28 / 57
28. 負け犬と邪悪な天使
しおりを挟む(正論しか言っていないのに……)
まだまだ未熟な私が偉そうに言えることではないけれど、これで言い返せなくなるなんて……やっぱりエイダン様は“人の上に立てる器”ではないと思う。
この方は、いつだって偉そうに怒鳴り散らすだけ。“王太子”という絶対的な権力が剥がれたらきっと何も出来ない。
(そうなってしまったのは、きっと、エイダン様だけのせいではないのだろうけれど)
「……」
私だって完璧なんかじゃない。それは、シオン様だって同じ。
だからこそ、私は手を取り合ってお互いの足りない部分を補いながら助け合える相手と生きていきたい───
「───フレイヤ? 大丈夫? しかめっ面しているよ?」
「え? は、はい……!」
考えごとに集中しすぎていたせいで、シオン様が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「まあ、フレイヤはどんな顔をしていても可愛いのだけどね」
「シ、シオン、様!」
これが演技だと分かっていても、好きな人にそんなことを言われてしまって私の顔は赤くなってしまう。
シオン様は軽く微笑むと、私の肩に回していた腕を腰に移動させてグッと力を込めた。
その分、私たちの距離が縮まる。
(ち、近ーーい!)
「でも、やっぱり一番は笑顔が好きだな。だから笑ってくれる?」
「そ、そんな! 突然言われても……笑えません」
「そうなの? 残念」
顔を近づけて来ていたシオン様がクスクスと楽しそうに笑った、その時だった。
「き、貴様ら! わ、私の前で何をしている!」
真っ赤な顔でエイダン様が怒鳴り出した。
「えっと、愛しの婚約者との愛の語らいですが、何か?」
「ふ、ふ、ふざけるなぁーー! 何がフレイヤの笑顔だ! そんなものベリンダの天使の微笑みに比べれば大して可愛くもなんとも」
「───殿下はフレイヤの“笑顔”を知っていますか?」
シオン様が冷たい声でそう訊ねた。
「当然だ! フレイヤはいつだって愛想よくニコニコニコニコ笑顔を振り撒いてばかりだったからな!」
「それは、対外に向けた“未来の王妃”としての笑顔でしょう? 僕が聞いているのは、そうではないフレイヤの心からの“笑顔”ですよ?」
「───は?」
エイダン様が目をパチクリさせている。
そして何度も瞬きを繰り返した後、すぐに愕然とした表情になった。
「え? フレイヤ、の……笑顔? 知ら……いや、こ、子供の頃……は」
「そんなにも思い出せないのですか?」
「……うっ!」
(そうだわ……いつから私はエイダン様の前で笑わなくなった?)
私たちの関係が決定的に歪んだのは、エイダン様の様子がおかしくなり始めたベリンダ嬢が現れてからだとは思うけれど、きっとその前からもう既に綻び始めていた……
そう思わされた。
「そんな様子でフレイヤを側妃にしたいなど……笑わせないで頂きたい」
「なっ! 違っ! 私がフレイヤを側妃にと望んでいるのは──」
「望んでいるのは? ははは! まさか、便利で都合がいいから……などとは言いません、よね?」
「……っっ!」
シオン様の黒い笑顔にエイダン様はヒュッと息を呑んだ。
何だかこの怯えた表情はとっても国王陛下に似ているわね、なんて考えてしまった。
その後、エイダン様は何も言えなくなり、下を向いたまま「……帰る」とだけ言って立ち上がると部屋を出て行こうとした。
(来た時も無礼なら出て行く時も無礼なのね……)
「ああ、王太子殿下」
「……なんだ」
シオン様は部屋を出ていこうとするエイダン様に声をかけた。
「もう充分、お分かり頂けたとは思いますが、フレイヤは僕の大事な愛しい婚約者です。あなたの側妃になる事は有り得ません。そこのところお忘れないようにお願いしますね」
「……チッ!」
エイダン様は悔しそうな顔で舌打ちしながら帰って行った。
────
エイダン様の乗った馬車が去っていくのを無事に見送った私たちは、部屋に戻るとそれぞれぐったりとソファへと座り込む。
(疲れたぁ……)
シオン様の顔をチラッと見ると彼も疲れている様子だった。
「───とりあえず、あれで伝わったかな? これで、フレイヤを側妃にするなんて馬鹿な話、諦めてくれるといいんだけど」
「そう信じたい……ところですけれど」
だけど、エイダン・デートルドを甘くみてはいけない。
「これで、次に僕が陛下を蹴落として玉座につこうとしている事が分かったら、もっと煩く騒ぎそうだ」
「そうですね……むしろ、その時の方が煩そうです」
今日はまだ敢えてその話をエイダン様にはしていない。
エイダン様の事だから、シオン様に王位継承権は無いからとタカをくくって深く考えることはしないはずだ。
「……まぁ、それも想定のうち……かな」
「似た者親子だから面倒ですね、きっと」
「あれ? 僕は?」
シオン様が不思議そうに聞いてくる。
「シオン様は──……」
顔は似ているけれど……中身は全然違うと思うわ。
「……かっこいい……です」
「え?」
「え……」
(し、しまった! 私……今、ポロリと)
私は慌てて顔を逸らして誤魔化そうとする。
「なななな何でもないです! さぁ、陛下の退位とエイダン様の廃嫡に向けての準備を……」
「フレイヤ」
「!」
シオン様が私の手を取る。
「今、なんて言った? 気のせいかな? フレイヤが僕のことをかっこいいって言ってくれた気がする」
「き、ききき気の所為ですわよ!」
「フレイヤ」
「……」
シオン様の握り込んでいる手にギュッと力が入る。
(に、逃げられない! ……気がする)
私は必至に誤魔化して逃げようとしているのにシオン様は一歩も譲ってくれない。
そして、呆気なくそのまま抱き込まれてしまい、白状するまで離してくれなかった。
途中、部屋にやって来た使用人に助けも求めてみたけれど、何故か微笑ましい目で見られるだけで誰も助けてはくれなかった。
◆◆◆
───……一方。
情けなくも逃げ帰る羽目になったエイダンは怒り心頭のまま、王宮内を歩き自室へと向かっていた。
(畜生! なんでだ、なんで私が脅された風になるんだ! しかも……)
ようやく会えたフレイヤ。
しかし、側妃として回収するどころか、本当に異母兄……シオンと婚約をしており、さらには自分の前では見たことのない顔を見せていた。
あんな顔を赤くするフレイヤなんて知らない。
(フレイヤの笑顔だと? あんな性悪な女の笑顔など何の価値もな───)
「──え? エイダン殿下? 戻って来ていたのですか?」
エイダンは後ろからかけられたその声にハッとする。
(この可愛らしい天使の様な声は!)
「ベリンダ!」
「エイダン殿下、おかえりなさいませ!」
振り返ればそこに居たのは愛しい愛しいベリンダ。可愛らしい笑顔で抱きついてくる。
「お戻りだったのですね」
「あ、ああ」
「? どこかに行かれていたのですか?」
「ちょ、ちょっとな……」
エイダンは情けなかった自分を知られたくなくて誤魔化そうとしたが……
(そうだ……私には可愛い可愛い天使のベリンダがいる……フレイヤなんかいなくても大丈夫だ……)
「いや、すまない。戻って来てすぐフレイヤに会いに行っていた」
「え? フレイヤ様?」
ベリンダが驚きの声を上げる。そしてその可愛い顔が曇った。
その顔を見てエイダンはしまった、と思う。
視察に行く時にベリンダの元に戻ってくると言った事を今更ながら思い出した。
「その、公爵領ではフレイヤに会えなかったのだ……ほら、ベリンダも聞いただろう? フレイヤの婚約の話」
「…………シオン殿下と、という話、ですよね?」
(……ん? 天使のベリンダの声が少し低くなったような……?)
エイダンは気の所為か、と思いそのまま話を続ける。
「私にはその話がどうしても信じられなくてな」
「……ええ、私もです」
「それで、確かめに行っていたのだ」
「へぇ、それで…………二人は本当に婚約を?」
エイダンは内心で舌打ちをしながら頷く。
「嘘ではないようだった……だから、すまないベリンダ。フレイヤを側妃にする事は難しい。君には負担をかける事になるが王妃教育を───」
「そんなの! そんなの絶対にダメです! フレイヤ様は国の為にもシオン殿下ではなく、エイダン殿下の側妃として嫁ぐべきお方です!」
「ベリンダ?」
「フレイヤ様は王妃教育をずっと受けて来た方なのですから、未来の王となるエイダン殿下が相手でないとお可哀想です! 不幸になっちゃいます!」
「!」
(やはり、ベリンダは天使だな。フレイヤの事まで心配するとはな……)
エイダンはベリンダの“優しい心”に感動した。
「気持ちは有難いが、ベリンダ、やはりそれは難し……」
「───いいえ、エイダン殿下。簡単なことです! 二人を仲違いさせて別れさせちゃえばいいんですよ!」
「なに?」
エイダンは耳を疑った。二人を別れさせる?
「そうしたら、全て丸くおさまりますよ!」
「ベリンダ……?」
「ふふ」
天使が邪悪に微笑んだ。
109
お気に入りに追加
5,160
あなたにおすすめの小説
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

婚約者と親友に裏切られた伯爵令嬢は侯爵令息に溺愛される
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のマーガレットは、最近婚約者の伯爵令息、ジェファーソンの様子がおかしい事を気にして、親友のマリンに日々相談していた。マリンはいつも自分に寄り添ってくれる大切な親友だと思っていたマーガレット。
でも…
マリンとジェファーソンが密かに愛し合っている場面を目撃してしまう。親友と婚約者に裏切られ、マーガレットは酷くショックを受ける。
不貞を働く男とは結婚できない、婚約破棄を望むマーガレットだったが、2人の不貞の証拠を持っていなかったマーガレットの言う事を、誰も信じてくれない。
それどころか、彼らの嘘を信じた両親からは怒られ、クラスメイトからは無視され、次第に追い込まれていく。
そんな中、マリンの婚約者、ローインの誕生日パーティーが開かれることに。必ず参加する様にと言われたマーガレットは、重い足取りで会場に向かったのだが…
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる