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15. ~第一王子 シオン・デートルド~
しおりを挟む「あれ? フレイヤ?」
「……」
「おーい、フレイヤ?」
「……」
「……えっと、もしかして寝ちゃった?」
「……」
あんなに父親から向けられた愛情に可愛らしく恥ずかしがっていたのに、急に静かになったな? と思い何度か呼びかけてみたけれど、フレイヤの反応が無くなった。
寝息が聞こえるので、これは僕の腕の中で眠ってしまったみたいだ。
「……公爵に、節度を持って清く正しい関係を! と言われた事を明かした所なのに“ここ”で君は寝てしまうのか!」
「……」
「……フレイヤ」
無防備すぎだろう! 僕に襲われるとか考えなかったのか!
と、思うし、言いたい気持ちはある……が、きっとここまでの彼女はずっと張り詰めて生きて来ていて疲れていたに違いない。
(もし、僕の腕の中で安心出来て眠くなった……と言うなら、それはそれで嬉し……)
───って! そうじゃない!
僕はなぜか胸に湧き上がってくるむず痒い気持ちを誤魔化すようにフレイヤの頭を撫でた。
フレイヤの髪はとても綺麗な金色でサラサラしていた。
(……あの人はクルクルのフワフワ髪だったな)
記憶の中ではいつも泣いていた“あの人”には本当に幸せな時があったのだろうか───
……だからこそ思う。
「こんな変な慣習は全部、無くすべきなんだよ……」
父上の代には正妃候補の公爵令嬢は姉妹含めて複数人いたと聞く。
なので、エイダンとフレイヤの関係とは違い幼い頃からの婚約者ではなく、あくまでも候補者としての扱いで辞退も可能だったらしい。そして父上が成人を迎えた時に残っていた候補者の中から一人が選ばれたと言う。
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二人を幼い頃から婚約させ縛って来たのは、きっとフレイヤを逃がさないためだ。
(幼い頃から未来の王妃として教育し、国のこと、エイダンのことを優先に考えさせる───)
「……一種の洗脳だな。まぁ、はからずもエイダンが自らその手で壊したわけだが」
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そんな周りの評価が、二人の関係にひびを入れたのではないのか───?
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「───フレイヤ、ごめん」
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僕とエイダンには、さほど大きな違いなんて無いのかもしれない。
それでも彼女を助けたかったという言葉に嘘は無い。
「だが、エイダンとあの女狐を放置するわけにはいかないんだ……」
どうしてエイダンはあの女狐の本性に気付かないのだろう?
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(いつも同じ作り笑顔にエイダンが喜びそうな言葉……全て計算されている)
エイダンはなぜ、疑問に思わない?
本当に愛している男が、どんな形であれ別の女性も妃に迎えるとなれば、あんな常にニコニコ微笑んでいられるはずがないだろう? 王妃やフレイヤのように教育されてきた身であっても面白くないと思う気持ちはどこかにあるはずなんだ。
後の王妃にはなりたいが、面倒な事は一切したくない。
だから、自分の代わりとして働いてくれる側妃としてフレイヤが必要───そんな考えが、あのベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢からは透けて見える。
『シオン殿下。我が愛娘を阿呆王子から守るのは当然のことですが……アレからも守ってもらわねば困ります───』
『ア、アレ?』
『アレです、ベランダ・アリンコ男爵令嬢!』
『べ、ベラ……アリ……?』
昨日、開眼したリュドヴィク公爵に、フレイヤに手を出したら許さん! と散々脅された後、そのままの状態でそう告げられた。
一瞬、誰の事だ! と声を上げそうになったがすんでのところで理解し堪えた。
(女狐……ベリンダ・ドゥランゴ男爵令嬢の事か……)
とんだ言い間違いだな、と思いつつ……そう言えば公爵は名前を覚える価値がないと判断した者の名前は、何度教えても全く覚えられない人だと聞いたことがある。中途半端にうろ覚えになる、とか。
自分は王族の一員だから、かろうじて名前を覚えられていたのだろうが、そうでなかったらあの公爵の前で名を名乗る時は緊張するだろうなぁ、と思った。
(リュドヴィク公爵……)
『アレが阿呆王子が私の可愛いフレイヤを捨ててまで選んだ、ポンコツという噂の未来の王妃かと思って数日観察しましたが……』
『……』
そう語る渋い表情で最後まで聞かなくても言いたい事は分かった。
公爵は本能で感じ取ったのだと思う。
(見た目はとにかくポヤンポヤンしているのに、な)
その後は、ずっとフレイヤは小さな頃から努力家でいい子で可愛いくて健気で強くて……と、娘を愛する父親の話を延々と聞かされたけれど、ただの娘バカだと公爵を侮ってはいけない。
なんと言っても、公爵は国一番の闇の使い手なのだから。
(万が一、フレイヤの身に何かあったらこの国は闇に覆われるんじゃないか?)
なのに───父上や他の貴族はあの見た目と雰囲気のせいか全く危機感を感じていない。
だから、フレイヤを側妃に……なんて公爵家を侮辱するような真似が出来るのだろう。
その裏で何が待っているかも考えずに。
(側妃なんて……)
僕はグッと自分の拳を握りしめる。
「───フレイヤ。必ず君は僕が守る……守らせてくれ。そして僕は絶対に君を“側妃”になんてさせない」
「……ん」
「フレイヤ?」
起こしてしまったのか? と心配してフレイヤの顔を覗き込んだら、フレイヤはまだスヤスヤと眠っていた。
その顔はどこか幸せそうで悪い夢を見ていないなら良かったな、とホッとした。
だけど……
「……はん……」
「フレイヤ??」
「ごはん…………おかわり……」
「ごっ!?」
あまりにも公爵令嬢とは思えない寝言に僕は盛大に吹き出した。
本当にどこか変わった令嬢だ。
(ああ……本当に“約束”破ったら僕はボコボコにされるだろうな……)
…………型破りなこの子なら絶対にやる。しかも遠慮はしないだろう……
心からそう思った。
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