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32. お父様とお兄様
しおりを挟む「え? エイダン様が引きこもっている?」
その翌日、シオン様の帰りがいつもより遅かったので不思議に思っていたら、帰宅した際に教えてくれた。
なんとエイダン様が部屋から全く出ようとしなかったのだと言う。
「……側近たちが部屋の前で泣きついていたけど、僕の知っている限り扉が開くことはなかったかな」
「うーん、何かあったのでしょうか?」
これまで正直、まともに勉強や公務をしていたかと聞かれると自信をもって頷けないエイダン様だけど部屋から出て来ない……なんていう事態は初めての事だった。
「あ、ベリンダ嬢……彼女が呼んでも部屋から出て来なかったのですか?」
「部屋の外から声をかけて呼んでいた姿は見たよ。でも、無反応だったから、もしかすると女狐と何かあったのかもしれない」
「確かに……」
あんなに愛しいと言っていたベリンダ嬢の声にまで応えないなんて相当だわ。
「何であれ、静かになってくれたなら僕としても動きやすい」
シオン様が少し黒い笑顔を見せる。
「このまま“当日”も静かにしてくれていたらいいのだけどね」
「それは私も思います」
その言葉には私も大きく頷いた。
「あ、そうです。シオン様! 明日のお昼にお父様とお兄様が訪問したいと連絡がありました」
「公爵と兄君が?」
「はい。諸々についてぜひ! 話し合いたい、と。明日はお時間取れますか?」
「諸々? (フレイヤの事かな?)」
「はい、諸々!(陛下とエイダン様との対決の日に向けての事ね!)」
エイダン様の引きこもりのせいで、王宮の仕事が回っていなかったら難しいかな? と思ったのだけどシオン様は「大丈夫だよ」と頷いてくれた。
国王陛下とエイダン様を追いやる計画の日はもう目前。
最後の大詰め!
私は気合を入れる。
「……諸々の話し合い……か。うん、そうだよな。必要だよなぁ……」
「シオン様?」
(ハッ……もしかして対決の日が近づいて来ているから緊張している?)
そう思ったのだけど。
「可愛い娘と妹にはまだ手を出すな……かな? しかも圧力が二倍……」
「?」
少し顔色の悪いシオン様がブツブツ呟いていた。
─────
「フレイヤ! 俺の可愛い妹!」
「お兄様、お久しぶりです!」
そして翌日の約束の時間。
お父様とお兄様がやって来た。
お兄様と久しぶりに会えた嬉しさにお互いギューっと抱きつく。
「フレイヤ! 色々あっただろうが、元気だったか?」
「はい!」
「ああ、変わらないその笑顔。良かった、元気そうだ」
お兄様が嬉しそうに笑ったので私も笑顔になる。
「心配をおかけしました」
「本当にな……」
「コホッ──ギャレット」
そんな兄妹の感動の再会の抱擁の間に入って来たのはお父様だった。
「お父様?」
「あ、父上、すみません。フレイヤの顔を見たらつい……そうですよね……肝心の殿下への挨拶がまだでし──」
お父様の咳払いで、お兄様はまだシオン様にしっかり挨拶をしていないことに気付いて、謝ろうとした……のだけど。
「違う! 私もフレイヤと再会の抱擁をしたいので、さっさと退きなさい!」
「へ?」
お兄様がすごく間抜けな声を上げた。
一方のお父様と来たら、なんともう少しで開眼しそうな雰囲気を纏っていた。
(な、なんてこと……!)
「お前の方がフレイヤに長く会えていない事は分かっている! だが、私も久しぶりなのだ! だから早くするんだ!」
「え? あ、はい…………えっと、フレイヤ、ただいま」
「お、おかえりなさい……ませ? お兄様」
なんとも言えない空気の中でお兄様との再会の抱擁を終えた。
その後は、すかさずお父様が私の元にやって来て、ギューッと私を抱きしめたのは言うまでもない。
───シオン様!
礼儀がなっていない失礼な家族でごめんなさい!
そんな気持ちでシオン様の顔をおそるおそる見たら……
「……っ……くく」
シオン様は怒るどころか、面白おかしそうに肩を震わせて笑っていた。
その懐の広さに私の胸はキュンとした。
「───大変、失礼いたしました、シオン殿下。久しぶりに最愛の妹に会えた興奮で浮かれて全てが飛んで行ってしまいました。フレイヤの兄で、リュドヴィク公爵家嫡男、ギャレット・リュドヴィクと申します」
「ははは、初めまして」
気を取り直してようやく挨拶の時間。
お兄様が謝罪(?)も兼ねて深々とお辞儀をする。
お兄様とシオン様にもこれまで面識はないらしく、言葉を交わすのは初めてとのこと。
(本当にシオン様はずっとこの国にいなかったのね)
改めてそう思わされた。
そして、いよいよここからお父様も交えて今後のこの国について!
陛下を蹴落としてシオン様が王になる! という政治的にも深い話し合い──になるのね!
気を引き締めなくちゃ!
───と思ったのだけど。
「シオン殿下! 我が家のお姫さま、フレイヤはとってもとっても可愛いでしょう?」
「ええ、とっても可愛いです」
「しかし、フレイヤはこう見えて色々と強いんですよ」
「……知っています」
お兄様の言葉にシオン様が頷いている。
最後、少しだけ顔が引き攣っていたけれど。
「ますます、妻に似てきたな……」
「──ああ! やはり奥様もかなりお綺麗な方だったのですね」
「そうなのだ! ……強くて美しい最高の女性だった」
「分かります」
そう言ってシオン様は涙ぐむお父様に相槌を打っている。
「殿下! あなたはエイダン殿下とは違うと俺は信じております!」
「もちろん! フレイヤは必ず僕が幸せにしますのでお任せ下さい!」
「うむ。その言葉を待っておりました、殿下!」
(…………あれぇ?)
三人ともずーーっと私の話ばかりで、肝心の話に全く入ろうとしない。いいの?
「本当にあっちの阿呆王子はまるで見る目のない男でしたから……領地でも非常識っぷりを発揮していましたよ」
「やはり向こうでもそうだったか。ほら、阿呆王子はあの、何だったか……ベンリダとかいう男爵令嬢にコロッと騙されフレイヤを捨てていたが……」
(ベンリ!? ……お父様! 惜しいですわ! ベリンダよ、ベリンダ!)
「そうそう。阿呆王子は何を考えているのやら。それに実はそのペロンダ・ドワンコ男爵令嬢は色々と怪しい点が多いのですよ、父上」
「なに? やはりそうなのか……」
(お兄様もおかしい! ペロンダ・ドワンコって何!? そんな家名聞いたことない! ドゥランゴよ!)
「どうやら、その女はエイダン殿下以外の異性とも関係を持っているようで……実は俺の友人にそのバリンダに結婚詐欺で騙されたと言っている奴がいまして……」
(バリン……割れた!)
「結婚詐欺だと!? さすがフリンダという名前なだけあるな!」
(お父様! 違うから! 不倫しちゃったわ!)
どうしましょう……私の脳内ツッコミが全く追いつかない。
結婚詐欺とか凄い話を聞いてしまったのに、二人の会話を聞いているだけで疲れてヘトヘトよ。
なぜ……なぜお父様とお兄様は一度も噛み合わない名前のまま平気で会話が続くの……
「……フレイヤ」
私がグッタリしていると、シオン様が労わるように私の頭を撫でた。
「シオン様?」
そしてシオン様は無言のまま首を横に振った。
その目は、いちいちツッコミを入れていたら大変だ……諦めろと言っている。
(分かっているわ……でも、今日は一段と酷かったのよ!)
「彼らにとっては、女狐の名前などどうでもいいという事なんだよ」
「シオン様まで……」
(やっぱりあなたも名前を呼ばない……)
その日、シオン様、お父様、お兄様たちの中でベリンダ嬢の話はたくさん話題に上がったけれど、彼女がただの一度も家名も含めて正しく呼ばれることは無かった───
ついでに政治的な深い話し合いも全くなく、ほぼお父様とお兄様が私の話ばかりして終わってしまった。
そして、お父様とお兄様は満足そうな顔で帰って行った。
(今日は、なんだったの……)
そんな気持ちにさせられたけれど……
いよいよ……陛下とエイダン様を引きずり下ろす決着をつける日がやって来る───
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