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17. 側妃
しおりを挟む私の視線に気付いたシオン殿下が悲しそうに微笑む。
「ごめん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど……って無理だよね」
「……」
私はなんて答えたらいいのか分からず、静かにシオン殿下を見つめる。
そして、ふと思い出す。
───ははは! それだけフレイヤは公爵に愛されているんだね
───あ、愛! ……は、恥ずかしい、です
あの会話の最後……
───いい事だと思うよ? それに……本音を言うとちょっと羨ましい
胸がキュッとした。
(あの時の表情と言葉にはそんな意味が……込められていたんだわ)
「フレイヤも関連するこの国での決まりとなっている、正妃は公爵家から娶るという話。あの理由は──」
「魔力の維持……ですよね?」
私が答えるとシオン殿下はそうだと頷く。
「フレイヤが学んで来たお妃教育では、どう教わったかは分からないけど」
そう前置して語るシオン殿下の話は私が教わった話とは違っていたり、知らない話もあった。
「王族にとっては魔力維持が最優先事項だから、側妃はもともと王の恋人云々ではなく公爵家に次ぐ高位貴族の令嬢が“必要な時”に選ばれていた存在なんだ。高位貴族であれば魔力は高いからね」
「え? 必要な時?」
「その役目は王位継承者の確保ではなく……公爵家の数を減らさないようにすること」
「公爵家?」
そんな話、私は教わらなかった。
「側妃の産んだ子は男性ならだいたい臣籍降下して公爵を賜わる事になっていた。王女でも政略結婚の駒として使えるからね」
「……お妃教育では、側妃に関してそんな風には教わらなかったわ……なぜかしら?」
でも、その疑問はその後のシオン殿下の語る説明で何となく分かった。
どうやら、長年の間に色んな人の思惑や考えが絡んで歪みどんどん複雑化していっていた。
都合の悪い話は無かったことにもしているのだろう。
だから、アレがおかしいココがおかしい、どうしてこうなっているの? なんて首を傾げたくなる部分も生まれる。
「ただ……僕が思うにだけど。フレイヤに施したお妃教育での“側妃”の扱いに関して言えば、父上の意向が大きく絡んでいると思う」
「どういう事ですか? 確かに側妃は王が本当に愛する人だから正妃として覚悟しておくように、とは言われましたけど」
その話はかつての“側妃”とは明らかに違う。
つまり、こうして話は歪んでいくのだと改めて思った。
「エイダンのしようとしている事もあれだけど、そもそもは父上が反発を押し切って異例な事をしたんだ。フレイヤにはそれを正当化して話を伝えたんだろうね」
「異例?」
「高位貴族出身ではない女性を強引に“側妃”として娶った。それが僕の母上」
シオン殿下はそう口にすると遠い目をした。
「……誰もが知っている事だけど。僕の母上は側妃の立場でありながら、王妃殿下より先に子を……僕を産んでしまった」
「はい……」
「想像つくと思うけど、そうなると待っているのは……」
「バッシング、ですか?」
シオン殿下は小さく頷く。俯きがちであまり表情が見えない。
「もともと母上はある事で、追い詰められて悩んでいた」
「ある事、ですか?」
「うん……」
シオン殿下は寂しそうに笑っただけで“ある事”についてははっきり答えなかった。
(……何かしら?)
「そしてバッシングだけでなく、嫌がらせを受ける日々も始まる」
「嫌がらせ!? ま、まさか、王妃様が!?」
私の知っている王妃様はそんな事をするような人には思えなかったけれど、愛だの恋だのが絡むと人は変わってしまうことを私はエイダン様を通じて知った。
「……それは違う。王妃殿下の命令ではない。彼女はそういうくだらない事はするな、と、周囲に強く言っていたという」
殿下は首を横に振る。
王妃様の直接の関与……そこはやけにきっぱりと断言していた。
「で、では誰……が?」
「王妃殿下に心酔し、強く慕う者たち」
「───!」
「そういう意味では王妃殿下が、全くの無関係とは言えないけどね」
私は頭を抱えた。
あぁ、もう本当によくある話だ。
「王妃殿下の命令があるからね。表向きは何でもないフリをして殿下にバレないように執拗な嫌がらせは裏でこっそりと何年も続き、遂に母上は心を病んだ」
「……」
「ある日、熱を出して倒れてね? 目が覚めたら僕のことも父上のことも自分のことさえも覚えていなかった。全て嫌になったんだろうなぁ……自ら記憶に蓋をしたみたいなんだ」
「そんな……」
殿下は顔を上げると少し遠くを見つめながら小さく呟く。
「だから……あの人は今も真っ白な世界で生きている。帰国する度に様子を見に行っているけれど……記憶が戻る様子は見られないね」
(ああ、シオン殿下が転々と留学を繰り返しながらも何度も帰国していたのはアーリャ妃の様子を確認するため……)
「ただ、僕が見るに、記憶のない今の方が幸せそうに見えてしまうのだけどね」
シオン殿下はそう言って寂しそうに……まるで、捨てられた子供のような表情で笑った。
───
「……陛下はそんな事があったのに、私をエイダン様の側妃にさせて法改正までして私に跡継ぎの子供を産ませようとお考えなのですか?」
「跡継ぎのことしか考えてないからね」
「……」
(バカなの?)
もし、ベリンダ様が正妃となって私がエイダン様の側妃となり、共に子供を産んで跡継ぎは正妃ではなく側妃の私の子を──……なんて事になったら何が起きるのかなんて少し考えれば分かるでしょうに!
陛下は同じ事を繰り返させたいの!?
(それにシオン殿下の様子を見ていると……陛下は記憶を失くしたアーリャ妃のことあっさり見捨てたんじゃ……)
そんな気持ちがムクムク湧いてきた。
今すぐ陛下の元に殴り込みに行きたい気持ちを冷静になれ、と自分に言い聞かす。
「色々と複雑なしがらみが背景にあるのは理解しました……けど」
「けど?」
「陛下がエイダン様を跡継ぎにする事を譲ろうとしないのは何故なのでしょう?」
昔から私に厳しい教育を付けてきた事を考えると、失礼ながらエイダン様はずっと不安視されていた。
次世代の為にと法改正を考えているくせに、それを早めて今回シオン殿下を跡継ぎにしない理由って?
「……僕はおそらく初めて“男爵令嬢の側妃”から生まれた子だ」
「シオン殿下?」
「僕が生まれて父上も周りも“まさかここまで影響が出るとは”と驚いたのだろうね」
「……」
(影響?)
「さっき言った母上がもともと悩んでいた“ある事”というのは……」
私はそこでハッとようやく気付く。
身分の低い令嬢から初めて生まれた子───
「……フレイヤのその顔、分かったみたいだね」
「もしかしなくても…………シ、シオン殿下は」
「───そうだよ。それが父上が僕ではなくエイダンを推す理由。そしてエイダンがあの女狐を正妃にすると言って譲らないのなら側妃にフレイヤを……と法改正してでも頑なに求める本当の理由だろうね」
シオン殿下は一旦そこで言葉を切る。
そして……深呼吸するとじっと私の目を見て言った。
「男爵令嬢の側妃から生まれた僕は、魔力がほとんど無いんだ」
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