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42. 大好きです!
しおりを挟む驚いた顔のシオン様はどこか焦ったような声を出した。
「……フ、フレイヤ。えっと、今日ここに来る前の“約束”を覚えている?」
「え?」
「馬車の中で言っただろう?」
そう言われて思い出す。
───全てが終わったら君に話したい事があるんだ
シオン様はそう言っていた。
そうだった。それで、私も自分の気持ちをシオン様に伝えようって決めたのだった。
「大事な話がある、と言っていました」
「そうだ」
シオン様は赤い顔のまま頷く。
「───!」
───そうよ! 私ったら何をしているの!
私が今、口にすべき事は“私のことを好きですか?”じゃなかったわ!
まずは自分の気持ちを先に口にしないとダメじゃないの───!
「シオン様! 聞いてください! ……わ、私! シオン様のことが好き! です……」
私のその声は室内にとてもよく響いた。
そのせいで更に皆の注目も集めてしまったけれど、とにかく今は真っ直ぐ自分の想いを伝える方が大事だと思った。だから続ける。
「シオン様……私はあ、あなたに、は、初めての恋をしています……!」
「フレ、イヤ? え? は、初めて、の?」
「はい。これはエイダン様……には一度も感じたことのない、初めての気持ちなのです!」
シオン様の目が驚きで大きく見開かれて私の顔を凝視している。
「──ですから、シオン様のお役に立てるのなら、私を選んだのが“利用価値がある”そんな理由でも構わないのです。なぜなら、私は! 私の意志であなたのそばに居たいから!」
視界の端では、エイダン様が変な声を上げているし、なんならお父様の目が開かれていて、その隣でお兄様が慌てている姿までもが見えたけど止める気はなかった。
「だ、大好きです! なので、少しでもシオン様も私のことを特別に思ってくれたなら嬉しいです!」
「……」
「ですから私、頑張ります! 少しでもシオン様の好みになれるように! シオン様、どんな女性がお好みですか!?」
「え? は? 僕の、こ、好み……!?」
勢い付いた私がグイグイ迫っているせいなのか、シオン様が面食らったような表情になる。
それでも私は止まらない。
「今すぐお色気ムンムンの女性になるのはさすがに無理ですが、もしも、それがシオン様のお好みならば、私は頑張って育ててみせます!」
「──……フ、フレイヤ、待ってくれ…………ね、念の為に聞くけど……な、何を育てるんだ?」
「何を? そんなの決まっています。もちろん、このお胸ですわ! ですが……残念ながら、どうしたら育つのか? からの研究が必要なのでそこはお時間を下さいませ!」
私は堂々と胸を張って答える。
その瞬間、シオン様の表情が見たこともないくらい崩れた。
「シオン様……?」
「……フレイヤ……本当に君って子は……」
「なんです?」
そう口にしたシオン様にもっときつく抱きしめられた。
「僕が言いたかったことは先に言っちゃうし、かと思えば僕の好みの女性になるなんて可愛いことまで言い出すし……」
「……あの?」
「少しくらいは好き? そんなはずないだろう?」
「え!」
え? そんなはずはない?
やっぱりまだまだ私には好きになってもらえるほどの魅力は足りないのかと少し落ち込みかけた。でも……
(──いいえ、落ち込んでる場合じゃないわ! そんなの最初から分かっていた事よ。だから、まだまだこれからよ!)
そう思って気合を入れ直した。
「───少しどころじゃない。君のことが大好きだ、フレイヤ。僕の好み? を言うならマルっと君そのままだ」
「は、い? ……マルっと?」
私が聞き返したら目が合ったシオン様は微笑んだ。
「“リュドヴィク公爵家の令嬢”だからじゃない。今、こうして僕の腕の中にいる“フレイヤ”の事が好きなんだ」
「……す、好き?」
「ああ、好きだ。僕も君に恋をしている」
「こい……」
(もしかして───これは私の願望が見せている夢なのかしら?)
そう思ってしまうくらい驚いた。
シオン様は少し身体を離すと、そっと私の頬に手を触れる。
「フレイヤはいつだって凛としていて真っ直ぐで努力家で、なのに食い意地が張っていたり、すぐ顔を赤くしたりと可愛いらしくて……」
「……」
「床や壁に穴を開け、成人した男一人を殴り飛ばせてしまうくらい強いところも全部全部大好きだ」
「シオン様……」
壁や床に穴……という言葉で一瞬、室内がざわめいた気がするけれど、もはや私の頭の中はそれ所じゃなかった。
だってシオン様が私のことを“好き”と言ってくれている。それも少しではなく、大好きだと!
「……あの、シオン様は私に利用価値があるから、婚約の申し出を……」
シオン様は静かに首を横に振る。
「正直に言えば、最初にそんな気持ちがあったという事は否定しない……でも、もうそんな気持ちは微塵もない。フレイヤと過ごしていたらすぐにそんな気持ちは吹き飛んだ」
「シオン、様」
「僕はたとえ君が“公爵令嬢”じゃなかったとしても君を選ぶよ? フレイヤ」
「!」
「それくらい君のことが大好きだから」
──利用価値があるなんて思ったことは無い。
取り繕ってそんな嘘をつくことだって出来るのに、シオン様は全部正直に言ってくれた。
(私、シオン様のそういう所が好きだわ)
そんなあなただから、隣に立って力になりたい。
「……フレイヤ、他の“約束”も覚えている?」
「え?」
「僕の“妃”は君だけだ───生涯、君だけを大事にすると誓う……そう約束しただろう?」
「……おひとりさま生活を約束してくださった時の?」
「そうだよ。僕は父上やエイダンとは違う。たった一人を大切にしたい」
「……!」
とても嬉しい言葉だった。
でも、それはもしも私が後継を産めなかったら様々な問題に発展するのでは?
そんな不安が頭の中を過ぎる。
けれど、シオン様はそんな私の一瞬の曇りを見逃さなかった。
「フレイヤ。君が今、何を思ったかは分かっている。でもね?」
シオン様は再び私をギュッと抱きしめる。
「そういう可能性も考えて、これからこの国をどうしていくべきかを僕は君と考えたいんだ」
「シオン様……」
「だから、ずっと隣にいてくれ」
そう口にした後、シオン様はそっと私にだけ聞こえるように耳元で囁く。
「でも、僕らの子どもが出来たならフレイヤに似て可愛いだろうね」
「なっ!」
「男の子でも女の子でも」
「き、気が早いです!」
「そうかな?」
シオン様が耳元でクスクス笑うものだから擽ったい。
私は火照る頬を抑えながら言った。
「とりあえず、お父様とお兄様がデレデレする未来しか見えません」
「…………待って。その前に僕は命が足りるかな。そういえば今もギラギラの視線と闇の気配が……」
「ふ……ふふっ」
シオン様が今更そんなことを言うものだから可笑しくなってしまった。
こんな所での公開告白も、堂々と抱きしめ合う事も、二人の言う“清く正しく節度を持って”の範囲を超えている……と思う。
「では、あとで二人でたっぷり怒られましょう?」
「……うん」
シオン様が静かに頷いた。
「───さて、そろそろもういいかしら?」
「!」
「あ……も、申し訳ございません!」
完全に周囲のことを忘れて二人の世界に入っていた私たちは王妃様のその声でハッとする。
慌てて謝ったけれど、なぜか王妃様はとても嬉しそうに笑っていた。
(なぜ、そんな笑顔……?)
「いいものを見せてもらった。そこをご覧なさい。二人のおかげで面白いことになったわ」
「?」
ほら、という王妃様の視線につられて言われた方向に顔を向けると、そこには撃沈した様子の陛下が……いた。
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あらすじ
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