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13. 約束を破ったら
しおりを挟む────……
昨日───
(ハッ!)
我に帰った私は、窒息寸前まで追い込んだシオン殿下の口を塞いでいた手を慌てて離した。
お父様の様子に気を取られすぎて殿下の口を塞いでいた事を…………忘れていた!
『殿下……も、申し訳ございません!』
すると、シオン殿下はケホケホとむせながら私を見る。
『……い、いや、僕も……変な言い方をしてしまったし。それよりも、だ……ケホッ』
『そ、それよりも?』
わざとのつもりは無かったとはいえ、窒息寸前まで追い込まれていたのに、それよりも……で流せる殿下の広い懐に内心で驚愕しつつ聞き返す。
すると、殿下はちょっと真面目な顔をして言った。
『婚約の話を受ける受けないは置いておいて、フレイヤ嬢は一度この屋敷を離れた方がいい』
『え……?』
『最初にも言ったけど。おそらく、そろそろエイダン本人がやって来るんじゃないかな』
『エイダン様、自ら……ですか?』
殿下はコクリと頷く。表情からしても嘘や冗談を言っているとは思えない。
私はサッと青くなった。
エイダン様の事だ。卑怯な手段を使ってでも私を連れて行こうとする予感しかない。
(何より、会いたくない)
だって今、エイダン様の顔を見たら、きっと私────……
私は目をつぶってギュッと拳を握る。
『でも、先に話したように避難先に領地はおすすめしない。すぐに目星をつけられてしまうだろうからね』
『では何処にですかな? フレイヤの絶対の安全が保証される場所の心当たりが殿下にはお有りなのですか?』
私の代わりにお父様が殿下に訊ねる。
絶対の……という部分だけ妙に強調されて聞こえた。
シオン殿下は私とお父様、両方の顔を交互に見ながら頷く。
『───王都にある僕の所有する屋敷の一つ、なら安全かなと思う』
『シオン殿下の……ですか?』
しかも、王都から離れない?
不思議に思っていたらシオン殿下はニッと笑う。
『逃亡と聞けば、人はだいたい遠くに逃げていると思いがちだ。エイダンは単純だからすぐにそう思うはずだよ』
『……単純』
『単純だろう? 物事をあまり深く考えていないし。だから行動パターンもわかりやすい』
異母弟とはいえ、にっこり笑顔でそう言えるシオン殿下。そこには兄弟の情など欠片も感じない。
でも、確かにこの方に比べればエイダン様は格段に分かりやすいわ。
『…………そこを付け込まれたんだろうなぁ……女狐に』
『女狐……?』
私が聞き返すとシオン殿下は静かに首を振って続けた。
女狐……おそらくベリンダ嬢の事だとは思うけれど、すごい呼び方をするのね、と思った。
『そもそも、エイダンは僕との関わりを避けているからね。当然、これまで一度も訪れたことは無い。むしろ、場所も把握しているかなってくらい興味が無い』
『!』
そう言われて私とお父様は顔を見合せた。
(確かにこのままここで仮病作戦を続けているよりは安全だわ)
エイダン様が見当違いの方向を捜索している間に、私がシオン殿下との婚約を発表してしまえば、もう“側妃になれ!”とは言えなくなる。
そうなると、残りの問題は……
『殿下。陛下……国王陛下は“私”がシオン殿下と婚約を結ぶ事を許可してくださるのでしょうか?』
私に、エイダン様の側妃になるよう求めている人たちの中に陛下も入っているはずだ。
『……そこは僕が力を示して揺さぶってみるしかないよね』
『力……を?』
『父上自身も揺れているんだよ。エイダンを王にするのは───ってね』
でも、王妃様の息子はエイダン様だけだから……と、どうにか目を瞑ろうとしている。
『だから、君をどんな形でもいいからエイダンの妃とし、更にはエイダンとの子供を早く産ませたいと思っているんだよ。エイダンが頼りないから早く次世代が欲しいんだろうね』
『……え! ですが……』
すっっっっっっごく嫌だけれど!
たとえ、私が側妃になってエイダン様の子供を産んでも……正妃がいるわ? 側妃の子供は跡継ぎにはならないはず……
『───“側妃の子にも継承権を”』
『!』
『次の世代から適用の法改正の検討に入っているそうだよ?』
『え……』
『だからね、僕はそれを次世代ではなく、今世代に早めてもらおうと思っている。そうすれば……』
────……
シオン殿下の話を聞いて私は彼の提案を受ける事に決めた。
殿下は「気持ちが固まっていないなら婚約の返事は移り住んだ後でも構わない」そう言ってくれたけれど、婚約者でもない女性が屋敷でお世話になるのはそれなりの理由が必要。
なので、私は婚約の話を受け入れる事にし、身を移すなら早い方が……という提案も受けて昨日のうちに移動していた。
(お父様が「心の準備がぁぁ~」って凄かったけれど……)
そんなお父様と殿下は私が部屋に戻って準備している間に深刻な顔で話し込んでいたわ。
おそらくエイダン様を引きずり下ろすための今後の相談をしていたのだと思うけれど。
シオン殿下は少し青ざめていて近寄れない雰囲気だったわ。
「フレイヤ嬢? 浮かない顔をしているけど、やっぱり疲れている? あ、それとも食事が口に合わない?」
「あ、いえ! 大丈夫ですし、とっても美味しいです!」
昨日の話を思い出していたせいで、つい手が疎かになっていた。
私は慌てて手を進める。
「はは! ゆっくりで、構わないよ」
「殿下……」
シオン殿下は少し笑ったあと、寂しそうな表情をした。
「……フレイヤ嬢、君には申し訳ない事を強いてしまった……と思っている」
「え……?」
「……王族に嫁げる年齢の唯一の公爵令嬢である君にはずっと自由がなかっただろう?」
(自由……)
エイダン様と結婚して正妃になって国と彼のために生きる……そう躾られてきた私に自由……
「私、エイダン様に婚約破棄されたので次の婚姻は望めないと思い、おひとりさま人生を満喫するつもりでいました」
「おひとりさま人生?」
「……そう思ったのも“自由”に憧れていたから……なのかもしれませんね」
私がそう呟くと、そっとテーブルの上に乗せていたはずの私の手がそっと握られる。
え? と思い顔を上げて横を見ると、シオン殿下はいつの間にか私の傍に移動していた。
そして何故か跪いている。
「───フレイヤ嬢、いや、フレイヤ」
「で、殿下?」
「───僕は、君に約束をする」
「や、約束、ですか?」
シオン殿下のまっすぐで真剣な目が私を射抜く。また、胸がドキドキして来た。
(心臓の鼓動が……早い……)
「僕の“妃”は君だけだ」
「!」
「───生涯、君だけを大事にすると誓う」
殿下の手に更にギュッと力が込められる。
「……それから、残念ながら“おひとりさま人生”は与えてあげられそうにないけど、“おひとりさま生活”ならあげられる……と思う」
「おひとりさま生活……?」
私が怪訝そうに聞き返すと、シオン殿下は笑った。
「フレイヤに自由の時間を用意するという事だよ」
「え……」
「期間限定にはなってしまうだろうけどね? この期間は僕の事とか公務の事とかも忘れてフレイヤが自由に過ごせる……なんていうのはどうかな?」
「自由……ほ、本当……ですか?」
「もちろん! 約束する」
シオン殿下は力強く頷いた。
(他に妃を娶らない? おひとりさま生活の時間をくれる……? 本当に?)
「約束! …………で、では! もし破ったら殿下をボコボコにしてもいいですか?」
「ボ……」
私の質問にシオン殿下が面食らった表情になる。
まさかそんな言葉が飛び出すとは思っていなかったのだと思う。
私はプイッと顔を背けて言った。
「……私、口だけの嘘つきは嫌いなんです」
「フ、フレイヤ……」
「……」
急にシオン殿下の声が情けなくなったので、思わず笑いそうになるのを堪えているとシオン殿下は胸を張って言った。
「わ、分かった! フレイヤには僕が約束を破った時には、僕をボコボコにする権利を与えよう!」
「!」
こうしてこの日。
私は“約束”を破ったらシオン殿下をボコボコにすることが出来る権利を手に入れた。
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