【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea

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28. 負け犬と邪悪な天使

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  (正論しか言っていないのに……)

  まだまだ未熟な私が偉そうに言えることではないけれど、これで言い返せなくなるなんて……やっぱりエイダン様は“人の上に立てる器”ではないと思う。
  この方は、いつだって偉そうに怒鳴り散らすだけ。“王太子”という絶対的な権力が剥がれたらきっと何も出来ない。

  (そうなってしまったのは、きっと、エイダン様だけのせいではないのだろうけれど)

「……」  

  私だって完璧なんかじゃない。それは、シオン様だって同じ。
  だからこそ、私は手を取り合ってお互いの足りない部分を補いながら助け合える相手と生きていきたい───



「───フレイヤ?  大丈夫?  しかめっ面しているよ?」
「え?  は、はい……!」

  考えごとに集中しすぎていたせいで、シオン様が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
  
「まあ、フレイヤはどんな顔をしていても可愛いのだけどね」
「シ、シオン、様!」

  これが演技だと分かっていても、好きな人にそんなことを言われてしまって私の顔は赤くなってしまう。
  シオン様は軽く微笑むと、私の肩に回していた腕を腰に移動させてグッと力を込めた。
  その分、私たちの距離が縮まる。

  (ち、近ーーい!)

「でも、やっぱり一番は笑顔が好きだな。だから笑ってくれる?」
「そ、そんな!  突然言われても……笑えません」
「そうなの?  残念」

  顔を近づけて来ていたシオン様がクスクスと楽しそうに笑った、その時だった。

「き、貴様ら!  わ、私の前で何をしている!」

  真っ赤な顔でエイダン様が怒鳴り出した。

「えっと、愛しの婚約者との愛の語らいですが、何か?」
「ふ、ふ、ふざけるなぁーー!  何がフレイヤの笑顔だ!  そんなものベリンダの天使の微笑みに比べれば大して可愛くもなんとも」
「───殿下はフレイヤの“笑顔”を知っていますか?」

  シオン様が冷たい声でそう訊ねた。
 
「当然だ!  フレイヤはいつだって愛想よくニコニコニコニコ笑顔を振り撒いてばかりだったからな!」
「それは、対外に向けた“未来の王妃”としての笑顔でしょう?  僕が聞いているのは、そうではないフレイヤの心からの“笑顔”ですよ?」
「───は?」

  エイダン様が目をパチクリさせている。
  そして何度も瞬きを繰り返した後、すぐに愕然とした表情になった。

「え?  フレイヤ、の……笑顔?  知ら……いや、こ、子供の頃……は」
「そんなにも思い出せないのですか?」
「……うっ!」

  (そうだわ……いつから私はエイダン様の前で笑わなくなった?)

  私たちの関係が決定的に歪んだのは、エイダン様の様子がおかしくなり始めたベリンダ嬢が現れてからだとは思うけれど、きっとその前からもう既に綻び始めていた……
  そう思わされた。

「そんな様子でフレイヤを側妃にしたいなど……笑わせないで頂きたい」
「なっ!  違っ!  私がフレイヤを側妃にと望んでいるのは──」
「望んでいるのは?  ははは!  まさか、便利で都合がいいから……などとは言いません、よね?」
「……っっ!」

  シオン様の黒い笑顔にエイダン様はヒュッと息を呑んだ。
  何だかこの怯えた表情はとっても国王陛下に似ているわね、なんて考えてしまった。



  その後、エイダン様は何も言えなくなり、下を向いたまま「……帰る」とだけ言って立ち上がると部屋を出て行こうとした。

  (来た時も無礼なら出て行く時も無礼なのね……)

「ああ、王太子殿下」
「……なんだ」

  シオン様は部屋を出ていこうとするエイダン様に声をかけた。

「もう充分、お分かり頂けたとは思いますが、フレイヤは僕の大事な愛しい婚約者です。あなたの側妃になる事は有り得ません。そこのところお忘れないようにお願いしますね」
「……チッ!」

  エイダン様は悔しそうな顔で舌打ちしながら帰って行った。

  
────

  エイダン様の乗った馬車が去っていくのを無事に見送った私たちは、部屋に戻るとそれぞれぐったりとソファへと座り込む。

  (疲れたぁ……)

  シオン様の顔をチラッと見ると彼も疲れている様子だった。

「───とりあえず、あれで伝わったかな?  これで、フレイヤを側妃にするなんて馬鹿な話、諦めてくれるといいんだけど」
「そう信じたい……ところですけれど」

  だけど、エイダン・デートルドを甘くみてはいけない。
  
「これで、次に僕が陛下を蹴落として玉座につこうとしている事が分かったら、もっと煩く騒ぎそうだ」
「そうですね……むしろ、その時の方が煩そうです」

  今日はまだ敢えてその話をエイダン様にはしていない。
  エイダン様の事だから、シオン様に王位継承権は無いからとタカをくくって深く考えることはしないはずだ。

「……まぁ、それも想定のうち……かな」
「似た者親子だから面倒ですね、きっと」
「あれ?  僕は?」

  シオン様が不思議そうに聞いてくる。

「シオン様は──……」

  顔は似ているけれど……中身は全然違うと思うわ。

「……かっこいい……です」
「え?」
「え……」

  (し、しまった!  私……今、ポロリと)

  私は慌てて顔を逸らして誤魔化そうとする。

「なななな何でもないです!  さぁ、陛下の退位とエイダン様の廃嫡に向けての準備を……」
「フレイヤ」
「!」

  シオン様が私の手を取る。

「今、なんて言った?  気のせいかな?  フレイヤが僕のことをかっこいいって言ってくれた気がする」
「き、ききき気の所為ですわよ!」
「フレイヤ」
「……」

  シオン様の握り込んでいる手にギュッと力が入る。

  (に、逃げられない!  ……気がする)

  私は必至に誤魔化して逃げようとしているのにシオン様は一歩も譲ってくれない。
  そして、呆気なくそのまま抱き込まれてしまい、白状するまで離してくれなかった。
  途中、部屋にやって来た使用人に助けも求めてみたけれど、何故か微笑ましい目で見られるだけで誰も助けてはくれなかった。


◆◆◆


  ───……一方。
  情けなくも逃げ帰る羽目になったエイダンは怒り心頭のまま、王宮内を歩き自室へと向かっていた。

(畜生!  なんでだ、なんで私が脅された風になるんだ!  しかも……)

  ようやく会えたフレイヤ。
  しかし、側妃として回収するどころか、本当に異母兄……シオンと婚約をしており、さらには自分の前では見たことのない顔を見せていた。
  あんな顔を赤くするフレイヤなんて知らない。

  (フレイヤの笑顔だと?  あんな性悪な女の笑顔など何の価値もな───)

「──え?  エイダン殿下?  戻って来ていたのですか?」

  エイダンは後ろからかけられたその声にハッとする。
  
  (この可愛らしい天使の様な声は!)

「ベリンダ!」
「エイダン殿下、おかえりなさいませ!」

  振り返ればそこに居たのは愛しい愛しいベリンダ。可愛らしい笑顔で抱きついてくる。

「お戻りだったのですね」
「あ、ああ」
「?  どこかに行かれていたのですか?」
「ちょ、ちょっとな……」

  エイダンは情けなかった自分を知られたくなくて誤魔化そうとしたが……

  (そうだ……私には可愛い可愛い天使のベリンダがいる……フレイヤなんかいなくても大丈夫だ……)

「いや、すまない。戻って来てすぐフレイヤに会いに行っていた」
「え?  フレイヤ様?」

  ベリンダが驚きの声を上げる。そしてその可愛い顔が曇った。
  その顔を見てエイダンはしまった、と思う。
  視察に行く時にベリンダの元に戻ってくると言った事を今更ながら思い出した。

「その、公爵領ではフレイヤに会えなかったのだ……ほら、ベリンダも聞いただろう?  フレイヤの婚約の話」
「…………シオン殿下と、という話、ですよね?」

  (……ん?  天使のベリンダの声が少し低くなったような……?)

  エイダンは気の所為か、と思いそのまま話を続ける。

「私にはその話がどうしても信じられなくてな」
「……ええ、私もです」
「それで、確かめに行っていたのだ」
「へぇ、それで…………二人は本当に婚約を?」

  エイダンは内心で舌打ちをしながら頷く。

「嘘ではないようだった……だから、すまないベリンダ。フレイヤを側妃にする事は難しい。君には負担をかける事になるが王妃教育を───」
「そんなの!  そんなの絶対にダメです!  フレイヤ様は国の為にもシオン殿下ではなく、エイダン殿下の側妃として嫁ぐべきお方です!」
「ベリンダ?」
「フレイヤ様は王妃教育をずっと受けて来た方なのですから、未来の王となるエイダン殿下が相手でないとお可哀想です!  不幸になっちゃいます!」
「!」

  (やはり、ベリンダは天使だな。フレイヤの事まで心配するとはな……)

  エイダンはベリンダの“優しい心”に感動した。

「気持ちは有難いが、ベリンダ、やはりそれは難し……」
「───いいえ、エイダン殿下。簡単なことです!  二人を仲違いさせて別れさせちゃえばいいんですよ!」
「なに?」

  エイダンは耳を疑った。二人を別れさせる?

「そうしたら、全て丸くおさまりますよ!」
「ベリンダ……?」
「ふふ」

  天使が邪悪に微笑んだ。
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