【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
48 / 57

48. 記憶が無くても

しおりを挟む


「……フレイヤ、その……僕は」

  (あ!)

  シオン様のその表情で何を言いたいのか分かってしまった。

  (私のバカ!  言葉が足りなかったわ!)

「あの、シオン様、ごめんなさい。違います」
「違う?」
ではありません!  私はシオン様の力でアーリャ妃に記憶を戻してもらおうとは思っていません!」
「え?」

  私のその言葉にシオン様はポカンッとした表情になった。

  (やっぱり誤解させてしまっていた……)

「確かにシオン様の力で記憶が戻る可能性はある、と思います。でも……」
「でも?」
「無理やり戻すことが正解だと私は思っていません」

  シオン様は言っていた。
  記憶のない今の方が幸せそうに見えてしまう、と。
  そこに無理やり立入るのがいい事だとは私は思わない。

「記憶に蓋をしたのがアーリャ妃自身なら、開けるのは自分でないと意味が無いと私は思います」
「フレイヤ……」
「ですから、これは私の我儘であり、ただ私がアーリャ妃に会ってみたいだけなのです!」
「なんで?」

  記憶を戻させる為ではないのなら、どうして?  
  シオン様の顔はそう言っている。

「シオン様が、自分を育ててくれたのはアーリャ妃だ!  と……」
「え?」
「それに、シオン様が大事に思う人には私だって会いたいです」
「……」
「今のシオン様を作ったのはアーリャ妃ですから……」
「──フレイヤ」

  シオン様がそっと腕を伸ばして私を抱きしめる。そして、私の耳元で小さく囁く。

「本当にフレイヤには敵わない……」
「??  何の話です?」

  私が眉根を寄せて聞き返すと、シオン様は小さく笑った。

「いや、こっちの話」
「……?」
「フレイヤ、好きだよ」
「!?  話の流れが分かりません!」
「あはは!」

  シオン様はしばらくギューッとしたまま離してくれなかった。


  こうして、私はシオン様と共にアーリャ妃に会いに行くことになった。


◆◇◆


  アーリャ妃に会いに行く日、私とシオン様はお忍び用の馬車へと乗り込んだ。

「アーリャ妃は王領の別荘地にいらっしゃったのですね」
「うん。自然環境がいい方がのびのび過ごせるのでは?  と言う医者のアドバイスがあってね。元陛下あの人も好きにしろと言ったから数年前かな?  身を移したんだ」

  アーリャ妃に会いに行くのは構わないけど日程の調整が必要だ──
  シオン様がそう言ったので不思議に思っていたら、少し離れた土地にいるからだったらしい。

「……私、本当に何も知りませんでした」

  私がそう口にするとシオン様はクスリと笑った。

「いくら王妃教育を受けていても、フレイヤの身分はあくまでも婚約者だったからね。さすがにそこまでの話はしなかったんだと思う」
「そうですね……」

  ましてや、エイダン様の婚約者だったのだから尚更だ。

「……フレイヤ」
「はい」
「……ちょっと想像とは違うかもしれない。びっくりしないでね」
「?」

  シオン様のその言葉に私は首を傾げた。


──────


「まあ、シオン殿下!  お久しぶりです」
「こんにちは、お加減はいかがですか?」
「ええ、特に変わらず……いつもありがとうございます」

  (あれ?)

  アーリャ妃が現在住んでいるという屋敷に着いて部屋の前までやって来た。
  自ら会いたいと希望したとはいえ、部屋の扉をノックする時まではかなりドキドキだったけれど、意外にも元気な声が私たちを出迎えてくれた。

  (私……もっと悲愴感の漂う人を想像してしまっていたわ……)

  なんて失礼な想像を。先入観というものは恐ろしい。
  改めてアーリャ妃の姿を見る。

  (……シオン様によく似ている)

  シオン様は父親だった元陛下やエイダン様ともよく似ているけれど、彼らと似ていない部分はアーリャ妃の特徴を受け継いでいるのね、と思った。
  髪の毛はフワフワクルクルしていて雰囲気がとても可愛らしい女性だった。

「シオン殿下は婚約されたと聞きました、おめでとうございます」
「ありがとう」

   シオン様と私の婚約は正式に外に発表されているので、そこはアーリャ妃も耳にしていたらしい。
   記憶を失くしているアーリャ妃には下手に刺激を与えないよう耳に入れる情報には、周囲が気を使っているとは聞いたけれど……

「何でもお相手は公爵家のご令嬢だとか───って、もしかして、隣にいる方が?」
「そうです、今日はアーリャさんに紹介したくて連れて来ました」
「……フレイヤ・リュドヴィクと申します」
「こ、公爵家のご令嬢が私のような者にそんなご丁寧に!」

  私がドレスの裾を掴み頭を下げて挨拶をするとアーリャ妃は慌てだした。

「……ア、アーリャと申します。シオン殿下には昔からお世話になっています。色々ありまして私自身には覚えが無いのですが、どうも昔、殿下をお世話したことがあるそうでそのお礼として殿下は今も私を色々と助けてくれています」
「はい。そう聞いています」

  シオン様は身分を隠して近付いてもいつかどこかでバレたら面倒になると思い、最初から王子であることは明かしていた。その上で貴女に恩があると言って援助を申し出た……という話にしたらしい。

  (明かせないのはアーリャ妃が側妃で、シオン様とは親子ということだけ───)

「殿下、婚約者の方はとても素敵な方ですね?  とても綺麗ですし立ち振る舞いも美しくて……」
「──でしょう?  それでいて可愛いらしい所もあるんですよ!  それから見た目からは想像出来ないくらい強くて……素敵なんて一言では足りない…………って」

  シオン様が興奮して私のことを語り出す。
  そんな姿に面食らった様子のアーリャ妃の顔を見てシオン様はハッとし、どこか恥ずかしそうに顔を逸らした。

「まあ!  こんなはしゃいだ様子の殿下は初めて見ました!」
「そうなんですか?」

  私が聞き返すとアーリャ妃は笑いながら「いつも淡々とした様子で冷静な方なので」と言う。
  その言葉を受けてチラッとシオン様を見ると、また恥ずかしそうに目を逸らしていた。
  そんな二人の様子を見て私は思う。

  (シオン様はこうやって記憶を失くしたアーリャ妃と新しい関係を築いて来たのね……)

   ずっとそばにいることも出来ず、子供だと名乗ることが出来なくても。
   それでも、二人の中に目には見えない絆がある。

  (こういう親子の形もあるのね……)

  私の頭の中に、ポヤンとした顔のお父様とちょっと重いお兄様の顔が浮かんだ。

「それにしても、シオン殿下が婚約……もうそんな歳になったのですねぇ……」
「アーリャさん……あなた、僕をいったい幾つだと」
「そうなのですけど……どうしてそんな風に思ったのかしら?」

  そう口にしたアーリャ妃は不思議そうに首を傾げていた。

  (……それは)

  その様子に私の胸がキュッとなった。
 
「殿下、どうか幸せになって下さいね」
「ありがとうございます」

  ニコニコと微笑むアーリャ妃に向かってシオン様は優しく微笑み返していた。

「……フレイヤ」
「はい、どうしました?」
「すまない。手を貸してくれないか?」

  あれ?  と思った。力は使わないのではなかったの?
  そう思いながらも私はそっと、シオン様の手を握る。
  ……ありがとう、そう言ったシオン様がアーリャ妃に問いかけた。

「アーリャさん、元気そうだけど実は眠れていないのでは?」
「……あら?  殿下にはお見通しなのですか?  さすがですね。実はここ数日、少し……」
「やっぱり……無理はしないで横になってください、ほら!」
「ええー……」

  そう言ってシオン様がアーリャ妃を無理やりベッドに寝かせようとする。
  そして、そっとアーリャ妃に向かって手をかざした。

「殿下は強引ですね。まぁ、それもいつもの事ですけれど…………あ、ら?  何だか……眠く…………」
「……」

  シオン様の力の効果なのかアーリャ妃はそのまま眠りにつく。
  やがて、スースーと寝息が聞こえて来た。

「また来るよ。今はゆっくり休んでくれ─────母上」

  シオン様は優しく労わるようにアーリャ妃に向かってそう言った。


─────


「…………フレイヤ?  どうしたの?」
「シオン様をギューッとしています」
「う、うん。だからそれをどうしてなの?  と聞いている」
「……」

  帰りの馬車の中、私はシオン様をギュッと抱きしめていた。
  車内は二人きり!  大丈夫、怒られない範囲よ!

「───シオン様のことを無性に抱きしめたくなったんです」
「そ、そう?  でも、なんで……」
「……アーリャ妃の代わりにはなれませんが、私なりの愛情いっぱいのギューッです!」
「愛情いっぱい……?」

  シオン様が驚いた顔をしている。

「────大好きです、シオン様」
「フレイヤ……」
「今日、もっともっとあなたを大好きになりました!」
「え?」

  私は頬を赤く染めながら精一杯の想いを伝える。

「きっと、愛は私の方が重いので……ですからシオン様も、もっともっと私を好きになって下さい!」
「……これ以上?」
「はい!」

  私が大きく頷いたらシオン様が苦笑する。

「本当に分かっていないな、フレイヤは」
「はい?」
「────うん。もう、怒られてもいいや、いいよね?」
「……?  シオン様?」
「…………フレイヤ、愛してるよ」

  (─────え?)

  ……愛してる。
  そう言ったシオン様の顔がそっと私に近づいて来た。
しおりを挟む
感想 367

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

婚約者と親友に裏切られた伯爵令嬢は侯爵令息に溺愛される

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のマーガレットは、最近婚約者の伯爵令息、ジェファーソンの様子がおかしい事を気にして、親友のマリンに日々相談していた。マリンはいつも自分に寄り添ってくれる大切な親友だと思っていたマーガレット。 でも… マリンとジェファーソンが密かに愛し合っている場面を目撃してしまう。親友と婚約者に裏切られ、マーガレットは酷くショックを受ける。 不貞を働く男とは結婚できない、婚約破棄を望むマーガレットだったが、2人の不貞の証拠を持っていなかったマーガレットの言う事を、誰も信じてくれない。 それどころか、彼らの嘘を信じた両親からは怒られ、クラスメイトからは無視され、次第に追い込まれていく。 そんな中、マリンの婚約者、ローインの誕生日パーティーが開かれることに。必ず参加する様にと言われたマーガレットは、重い足取りで会場に向かったのだが…

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。 理由は他の女性を好きになってしまったから。 10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。 意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。 ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。 セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。

希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。 傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。 そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。 自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。 絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。 次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...