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31. 混乱する王子
しおりを挟むこんな所で二人が何故……?
私の権限と王妃教育の名目でベリンダは王族のプライベートゾーンの区画以外は許可が無くても自由に出入り出来るようになっているが、それでもここはあまり人気の多くない場所……ではある。
あぁ、もしかしてベリンダの言っていた二人を別れさせる作戦、で接近したのだろうか?
(だとしても、何故ベリンダは床に座り込んでいる?)
不思議に思って私はそっと影から二人に近付く。
てっきりこんな所で二人っきりなのかと思えば、王宮内でベリンダに付けている護衛は影でちゃんと待機していた。
……が!
(死んだ魚のような目をしていないか?)
あんなに可愛いベリンダの警護が出来るのだから本望だろう? と、思っていたが……何故だ?
しかし、滅多に危険はないと思うが……そんなやる気のない様子で、私の愛しいベリンダに何かあったらどうする気なのだ!
後でキツく叱り護衛も交代させねばな……と思いながら私は二人の会話が聞こえる所まで近付いた。
「それなら、エイダン以外の男の元に行けばいいだろう?」
(────ん?)
聞こえて来たのはシオンの声だ。
何の話だ? 私以外の男の元? は? いったい何を言っている?
「エイダンは全く気付いていないようだが、君には他にも“そういう相手”がいるはずだ。そこに僕を巻き込まないでもらおうか?」
───そういう相手?
そして私は全く気付いていない、と、今ヤツは言った……か?
(何の話だ? どういうことだ……)
きっと今、こうして二人が一緒にいるのはベリンダが言っていた“シオンとフレイヤを別れさせる作戦”を実施している……のだろう。
だが何かがおかしい。そして、私の脳が“これ以上は聞かない方がいい”と忠告までしてくる。
「──な、なんでっ! ど、どうして……!」
(───ベリンダ!?)
ベリンダは珍しく取り乱していた。身体を震わせていて顔色も悪く見えた。
その表情はシオンの言葉が図星だったからなのか───?
いや、違う!
顔色も青く身体まで震わせているのは酷い言葉で侮辱されたからだ!
どっかの図太い神経の女とは違って、か弱くて守ってあげなくてはいけないベリンダだからな。
酷い言葉をぶつけられて怯えているのだろう。
(ここは、私が助けねば!)
そう思って二人の元に姿を現そうとした時だった。
「───どうして? エイダン殿下も他の男の人も、ちょっと微笑むだけで簡単に私に靡いてくれるのに……! なんでシオン殿下はそんなに冷たいのですか!」
愛しのベリンダがそう叫んだ。
その言葉に私はピタッと足を止める。
───他の男の人? ちょっと微笑むだけで簡単に靡いた?
(確かにベリンダの微笑みは可愛い……まさに天使だ)
私だってニコッと微笑まれて恋に落ちた。
だから、ベリンダを見て他にもそう思う男がいてもおかしくは無い……が。他の男……
(これでは、まるでベリンダの方から誘惑……したように聞こえるではないか!)
そんなはずはない! という思いと、もしかしたら……という思いが一度に押し寄せてきて私はその場から一歩も動けなくなった。
ベリンダは出会った時から可愛らしくて、いつだって私に優しく微笑んで……
彼女が正妃になりたいと言うから。だから、私もそうなる事を望み婚約破棄だってした。
だが、慣れない事も多いせいかベリンダにとって王妃教育は辛そうで、それなら無理はさせられないと思った。
(……いや、私はベリンダを信じる!)
あんな生意気で図に乗ってるフレイヤなんかよりもベリンダの方が私にも未来の王妃にも相応しい!
その考えは間違っていないはずなんだ!
なのに……
「……」
私はそのまま二人の前に姿を現そうという気持ちにはなれず、静かに引き返した。
その後も二人が何か言い合っている声が聞こえたが、どんな会話だったのかは全く頭に入って来なかった。
───
「……殿下! 城を開けていた分の仕事がたくさん残っているので手を動かしてください」
「……」
心ここに在らずの状態で戻った執務室でぼんやりしていたら、側近が文句を言ってくる。
こっちは重大な考え事をしているというのに!
どいつもこいつも使えない! クビにしてやろうか!
などと考えていたら執務室の扉がノックされる。
側近が扉に向かって応対していた。
「誰だ?」
「でーんかっ!」
「!」
ヒョコッと顔を出したのは、愛しい愛しいベリンダ。
いつもと変わらない愛らしい微笑みを私に向けてくれた……が、どう笑って返せばいいのか分からなくなった。
「もーう、聞いてください~」
「……」
私の気も知らずにそう言って部屋に入ってくるベリンダ。
そんな彼女の姿を見てハッとする。先程は床に座り込んでいたからよく見えなかったが、今日のベリンダはいつもの慎ましいドレスと違ってかなり露出の多いドレスを着ていた。
(……誘惑)
頭の中にそんなフレーズが浮かんだ。
「シオン殿下とフレイヤ様の仲を引き裂く為に、シオン殿下に接触したんですけど、冷たく追い返されちゃいましてーー」
(接触してどうするつもりだったのだ? まさか、その身体を……)
「フレイヤ様のことを愛しいとか大切とか言っちゃっているんですよー?」
「……」
「シオン殿下って、フレイヤ様に洗脳されちゃってるのかもしれません。二人を引き裂くのは思っていたよりも大変そうです……」
「ベリンダ……」
そう言って抱きついてくる愛しいベリンダ。
笑顔も声もいつもと変わらず可愛いベリンダなのに。何かが胸の中で疼く。
(他の男……)
本当に浮気しているのだろうか? 他にも男が?
いやいや、ベリンダに限ってそれは無いはずだ。私の聞き間違い……そうに違いない。
そう思って抱きついてきたベリンダの背中に腕を回そうとした時、ハッと気付いた。
(……なっ!)
今日はいつもより露出の激しいドレスを着ているベリンダ。
その艶めかしくチラつく胸元にこっそり目をやると、ここ数日間、私は不在だったのにも関わらず、新しそうな赤い痕がチラッと見えた────
◆◇◆
「女狐がまた、転がり落ちてきたよ」
「え!」
「今回は下の方からで……階段を降りている途中に足を滑らせちゃいました……を装っていたけど」
その日、王宮から帰宅したシオン様が戻ってくるなり開口一番にそう言った。
また、二人が会ってしまった事にモヤッとした気持ちが生まれるけれど、私は冷静に聞き返す。
「またですか……」
「うん」
「それで、また私の命令で酷い目にあったと言いふらそうと? あ、でも今回は足を滑らせた……でしたか。すると違う理由ですかね」
すると、シオン様は少し言いにくそうに口を開いた。
「今回はおそらく、僕を誘惑したかったんだと思う」
「誘惑ですか?」
ベリンダ嬢にはエイダン様がいるのに何故、シオン様まで?
私はハッとする。
「まさか……ベリンダ嬢にはシオン様が王位を狙っている事が知られていて、それでシオン様を誘惑して阻止しようと……!?」
「フレイヤ……」
そんな心配を始めた私の頭をシオン様が優しく撫でた。私を見る表情はどこか柔らかい。
「シオン様?」
「……フレイヤはそういう発想になるんだなぁ」
「どういう意味ですか?」
「フレイヤらしいよ」
「?」
すでにエイダン様という相手がいるのに、他の男の人を誘惑するのってそういう事ではないの?
もちろん、未来の王妃になろうって人がする選択肢として有り得ないけれど。
「あの女狐はそんな考えを持ち合わせてなんかいないさ」
「え?」
「自己愛が強いのだろうね。多くの男性に愛されてチヤホヤされる私! になりたいだけだよ」
「多くの男性……ですか?」
それは、私にはよく分からない気持ちだわ、と思った。
「私なら……たった一人でいいのに……」
「フレイヤ?」
「たった一人……」
(あなただけで……)
そう思って私はじっとシオン様を見つめる。
「フレイヤ! ───ま、また君は! そんな顔を!」
「!」
シオン様はそう言いながら顔を真っ赤にして目を逸らしてしまった。
その顔はちょっぴり可愛かった。
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