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19. シスコン兄 VS 阿呆王子
しおりを挟むリュドヴィク公爵領地にて、次期公爵として学びながら過ごしているフレイヤの兄、ギャレットは父親からの手紙を読んで頭を悩ませていた。
───と、いうわけで領地に、間抜けな阿呆王子が向かう可能性が非情に高い。
処理はお前に任せる───
「……ち、父上! これは俺を試しているのですか!」
ギャレットは父親からの手紙を読んで、そんな声をあげずにはいられなかった。
どうやら自分が領地にいる間に色々な事が起きていたようだ。
───可愛い可愛い私たちのフレイヤが婚約破棄された。
「は? 王子、何してるんだ? “公爵令嬢”と結婚しないでどうするつもりなのか」
───エイダン殿下は可愛い可愛い娘のフレイヤを捨てて、べロンパ・ブランコ男爵令嬢を正妃にしたいらしい。
「ベロ……? 妙ちくりんな名前だな……って、これ絶対違うだろ! 本当の名は何なのだ? 父上……」
……父上のうろ覚えのせいで阿呆王子のお相手の男爵令嬢の素性が分からない。
ギャレットは家令を呼びつけた。
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「た、頼む……ぞ」
(そうか、父上に長年付き合うとあんな風になるのか……)
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何度読んでも内容は変わらない。
我が家の可愛い可愛いお姫さま、妹のフレイヤはエイダン殿下に婚約破棄され、悪評まで流されたらしい。
「……万死に値する行為だな」
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「……阿呆だとは常々思っていたが……ここまでだったか」
ギャレットは深いため息を吐いた。
愛している男爵令嬢を正妃にするだと? かつて自分の父親が、愛している身分の低い男爵令嬢を側妃として娶ったことで王宮で何があったかあの阿呆王子は───
「……分かっていないのだろうな」
勉強嫌いな殿下は、思い込みが激しいくせに、興味の無いことはとことん頭に入れようとしない。お説教と同じで全部流れていく。
「それで? ……可愛い可愛いフレイヤは、阿呆ではなく、しかるべき方の元に預けた……か」
なるほど。
父上は現在の王家を見限って第一王子につくと決めたのか。
「第一王子は魔力に不安は残るが……」
ギャレットは頭の中で、可愛いのにどこか無鉄砲な所のある妹の姿を思い浮かべる。
フレイヤが支えるなら大丈夫だろう。
あの子の持つ魔力は少し特殊だからな。おそらく第一王子との相性はいいはずだ。
「…………だが、相性が良かろうとも我らの可愛いフレイヤには、結婚まで手を出すことは許さん。そうだな……手を繋ぐくらいまでは許してやろう。それ以上はダメだ」
ギャレットは早速、そう手紙を書こうと思ったが、それよりも先にどうにかしないといけない問題がある事に気付いた。
「阿呆王子はどこをどう解釈したらフレイヤが領地にいるなどと思えるんだ? 本当に昔からあの王子の思考回路は理解出来ない! 誰か余計な事を吹き込んだ奴でもいるのかなぁ…………はぁぁぁ」
嘆いても仕方ない。本当にここに来るかは分からないが、
可愛い妹、フレイヤの幸せのためにも迎え撃つ準備をしておかなくては……
そう覚悟を決めた数日後。
本当にエイダン殿下は領地やって来たので、事前連絡を受けたギャレットは笑うしかなかった。
そして……
「───殿下。失礼ながらそのように唐突に大声で騒がれては困ります」
「……ギャレットか。久しいな」
「はい、ご無沙汰しております」
リュドヴィク公爵家の屋敷に着くなり、「フレイヤは何処だ!」と喚き散らし始めたエイダンにギャレットは心底呆れていた。
事前に屋敷の者たちには話を通してあったから大きな混乱は無いものの、そうでなかったら何事かと思うだろう。
(視察目的の訪問と名目上はなっているのだから、それらしく振る舞うことくらいはしてもらいたいものだ……)
さすがに普段から常にこういう事をするは人ではなかったはずなので、よほど今は頭の中がフレイヤを見つける事でいっぱいなのだろう。と、ギャレットは思った。
だからと言って納得はしない……が。
「───挨拶はいい。さっさとフレイヤを呼んでこい」
「……フレイヤ、をですか?」
「そうだ。ここにいる事は分かっている! 隠しても無駄だ!」
ギャレットはにっこり笑顔でエイダンに訊ねた。
「殿下はなぜ、フレイヤをそんなになってまで追いかけ回すのですか?」
「そんなの決まっているだろう! この私が側妃にしてやると言っているのに頷かないどころか、顔すらも見せない。こっちは何度召喚命令を出したと思っている! 毎日だぞ! 毎日!」
(毎日……なんて迷惑な)
父上からフレイヤは仮病を使って逃げていたと聞くが……それは逃げたくもなる。
「フレイヤはきちんとお断りの手紙も送ったと聞いていますよ?」
「ああ、あれは要するに、私の愛する令嬢への嫉妬と正妃になれない事に対する不満なのだろう? その説明をする為に呼び出しているというのにフレイヤの奴は……」
その恐ろしすぎるほどポジティブな解釈は何故なのだろう……とギャレットは頭を抱えた。
その後も、エイダンの自分を中心に考えた勝手な言い分は続く。
いい加減、ウンザリして痺れを切らしたギャレットは、相手をするのが面倒になってつい言ってしまった。
「……あぁ、要するにエイダン殿下はフレイヤに振られた事を認めたくないのですね」
その言葉にエイダンの動きがピタッと止まった。
「ふ、振られ……? こ、この私が!?」
「だってそうではありませんか。フレイヤは断りの返事を書いています。さらに父上はフレイヤは新たな婚約者の元にいます、そう告げたのに殿下は“そんなはずない、嘘の話だ”と思い込んで領地まで来たのですよね?」
「……」
「申し訳ないですが、俺……私には殿下の姿が、フレイヤに振られた事実を受け入れられずに情けなくも縋り付いているだけの惨めな未練タラタラ男にしか見えません」
「み、惨め、な未練タラタラ……男、私が」
エイダンは狼狽え始めた。
(私の方がフレイヤに縋り付いている……だと!? あ、有り得ん!)
内心でそう思っていたら───……
「───ですが殿下! あなたのそのお気持ちはとってもとってもとっても分かります! 我が妹、フレイヤはこの国の女性の中で誰よりも美しく気高く綺麗で誇り高い、素晴らしくて素晴らしい素晴らしすぎる令嬢ですから!」
「……!?」
「盛大な照れ屋さんなので時々、ツンとした態度をとる時もありますが、普段、俺を見て頬を赤らめ“お兄様”と微笑む時の顔は天使そのもの! あのギャップ!」
「…………!?」
「ごはんが好きでしてねぇ……ちょっと食い意地張ってる所もまた可愛い……」
「………………!?」
「そうそう、ウジウジ悩むのが苦手なようで、時折、真っ直ぐ突っ走って行くので心配にもなりますが───」
(……なっ!? ギャレットはいったいどうしたのだ……!?)
エイダンは急に火がついたかのようにフレイヤをべた褒めし始めるギャレットの様子に慄いた。
(わ、私は今……な、何を聞かされているのだ!?)
ここから数時間に渡って、ギャレットによる“可愛い最愛の妹フレイヤの可愛い話”を延々と聞かされる羽目になるエイダンは知らなかった。
ギャレットの社交界での別名が“シスコン残念公爵令息”だと。
身分も高く将来有望、見た目も華やか……そんなギャレットの唯一の欠点は妹愛が強すぎて、一度火がつくと妹、フレイヤの話が止まらなくなる。
そこから名付けられた別名を──
───ちなみにその頃のフレイヤは。
「……ハックシュン!」
「───フレイヤ! 大丈夫? もしかして風邪?」
「シオン殿下……いいえ、大丈夫で────クシュンッ! クシュッ、クシュン!」
突然、くしゃみが止まらなくなっていた。
「全然、大丈夫じゃないじゃないか!」
「で、ですが─────ハックシュン! ええ~なんで?」
「フレイヤ……」
「え!」
突然のくしゃみ連発に動揺するフレイヤに腕を伸ばし、そっと抱きしめるシオン殿下。
「な、な、な、なにを! クシュン!」
「えっと、寒いのかと思って。だからフレイヤを温めようと」
「ち、違っ……そうでは……クシュッ…………」
(違うのに……! でも、シオン殿下の胸の中……温かいわ……もう少しこのままで……いたい)
ギュッ……
お兄様が認めたくない範囲の無自覚のイチャイチャが開始していた。
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