド男爵家のお金が目的なのは分かってるのよ。
(ミスフリン侯爵家は今、事業に失敗して資金繰りに困っている。だからマッフィーはイッフェンバルド男爵家の財力が欲しくてソフィアを欲している……)
「はぁ、君は本当に手強そうだな」
「……」
私が笑顔のまま黙っていると、やれやれとため息をついたマッフィー様は、給仕から飲み物を受け取り「これでも飲んで落ち着いたら?」と言って私にグラスを渡して来た。
「!」
(どこまで無神経なの!? この人は!)
怒りで身体が震えているわ。
あぁ、今すぐ怒鳴りつけてやりたい!
それが出来ない貴族令嬢ってなんて面倒なの……!
「ソフィア嬢? どうかした? 身体が震えているけど、飲み物はいらないのかい?」
「……結構ですわ。喉は乾いていませんから」
「そう?」
つい先日、飲み物に毒を入れられて倒れたばかりの私に平気で飲み物を勧めるこの人の神経が分からない。
それに、彼も倒れたと聞いているのにどうして、そんな平気な顔をしていられるのか不思議でしょうがない。
「……」
(……まさか、ね)
今、マッフィー様はソフィアに求婚している段階。
お金が欲しいのだから、今ソフィアを殺す事は彼にとって得策では無いはずだ。
「……これ以上あなたとお話しする事はありませんので失礼させていただきます」
「ははは、本当に強情だね。仕方ないな。では、またね……ソフィア嬢」
「……」
マッフィー様はそれだけ行って私から離れて行った。
どうにか今は諦めてくれたらしい。
でも、色々と何かを含んだ話し方だったので、婚約の件はまだ諦めて無さそうだけれど。
(このまま求婚も取り下げてくれたらいいのに……)
「はぁ……」
マッフィー様の事は後でいい。それよりも本日の目的を果たさなくては!
気を取り直して私は会場内を見回した。
「……うーん、いない? いると思ったんだけどなぁ」
困った事に私が会いたかった人物、ヒーローのロディオ・ワイデント侯爵子息様の姿が見当たらない。
私の記憶が正しければ、本日のパーティーの主催者は彼の家、ワイデント侯爵家と懇意にしている家のパーティーなので絶対に参加していると思ったのに!
「外にでも出ているのかしら?」
そんな独り言を呟きながら私はそっと庭に出た。
風が気持ちいいわね、そんな事を考えながら少し奥に進むと、何やら話し声が聞こえて来たので私は足を止める。
どうやらすぐそこに誰かいるらしい。 それも男女の声……
(あぁ! しまったわ! 恋人同士の逢瀬だったらどうしましょう……邪魔するのは良くないわよね……?)
私はそっと茂みに隠れて様子を窺う。
すると、その男女の声が聞こえて来た──……
「わたくし、あなたの事が好きなんです!」
告白だわーー!! それも女性から!
これにはさすがに焦ってしまう。このまま立ち聞きするのは良くない。
でも今、下手に動くと見つかってしまうかもしれない。
「……」
(見知らぬ令嬢さん、ごめんなさい)
悩んだ結果、私はその場でやり過ごす事にした。
聞くつもりは無いのに二人の会話が聞こえて来てしまう。
「……悪いが君の気持ちに答える事は出来ない」
「そんな……そう仰らずにどうか……! わたくしとの事を考えて下さいませ」
「……」
どうやら、勇気を振り絞って愛の告白をした令嬢は振られてしまったらしい。
これは見つかるとますます気まずい。
「触っるな! ……手を離してくれ!」
「あっ!」
「……すまないが俺が触れられるのは嫌いだと君も知ってるだろう?」
「ですが……」
「……」
令嬢が縋り付きでもしたのか、何かしたようだけれど、可哀想にその手は振り払われてしまったらしい。
その後、彼らは二言三言会話をしていたけれど、結局、振られてしまった令嬢が泣きながら走り去って行った。
(これでようやく私もこの場から動ける──……)
そう思って動こうとした時、
「……そこにいるのは、誰だ?」
「!!」
(しまった! 見つかってしまった!?)
「立ち聞きしていたのは分かっている。顔を見せてもらおうか?」
「……」
これ、顔を見せたら絶対に面倒な事になるやつよね……
目立ちたくない私は出来れば面倒事は避けたい!
(そうだわ!)
一か八かで騙されてくれる事を願って私は声を出した。
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