52 / 57
それから ②
しおりを挟む「───実家が没落? 私は平民となって修道院に行く……? 嘘っ! 嘘を言わないで!」
───私の目の前でそう叫んでいるのはベリンダ嬢。
私は冷静に告げる。
「嘘ではありません。これは決定事項です」
「……酷いですっ! しかも、どうしてそれをフレイヤ様が言いに来るんですか! もう、王妃気取りなんですか!?」
「……」
(男性が皆、あなたに会いたくないと言ったからよ!)
ベリンダ嬢はあの日からずっと、王宮の牢屋に収監されている。
その間に彼女の実家である、ドゥランゴ男爵家は我が家を始めとした多くの家から多額の慰謝料請求をされていた。
『こ、こんな金額……払えません!』
男爵は請求書を手にするとガタガタと震えていた。
『ど、どうしてこんな事に……』
男爵は娘の交友関係が少々派手なことは知ってはいた。
けれど、男爵家では知り合うことの難しい格上貴族と繋がりを持つ事が出来て、かつ家の繁栄につながるのなら、と、むしろ喜んでいたそうだ。
更には王太子だったエイダン様にまで見初められた。
しかし、ここまで娘がふしだらだったとはさすがに思っていなかったらしい。
『ふ、不倫……まで!? しかも一件二件ではない!?』
『全てお嬢さんのしてきた事で間違いありません』
『そん、な……』
お兄様の用意した分厚い報告書を見た男爵と夫人はその場で泡を吹いて倒れたという。
(娘がエイダン様の正妃になって明るい未来が待っていると思っていたでしょうに……)
「なんで、平民の修道院なの! せめて貴族用にしてよ! 私は男爵令嬢なんだから」
「先に言ったはずです。残念ですが、あなたの実家は没落しました。よってあなたはもう男爵令嬢ではありません! ただの……べ、ベリンダです」
(危な……! お父様やお兄様がおかしな名前ばかりで呼ぶものだから一瞬、ベリンダ嬢の名前が分からなくなってしまったわ)
次に間違えたりしないように、
ベリンダ、ベリンダ、ベリンダ、ベリンダ、ベンリダ……
と、心の中で唱えた。(ちょっと間違えた)
「ベ……リンダさん、大人しく処分を受け入れてください。あなたが異を唱える度にご両親が苦しまれますよ?」
「~~~っ」
エイダン様と出会うまでの過去のことはもう掘り返してもしょうがない。
でも……エイダン様と出会って正妃にと望まれていたのに、不貞を働いていたのは看過できない。
少なくともエイダン様は本当にベリンダさんを運命の相手だと思っていたはず。
なのにまさか、二人の間にこんなにも温度差があったなんて……
(きっと、ベリンダさんは心の底から誰かを愛したことがない)
彼女の行くことになっている修道院は最も規律が厳しく、結婚は疎か異性との交遊も全て禁止。今後の一生を神に祈りを捧げて過ごすことが義務付けられている。
多くの男性を誑かしてきた見た目や性格も女性たちの中ではきっと通用しない。
「準備が出来次第、出発となります」
「……」
「残りの人生で神に祈りながら自分のして来たことを反省してください」
その場でガックリ項垂れたベリンダさんはそれ以上言葉を発することは無かった。
「───シオン様、終わりましたよ」
「フレイヤ、お疲れ様」
私が話をしている最中、シオン様は護衛と共にすぐ側で控えてくれていた。
「女狐、思った通り反発していたね。最後は静かになっていたけど」
「……そうですね。でもこの決定は覆しませんよ」
私がハッキリそう告げたらシオン様も頷いた。
「そういえば……シオン様はどうしてベリン……ダさんに惹かれなかったのですか?」
「え?」
「エイダン様を含め、多くの男性が彼女の虜になっていたじゃないですか。でも、シオン様は最初から突き放していましたよね?」
「……」
私が訊ねるとシオン様はポッと頬を赤く染めた。
え? なぜ?
「……フレイヤ」
「はい」
「…………先にフレイヤを見かけていたからだと思う」
「……えっ?」
つられて私も赤くなった。
「こんなに綺麗な女性を見かけた後じゃ、どんな令嬢だって霞んでしまうよ」
「そ、それは他の方にも悪いですし、い、言い過ぎです!」
私が真っ赤になって否定すると、シオン様は、ははは……と笑いながら私の髪を手で掬ってそこにキスを落とす。
「!」
「公爵やギャレット殿なら喜んで同意してくれそうだけど」
「もう!」
「……真面目な話、女狐は明らかに演技をしていたからね」
「演技……」
サラッと言われたけれど、そこをあっさり見抜けるシオン様は、それだけ人を見る目があるのだろう、と私は思った。
それは各国を転々として多くの人と交流を深めていたからなのかもしれない。
「───さて、次はエイダンか。嫌だなぁ」
「……」
シオン様、うっかり本音が漏れていた。
────
「───き、貴様ら! 揃って何しに来たんだ!」
(思っていたよりも元気だわ──……)
あの日以降、エイダン様は離宮で過ごしていた。
「わ、私を惨めだと笑いに来たのか!」
「今更ですか? ……あなたのこれからについて話に来たんですよ」
「ぐっ……」
シオン様に今更だと言われてエイダン様は悔しそうな顔をする。
すでに大失恋したうえに廃嫡されるという罰は受けているエイダン様だけど、あの混乱を引き起こした帳本人として、やはりそれだけでは甘いという意見が多数。よって……
「へ、僻地にて幽閉生活……だと!?」
「もちろん、監視付きですのでご安心を」
「安心など出来るか───!」
エイダン様は憤慨した。
そんなエイダン様の様子にシオン様は大きくため息を吐きながら言う。
「……そうですか。そんなに嫌なら、もう“これ”しかないですね」
「これ? な、なんだ……?」
シオン様はニッと笑う。
「王族から追放されて平民となり、同じく平民となった女狐……元男爵令嬢ベリンダとけっこ……」
「絶対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」
エイダン様は最後まで聞くことなくそう叫んだ。
顔は真っ青で目には涙まで溜めている。
かつてあんなに愛していた気持ちはどこへ? と聞きたくなるくらいの全力拒否だった。
「……では、幽閉生活の方で決まりですね」
「くっっ!」
シオン様はにっこり笑顔を浮かべるとこれ以上の反論は許さないとばかりに問答無用で打ち切る。
エイダン様は涙目のまま、口をパクパクさせていた。
(シオン様……なんて恐ろしいの……)
ベリンダさんは、もう修道院行きが決定しているから、たとえエイダン様が王族追放されて平民になったとしても二人の結婚は有り得ない。
それなのに敢えてそれを黙って誘導するとは……
「シオン様って恐ろしい人です」
「うん?」
「シオン様って怖いものとかなさそうですよね」
次に向かうは元陛下。
廊下を歩きながら私がそう言うとシオン様は小さく笑った。
「───あるよ? 怖いもの」
「え? そうなのですか?」
私が聞き返すとシオン様がピタッと足を止める。
そして、私の手を取ってそっと握った。
(……!)
胸がトクンッと高鳴る。
「フレイヤ」
「え?」
「君に嫌われることが一番怖い」
「!」
その言葉を聞いた私の顔は一気に真っ赤になってしまう。
恥ずかしくなった私は目を逸らして歩き出す。
「っっっ、は、早く、い、行きましょう!」
「フレイヤ、照れた?」
「き、気のせいです! い、行きますよ! 王妃様が待っています!」
私はプイッと顔を逸らしながら先を歩いた。
王妃様は元陛下への処分の言い渡しには是非とも同席したい、そう言っていた。
なので、遅れるわけにはいかない。
そう思ってシオン様と急いで向かったところ……
「───も、もう勘弁してくれぇぇぇえ、わ、私が悪かったぁあ……!」
元陛下のいる部屋の方から、必死に助けを乞う情けない声が聞こえて来た。
109
お気に入りに追加
5,160
あなたにおすすめの小説
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

婚約者と親友に裏切られた伯爵令嬢は侯爵令息に溺愛される
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のマーガレットは、最近婚約者の伯爵令息、ジェファーソンの様子がおかしい事を気にして、親友のマリンに日々相談していた。マリンはいつも自分に寄り添ってくれる大切な親友だと思っていたマーガレット。
でも…
マリンとジェファーソンが密かに愛し合っている場面を目撃してしまう。親友と婚約者に裏切られ、マーガレットは酷くショックを受ける。
不貞を働く男とは結婚できない、婚約破棄を望むマーガレットだったが、2人の不貞の証拠を持っていなかったマーガレットの言う事を、誰も信じてくれない。
それどころか、彼らの嘘を信じた両親からは怒られ、クラスメイトからは無視され、次第に追い込まれていく。
そんな中、マリンの婚約者、ローインの誕生日パーティーが開かれることに。必ず参加する様にと言われたマーガレットは、重い足取りで会場に向かったのだが…
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。
傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。
そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。
自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。
絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。
次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる