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「お嬢様、本気ですか?」
「えぇ、本気よ」

  トリアがとても心配そうな顔をして私を見ている。
   その理由は、私が病み上がりなのにも関わらずパーティーに行くと言い出したからだ。

「ですが、病み上がりの身体なのに何故そうまでしてパーティーに?」
「……会いたい人がいるの」

  私がそう答えたらトリアの目がキラキラと輝いた。

  (え?  なにその表情?)

「きゃー!  お嬢様!!  もしかしてお嬢様には既に良い人がいたんですか!?  秘密の恋ってやつですね!?  あぁ、もう!  そうだったんですねー!  きゃー、全然気付かなかったです!  あ、だからマッフィー様の婚約の話を……」
「えっ?  待って待って待って!  落ち着いて!?  トリア!」

  放っておくと誤解したままどこまでも突っ走ってしまいそうなトリアを私は慌てて止める。
  なんて誤解をしているの!?

「わ、私の言い方が悪かったわ……そういうのでは無いのよ」
「え?  違うんですか……?」
「違うわ……それに会えたとしてもちゃんと話せるかすら怪しい人よ。だって私とは今まで話した事も会った事も無い人なんだもの」
「えっ!?」

  トリアが驚きの声を上げた。
  驚くわよね。
  でも、私が会いたいのはロディオ・ワイデント。ワイデント侯爵家の嫡男。
  ……彼こそがこの世界の物語のヒーロー。

  ミスフリン侯爵家子息のマッフィー様に対抗出来る人間はどう考えても彼しかいなかった。
  物語の中では一度も会う事の無かった私達。
  出会うはずの無かった人に無理やり会いに行こうとしている事で、これから話がどう歪んでしまうかは分からないけれど、このまま何も出来ずにマッフィー様の婚約者となって殺される未来にまっすぐ進むのだけはごめんなのよ!

「どなたにお会いしたいんですか?」
「……ロディオ・ワイデント。ワイデント侯爵家の嫡男よ」
「えぇぇ!?」
  
  トリアは更に驚きの声を上げた。
  そんなに驚かれるとは……

「……お嬢様本気ですか?」
「本気よ。誇れるものがお金しかないような男爵令嬢の私が、名門侯爵家子息のロディオ様に会おうなんて無謀な話かもしれないけれど、どうしても私は彼に会いたいの。いえ、会わなくてはいけないの!」
「お嬢様……いえ、そういう事ではなくてですね……」
「?」

  何故かトリアがオロオロと困った様子を見せる。
  
「お嬢様は屋敷にこもってばかりでしたから、お友達と呼べる令嬢もいないのでご存知ないのかもしれませんが……」
「うっ!  そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない!」

  マッフィー様につけ込まれそうになっている事からも分かるように、物語の“ソフィア”は人見知りが激しく大人しく静かで社交界にも殆ど出ない令嬢だった。
  
「ワイデント侯爵子息様とは、お会いする事が出来てもお話する事は難しいかもしれません」
「やっぱり……?」
「ですが!  理由はお嬢様の考えているものとは違います。私が難しいと言っているのは身分差が理由ではありません」
「……違うの?」

  他に理由なんてあるかしら?
  首を傾げる私を見てトリアがため息をひとつ吐く。

「……お嬢様は不思議に思わないのですか?」
「何を?」
「ロディオ・ワイデント侯爵子息様に婚約者がいない事、ですよ!」
「え?  確かに彼には婚約者はいないけど……」

  (だってそれは、“ヒロイン”という運命の相手がいるからでしょう??)

  思わずそんな事を口走りそうになってしまい慌てて口を噤む。
  そんな私の様子に気付く事なくトリアは話を続ける。

「いいですか?  よく聞いてくださいお嬢様。ワイデント侯爵子息様は極度の女嫌いなんです!!」
「───え!?」

  女嫌い?  
  聞いたことの無いワードが飛び出した。

「夜会でもパーティーでもロディオ・ワイデント侯爵子息様は、自分に話しかけたり、近寄って来たりする令嬢達をバッサバサと冷たくあしらう……というのはメイドの私でも知っている有名な話ですよ?  お嬢様は本当に知らなかったんですか?」
「知らない……」

  私は小さく呟いた。
  いや、本当に知らないんだけれど??

「ワイデント侯爵子息様がそうして泣かせた女は数知らずという話です……」
「……えっと、トリア?  その表現は使い方が違う気がするわよ」
「……っ!  コホンッ!  と、とにかくそういう事です!  で、ですから、お嬢様がパーティー会場で無事にお会い出来ても話が出来るかは難しい、そう言いたかったんです!!」

  トリアが真っ赤になって叫ぶけれど、正直、私としては今はそれどころじゃない。

  ヒーローが女嫌い!
  そんな話は聞いていないし、どこにも書いてなかったわ……
  確かに出会った時のヒロインに対してヒーロー……ロディオ・ワイデント侯爵子息はとても冷たかった。
  でもそれは、ヒロインがソフィア・イッフェンバルド男爵令嬢わたし殺害事件の犯人探しに首を突っ込んで来て邪魔だったからであって、決して“女嫌い”だからという理由ではなかったはず。

  (どういう事なの……?  まさか、あと半年で女嫌いが治るとでも言うの!?)

  そんな馬鹿な話がある!?  女嫌いってそんな簡単に治るものじゃないわよね?
  ……いえ、待って。
  ここは小説の世界だもの……ヒロインと出会って恋に落ちて“女嫌い”なんて設定はあっさり捨て去っていた……とか?

  (あぁぁ、ダメ。考えても分からない……)

  色んな事を考えたせいか、くらっと目眩がしてしまい、よろけそうになった私をトリアが慌てて支えてくれた。

「お嬢様!  大丈夫ですか??  あぁ、ほらもう!  やっぱり無理をしたからですよ!」
「だ、大丈夫よ……それに、これは違うのよ。そうね、言うならば……ちょっと頭の中が大混乱を起こしただけ」
「えっ!?  意味が分からないです」

  うん、そうね!  だって私も分からない。
  私は心の中でトリアにそう返事をした。





  ──それでも、ロディオ・ワイデント侯爵子息様に会わないと私の考えた計画は狂ってしまう。マッフィー様に対抗出来る力を持った人は彼だけ。
  もしかしたら、女嫌いも大袈裟に噂されているだけかもしれないわ!

  私はそんな一縷の望みに賭けてその日のパーティーに参加する事にした。


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