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37. 追い詰める
しおりを挟む「せ、せきひん……」
「そうですよ? 当たり前じゃないですか」
お兄様がにっこり笑う。エイダン様は完全にたじたじだった。
「そもそも、腑抜けになっていたのは、殿下も同じだったようですけどね」
「───っ!」
「あ、失礼しました。それは前からで悪化しただけですね」
「……なっ!? ま、まへからひゃほ!?」
お兄様は極上の笑顔でなかなか失礼な事を言う。
「うちの可愛いフレイヤの王妃教育が長く続き、内容も随分と厳しかったのはエイダン殿下……あなたが頼りなかったせいでもありますからね」
「!」
エイダン様が屈辱と怒りでがカッとなって反論しようとした、その時。
それまで唯一、お兄様のおかしな言動に驚く素振りも見せずに、むしろ同意するかの如く毎回ポヤンとした笑顔を崩さずにウンウンと頷いていたお父様が遂に動いた。
「────さてさて、皆様……いえ、陛下? どうでしょう? 我が娘への暴言、そしてこのような人を見る目の全くないエイダン殿下にこのまま“王太子”として、後々の王としての期待が出来ますかな?」
それぞれ顔を見合わせる。
誰しもが不安そうだった。
「帰国してから、腑抜けた王子たちのせいで滞っていた公務を率先して片付けてくれていたのはどなただったか───」
そう言ってお父様はチラッとシオン様を見る。
皆、その視線につられてかシオン様に視線が集中した。
「……陛下? ご決断を───側妃の子にも継承権を認める───よろしいですね?」
「う……だ、だが……シオンでは、その……」
だけど、この期に及んでまだ渋ろうとする陛下。
「───へ・い・か。いい加減になさいませ!」
その瞬間、お父様の目がカッと開眼した。
───リュドヴィク公務の目が!
───開いた!
当然のように皆が騒ぎ出す。
───初めて見た!
───や、闇が!
「───こ、公爵! そ、そなた……目が」
陛下が怯えた様子でお父様の顔を見る。
「私の目? それが何か? 私は早くご決断を……と申し上げているだけですよ?」
「う……」
(も……ものすごい闇の力を感じるわ──……)
部屋全体を覆い尽くそうとするほどのお父様の闇の力には、さすがの私も驚いた。
「───フレイヤ!」
「シオン様?」
そんな中、シオン様が私の元に駆け付けてくる。
「大丈夫? フレイヤの手は痛くなかった?」
シオン様は私の右手を擦りながら心配そうに訊ねてくる。
「全然、大丈夫ですわ! 人を殴るなんて生まれて初めての体験でしたけど」
「……エイダンも、殴られるのは初めてだろうなぁ……」
シオン様がチラッとエイダン様に視線を向けた。
頬を押さえながらこの展開に呆然としているエイダン様。何だかこの数分で一気に老け込んだ気がする。
だって、“王太子交代”は彼にとって一番の屈辱で罰だ。
(愛するベリンダ嬢には浮気され、唯一の誇りだった王太子の座まで取り上げられようとしているのだから、まぁ、そうなるわよね……)
自業自得だけど!
「エイダン、思っていたよりも吹き飛んでいたね」
「手加減しましたわ! あと、多分ですがエイダン様は鍛えが足りないです」
「フレイヤ……」
シオン様がそっと私を抱き寄せる。
「僕ももっと鍛えないと駄目だろうなぁ」
「どうしてです?」
「フレイヤを守りたいのに、フレイヤより弱いなんて情けないじゃないか」
「シオン様……」
そんなシオン様のセリフにときめいていた私は、また右手の痛みが癒えている事に気付く。
(本当に無意識に使っているのね?)
こんな能力を秘めたシオン様が、他の王族並みの魔力を持っていたら……本当に最強だったかも。
でも、シオン様は魔力があっても無くてもかっこよくて最強よ。
「フレイヤ? どうかした?」
「あ、いいえ!」
「──エイダンから、王太子の座を奪い終えたら次は……」
「ええ!」
陛下にも一発この拳を…………ではなく、退位を迫る!
「……」
(……あ)
シオン様の顔が少し緊張しているように見えた。 当たり前よね。
私はそっとシオン様の両頬に自分の手を添える。
「フレイヤ?」
「───大丈夫です、シオン様」
「え?」
「私がいます。あなたの隣にはずっと私がいますから」
「フレイヤ……」
「……シオン様」
とにかく安心して欲しくて私は微笑みを向けた。
───そんな見つめ合う私とシオン様から少し離れた場所では。
「ひ、酷い……暴露……どうして私がこんな目に…………っ」
ベリンダが顔を両手で覆って、うっう……と泣いている。
そこにギャレットが冷たく声をかけた。
「自業自得だ。ポロンダ嬢」
「! いい加減に変な名前で呼ばないでください!」
ベリンダは涙目でギャレットを睨みつける。
「───“覚える価値の無い者の名前がどうしても頭に入らん”」
「は? 覚える……価値?」
「そう言っていた父上の言葉の意味が今回ようやく分かったよ。君の名前、全く頭に入って来ない。こんなの初めてだ」
「んな……っ!」
その言葉はベリンダにとって屈辱以外の何物でもない。
昔から自然と多くの人に可愛いとチヤホヤされてきた自分なのに、初めて言われた価値がないという言葉───
「王宮に来るようになってからも、手当り次第に手を出したのが悪かったな」
「……」
「そんなにもフレイヤのように“皆に愛されている自分”になりたかったのか? バカなことだ」
「っ!」
「──図星か。見ろ、我が家の可愛いフレイヤは、皆だけでなく婚約者からもあんなに愛されている…………ん? ちょっと距離が近いな」
「!」
その言葉につられてベリンダは、フレイヤとシオンを見た。
二人は顔を見合せて何やら笑い合っている。
あんなにも嬉しそうな顔のシオン殿下は一度も見たことがない───
ベリンダはギリッと唇を噛む。
「フレイヤが今、皆に愛されているのは、あの子の長年の努力の結果だ」
「そ、それなら、わ、私だって時間があれば……!」
期待に目が輝いた様子のベリンダに対して、ギャレットは鼻で笑う。
「ははは! 一生かかっても君には無理だ。それに、これからカラッポ男爵家は慰謝料請求地獄の始まりだ」
「……い、慰謝料!? 待ってください……私の家は……お金が」
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「い、嫌……嘘……でしょう?」
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既に、この部屋の中には自分の息子が誑かされたとベリンダに厳しい目を向けている貴族の当主が何人もいる。
頼りだった王子からも突き放された。助けは……ない。
「あ……ぅあ……何で……何でよぉ……」
ベリンダはその場で泣き崩れた。
───そして、開眼したことで周囲に闇を振りまく公爵とそれに情けなく怯えるだけの陛下の争いにも決着の時がやって来ていた。
「陛下、この部屋が真っ暗になる前に決断を?」
「……う、うぅ……」
闇に脅された陛下は、ようやく側妃の子への継承権を認める法改正を早めることに頷いた。
そして、そのままの勢いで次代は、正妃の子エイダン殿下と側妃の子シオン殿下のどちらが相応しいかの採択が行われた───
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