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番外編
運命の出会いは拳と共に ①
しおりを挟む「……エリヤ。今日もフレイヤが可愛い可愛い孫たちを連れて遊びに来てくれたよ」
愛する妻、エリヤが亡くなってから、私は何かある度に妻の墓を訪ねては近況の報告をすることが日課となっている。
フレイヤが阿呆王子に婚約破棄されたと聞かされた時も、いつの間にやらシオン殿下と仲を深めていた時も全部全部エリヤに聞いてもらっていた。
「二人ともフレイヤに似てとっても可愛いぞ。イーサンは将来立派な王になりそうな気配がプンプンするから将来は安泰だな。そして、エヴァナは……」
私はそこで一旦、言葉を切る。
「フレイヤと……君によく似ているよ───エリヤ」
あの子も将来、エリヤやフレイヤみたいに阿呆な男を見つけたらボコっと殴りそうな気配がプンプンする。
「───やはり、あなたでしたか。リュドヴィク公爵」
(ん? この声は)
そう思って振り返ると、そこに居たのは今は王太后となられた前国王の王妃殿下がいた。
「ケロリン王太后……」
「──キャロリンです。あなたには何度教えればわたくしの名前を覚えてくれるのでしょうね……まぁ、とうの昔に諦めましたけれど」
「ははは……」
コロリン王太后にジロリと睨まれた。
この国の元王妃、そして、今は王太后として愛娘を支えて助けてくれるこの方……決してどうでもいい存在ではないのだが、昔からの癖でどうも覚えられない。
だって、可愛い妻、エリヤは私がモロリンの名前を間違える度に「私の大事な親友の名前を間違えるなんて!」と怒るのだ。
その怒った顔が見たくて常にうろ覚えのままでいたら、本当に本当によく分からなくなった。
「知っていますよ、昔からわたくしの名前を覚えられなかったあなたは、わたくしが王妃となった時に密かに安堵していたことを」
「……」
「王妃、王妃殿下などと呼べば困りませんからね」
さすが見抜かれているなぁ……と思ってニコニコ微笑んでいたら、キッと睨まれた。
(なんだかとても怖いので話を変えてしまおう!)
「ところで今日は何をしにこんな所までいらっしゃったのですか?」
「……エリヤと話がしたかっただけ。そうしたら先にポヤ……公爵……あなたが来ていただけです」
「そうですか……」
カロリン王太后が頻繁にエリヤの元に来ていることは何となく知ってはいたが鉢合わせするのは珍しいことだ。
よほどエリヤに話したい“何か”があったのだろう。
そう思って愛しの妻、エリヤに話しかける王太后を静かに見守ることにした。
「エリヤ。聞いてください……あなたの孫たちの無邪気なパワーが凄いです。何ですか、あれ」
(……ん?)
「わたくしのことをおばあさんの一人とでも思っているのか、訪ねて来ると“ばー”と呼んできますけど?」
(そうか。私は、おじーさまだぞ?)
ちょっと張り合ってみる。
「“ばー”とは何? と聞き返すと“ばー”は、“ばー”だよ、と可愛い顔で言うのです。あれは何ですか!」
(いや……エリヤも聞かれても答えられんと思うぞ?)
「それに、よくよくシオンに聞いてみればアーリャの事も“ばー”と呼んでいると言うではありませんか!」
(ううむ……やはり元王妃としては側妃と同じ呼ばれ方はやはり気に食わな───)
「そんなの───嬉しすぎて顔がニヤニヤしてしまいますのよ! もう!」
(……んん? ニヤニヤ……だと?)
「……」
私は首を傾げた。
クロリン王太后は今なんと言った?
すると、言いたいことが吐き出せてスッキリしたのか王太后は顔をこちらに向けた。
「ふぅ…………ところで、何をそんなに一段とポヤ……間抜けな顔をしているのです? 公爵」
「い、いえ。ここは憤慨するところ……なのでは? と思いましたので大変驚いています」
「その顔で驚いているとは…………そうですか。で、憤慨? なぜ、わたくしが?」
王太后は不思議そうに首を傾げた。
「あんなにも、健気で可憐で可愛らしいアーリャと、このわたくしが同じ扱いですよ? 嬉しいに決まっているじゃないですか」
「可憐で可愛らしい……?」
私が再び首を傾げるとまたもや睨まれる。
「公爵、あなたはアーリャに会ったことがないのですか!?」
「いやいや、もちろんありますけど?」
「それならば────」
そう言いかけて、やがて何かに思い至ったのか私に向かって「本当に、ポヤ……リュドヴィク公爵、あなたという人は……」と呆れた様子で呟いた。
(ところで、先程から度々出てくるポヤ……とはなんだろう?)
イーサンやエヴァナもよく口するので最近よく耳にするのだが……流行りなのだろうか?
可愛く「ポヤポヤだよ~」としか言ってくれないのだが。
「そうでした、そうでした。あなたは、本当に昔からエリヤしか見ていませんでした……」
「当然です。エリヤ以上の素晴らしい女性を私は知りません!」
もちろん、フレイヤもエヴァナも最高だ。だが、一番を選ぶなら私は迷わずエリヤを選ぶ!
「……初対面で殴られていたのに」
「あれは衝撃でした……」
「あの顔で!?」
「何を言っているのですか? 私はかなり驚いていたでしょう?」
「なっ……!」
そう──目を閉じれば今でも思い出す。
誤解と勘違いで突然の拳が飛んで来たあの日を─────……
────────
─────……
「キャロリンに何をしているのよーーーー! この変質者ーーーー!」
「!?」
「エリヤ……違うっ!」
リュドヴィク公爵家の令息として、少々のびのびと自由に育ってきた自分。
そんな私の頬が突然、強烈な一撃を喰らったのはとある夜会での出来事だった。
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───“そんな顔”のあなたでもいないよりはマシ!
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「……え! なんで全然、怯まないの? ど、うして……?」
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「……(女神のようだ)」
「な、何で? 怒りもしないの? じょ、女性に殴られたのよ? く、屈辱よね?」
「……(その困惑顔……可愛いな)」
「どうして、そんなポヤンとした顔のまま微動だにしないのぉ……?」
「……!(泣きそうだぞ? 誰だ女神を泣かせたのは!)」
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「ハッ───エリヤ! 違うわ! 違うのよ! その人はわたくしの言っていた変質者じゃないわ!」
「え? え? キャロリン? ど、どういうこと……?」
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「リュドヴィク……公爵、家……のバレット……さま?」
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この時、何やら鼻から何かが流れ出ている気もしたけれど、どうせ些細なことだと思い、私は拭うことすらもしなかった。
「はい! 私はリュドヴィク公爵家の嫡男、バレットと申します」
最っっ高の笑顔を見せたはずなのに、なぜか女神の顔はどんどん青くなっていった。
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