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24. キレました
しおりを挟む「エイダンもだが、父上もフレイヤの事を何だと思っているんだ!」
「……なに?」
シオン殿下の怒鳴り声に陛下の眉がピクリと反応する。
そして冷たい目を向ける。
「シオン? お前が私にそのような口を利くとは珍しいな。いつもみたいに黙って大人しくしているがいい」
「いいえ! ──フレイヤの気持ちを何一つ省みようとしないその発言、大人しく黙って聞いてなどいられません」
陛下とシオン殿下の間にバチバチの火花が散った。
「ほう? 自分のことよりもお前はフレイヤ嬢のことを気にするのか」
「当然です! エイダンは頼りないけれどフレイヤがいれば問題ない? 父上、あなたのその発言、どれだけ身勝手なのか分かっているんですか!?」
(シオン殿下……)
シオン殿下は“私の為”に怒ってくれていた。
自分だって散々陛下にバカにされたのに、私のことで怒ってくれている……
自覚したばかりの恋心はこんな時でさえ、私の胸をキュンとさせる。
「父上はフレイヤの気持ちを考えたことがありますか?」
「フレイヤ嬢の気持ち? ……だから、正妃になれないのは屈辱だろうが、仕方がないから側妃でお願いを……」
「そうじゃない! ───父上は! 一度でもフレイヤの口から“エイダンの正妃になりたい”と聞いたことがありますか!?」
シオン殿下のその言葉に陛下は驚いた表情を見せる。
けれど、すぐにバカにしたように笑い出した。
「ははは、何を言っている? フレイヤ嬢は昔から王妃教育を文句一つ言わず、しかも優秀な成績でこなしていた。それこそが……」
「それはあなた方がそう仕向けたからでしょう!? 適齢の公爵令嬢がフレイヤしかいなかったから、エイダンの妃になるのが当然だ相応しくあれと! そこにフレイヤの意思は無い!」
その言葉に心当たりがあったのか陛下はぐっと押し黙った。
「それでも、エイダンがどんなに阿呆で頼りなくても、フレイヤときちんと向き合って二人が手を取り合って行くならそれでもよかったはずだ。でも、エイダンはそれを裏切った!」
「そ、それはエイダンが、勝手に男爵令嬢と恋に……」
「だとしても! エイダンはわざわざ公の場で婚約破棄をした──それなのに、あっさり手のひら返しをして、やっぱりフレイヤが必要なんだ? フレイヤの気持ちを完全に無視しているじゃないか! バカにするな!」
シオン殿下はそのまま陛下を睨むと、私の両肩にそっと手を置いた。
「……あなた方は、フレイヤのこんな小さな肩にどれだけの重荷を背負わせるつもりなんだ!」
「お、重荷、だと?」
「そうだ! エイダンが頼りないと分かっていながら、フレイヤ、フレイヤ……そして、何かあればフレイヤがエイダンをフォロー出来なかった……そう言って責めるつもりなのだろう?」
「……」
陛下の目が泳ぐ。
私は王族……エイダン様にとってとことん“都合のいい道具”扱いをされてきたのだと改めて思わされた。
「法改正で側妃の子にも継承権を持てるようにすると言いながらも……父上が僕を絶対に認めようとしないのは、僕の魔力のせいなんですよね?」
「……じ、実際、お前は魔力が弱いではないか! こんなにも弱い力で王となるなど前代未聞! 前例にないことは……」
「───前例にないなら僕がなってやる!」
「……なっ?」
陛下の顔が驚きでいっぱいになった。
「──“側妃の子”で“魔力の弱い”王はこれまでいなかったのですよね? それなら僕がその初めての王になればいい……いえ、なってみせる!」
「何を……」
シオン殿下が陛下の前ではっきりとそう宣言した。
(魔力の弱い王……)
私は自分の右手を見る。
先程、床を殴った時に出来た傷は綺麗に消えている。
(本人は全く分かっていなかったけれど、あれは間違いなくシオン殿下の魔力だわ……それも、かなり特殊といわれる治癒の力……)
おそらく、私の“強化”の力と混ざって発揮されたのだと思う。
こんなご時世でもまだ魔力が絶対だなんて意志を持つ陛下にその事実を伝えれば、陛下だってシオン殿下の事を───
そう思ったけれど、私は内心で首を振る。
(実はシオン殿下は稀有な魔力の持ち主でした……で陛下に認めさせてはダメだ)
シオン殿下が目指すのはそういった偏見のない国。
魔力の弱い自分が上に立つことで自らそれを示そうとしている。
そうよ! 私は愛だの恋だの抜きにしても、そんな彼に着いていくと決めたんだから!
───バキッ!
私は右手に再び強化の力をかけると、今度は壁を思いっ切り殴った。
その音に言い争いをしていた二人がギョッとした様子で私を見る。
私は手を擦りながらにっこり微笑んだ。
「……陛下、この場を借りてはっきり申し上げますわ」
「フ、フレイヤ……嬢?」
陛下の顔がまたしてもピクピクと引き攣り始めた。
床の穴に続いて、今度は壁もボロッと崩れたものだから仕方がないかもね。ふふ。
そしてシオン殿下はまたしても心配そうに私を見ているわ。
「私、フレイヤ・リュドヴィクは──エイダン・デートルド殿下の側妃となる件は、お断りさせていただきます」
「なっ、何を……」
「もちろん! 正妃だろうと側妃だろうとお断りします」
陛下は真っ青な顔で口をパクパクしている。
「ま、待つのだ! そ、そんな事になったら、エイダンは……国は……どう、なる……」
「エイダン様の事なんて知りません。彼の心から愛する男爵令嬢と結婚でもなんでもすればよいかと思いますわ。ですけど、国は……」
「く、国は……」
「ふふ、陛下ったら……何を今更。たったいま立派に後継に名乗りを上げてくれた方がいるではありませんか! もうお忘れですの?」
自分がちょっと悪女になった気持ちになりながら私は鼻で笑う。
これも、あの仮病の日々で演技が磨かれたおかげかもしれないわね。
「もちろん、私はシオン殿下にこの国を委ねますわ」
「───っ!」
「陛下が認めようとしないシオン殿下は私が支えますのでご安心くださいませ!」
私は拳を見せながら、にっこりと笑みを深める。
「待つのだ! フ、フレイヤ嬢! そ、それは……だ、ダメだ……」
「あら? なぜダメなのですか? あんなに頼りなくて将来の王として不安なエイダン様でも“私”がいれば大丈夫だと仰ったのは陛下ですよ?」
「……ぐっ!」
「魔力の面で不安の残るシオン殿下の隣に、あなた方が望む“私”がつくというのに……いったい、シオン殿下とエイダン様は他に何が違うんですの?」
「そ、れは……」
陛下は完全に反論の言葉を失っていた。
それならばと私は拳と笑顔で押し切る。
「……ふふ、特にもう陛下からの反対の言葉は無いようですので……シオン殿下と私の婚約はお認め頂けるという事でよろしいですわよね!」
「……」
「そうそう、陛下。先程のお話の中にありました、エイダン様から私への誠心誠意のこもった謝罪……ですけど」
陛下の顔がまだ何かあるのか! という怯えた表情になった。
あら? 脅しているつもりはなかったのだけど……?
「こちらが、その誠心誠意の謝罪が込められた手紙……の一部ですわ」
「……?」
私の差し出した手紙を怪訝そうな表情で陛下は受け取る。そして、目を通すなり「なっ!」と口にした後、すぐに真っ赤になり、その後は真っ青になって震え出した。
「とーーっても素敵なお手紙でしたわ。さすがエイダン様ですね」
「……っ! こ、これは……」
「あ、陛下! 証拠隠滅させても無駄ですわ。それはほんの一部ですから!」
陛下から何となく手紙を破り捨てそうな気配を感じたので、すかさずそう口にする。
ガバッと顔を上げた陛下はこの世の終わりみたいな顔をしていた。
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