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12. 公爵 VS 王子
しおりを挟む(フレイヤはいない? だと?)
その言葉にエイダンは焦りと苛立ちを覚える。
昨日、公爵に言われた言葉でフレイヤはこのまま登城せずに逃げる事を計画しているのでは? と警戒した。
だから、こうして逃げる時間を与えぬようにとわざと連絡もせず、しかも早朝に押し掛けたのだが……一足遅かったというのか……!?
(フレイヤめ! なんて逃げ足の早い女なんだ! いや、待て? これは嘘だという可能性も……)
「───本当かどうか確認させてもらう!」
「あ、殿下! お待ちくださ……」
エイダンは止めようとする公爵の手を振り切ってフレイヤの部屋へと走った。
「──フレイヤ! いい加減に観念しろ! いったい何度、呼び出しをかけさせるんだ!」
勝手知ったるフレイヤの部屋の前に辿り着き、扉を勢いよく開けたエイダン。
しかし、その部屋はガランとしていて誰もいなかった。
部屋の中を見回すも隠れている様子もない。
「こんな早朝の時間……なのに、ほ、本当に……いない、だと!?」
エイダンはその部屋を呆然と見つめながら小さく呟いた。
「───ですから、そう申し上げていたではありませんか、殿下」
後ろからリュドヴィク公爵が呆れた声でやって来る。
エイダンは勢いよく振り返ると公爵に向かって怒鳴った。
「公爵! まさか昨日のうちにフレイヤを領地に帰したのか!」
「ええ? 領地にですか? 違いますよ?」
「…………は?」
エイダンは公爵のまさかの否定に目が点になる。
呆けた様子のエイダンに向かって公爵はポヤンとした笑顔を崩さぬまま飄々と告げる。
「フレイヤは、新たな婚約者の元に向かいました」
「は? 待て! 新たな婚約者……だと!?」
まさかの言葉に、エイダンはますます焦る。
(新しい婚約者? 何を言っている! フレイヤは私の側妃として───)
「おや? その不満そうなお顔……何か問題がおありでしょうか?」
「当たり前だ! フレイヤに新しい婚約者とは何事だ! そもそもフレイヤには私が」
「そう仰いますが、殿下のお話は既にお断りさせていただきましたよ?」
「……っ!」
その言葉にカッとなり顔を赤くするエイダン。
苛立ちのせいなのか、公爵に向かって更に怒鳴らり散らす。
「私は認めてないと言っただろう! それにフレイヤに新しい婚約者など有り得ない!」
「……なぜ? なぜ有り得ないのでしょうか?」
「……!?」
エイダンは公爵の後ろから黒いモヤのようなものが見えたような気がして、慌てて目を擦る。
(き、気のせいか……)
目を擦った後はもう黒いモヤは見えなかったのでホッと胸を撫で下ろした。
……これでもう怖くない。そう思ったエイダンはふたたび吠える。
「王太子に婚約破棄された令嬢だぞ! それに悪評だって流れている! そんなフレイヤにこんなに早く新しい求婚者がいるはずがない! まさか……! フレイヤの奴……私に隠れてずっと不貞を!?」
「……」
公爵は、それは全部お前のことだろう……そんな目でエイダンを見つめるも、当のエイダンは自分の事はすっかり棚に上げているため気付かない。
「……フレイヤめ! 実は影でコソコソ……やはり、とんでもない女だっ」
「殿下」
「!?」
(い、いつの間に……!?)
エイダンはいつの間にか公爵に懐に入られていて驚く。
公爵はポヤンとした笑顔のまま。
なのに、何故かオーラが怖い。そう思ったエイダンは顔を引き攣らせた。
「フレイヤの幸せを邪魔されては困ります」
「なっ! 誰が邪魔など……!」
否定しようとするエイダンに公爵は冷たい声で言い放つ。
「……愛娘フレイヤはずっと貴方様や国の為に生きておりました。本人もその覚悟でずっと貴方様に仕えていたのです。そんなフレイヤに愛する人が出来たから要らないと言ったのは貴方様ですよ?」
「……っっ」
公爵は大きなため息を吐きながら続ける。
「正直申し上げれば父親の気持ちしてはどちらにしても納得はいきませんが……これまでの王が選んで来た道のように“公爵令嬢”のフレイヤを正妃とし、ブレンドだったかコリンダだったか……そんな名前のドロンコ男爵令嬢を側妃として迎えていればこんな事にはなりませんでしたでしょうに……」
「…………ドロッ!?」
「はて──何か?」
「……っ! な、なんでもない!」
公爵による、愛しのベリンダに対する謎の呼び方に疑問をもったが、その圧力にエイダンは押された。
「───幸い、貴方様に要らないと言われて追い出されたフレイヤの事を知ってから、ずっと密かにフレイヤを気にしていてくれた方がおりましてね」
「なに?」
「正妃だろうと側妃だろうと貴方様の元に嫁ぐよりは、遥かに幸せにしてくれるでしょう。そう信じて私は涙を飲んで送り出すことにしました」
(……くっ! 愛しのベリンダの名前も正しく言えぬようなポヤン顔の公爵如きが! しかし、な、なんなのだ! 先程からのこの迫力は……)
エイダンの背中に冷たい汗が流れる。
「何より、新しい婚約はフレイヤ自身が納得し受け入れて頷いたのだから私に否やはありませぬ」
「フレイヤが頷いた……だと? ふ、ふざけるなよ! そんな婚約は私の手で潰し──」
「……出来ませんよ?」
「なに?」
その時、エイダンはハッと気付いた。
───ポヤン公爵の目が開いている! 普段その瞳の奥をなかなか見せることの無いリュドヴィク公爵の目が……開いている!
その瞳を真っ直ぐ見てしまい身体がブルッと震えた。
「エイダン殿下。残念ながら、私が愛しい娘を預けた方はそう簡単に潰されるようなお方ではありません」
「ど、どういう意味だ……? わ、私は、お、王太子だぞ!」
「……」
エイダンは震える声で聞き直すも公爵は答えない。
そしてそのまま目も閉じてしまいいつものポヤン公爵に戻っていた。
「さて、朝早くから無駄足、お疲れ様でございましたエイダン殿下。お帰りはあちらでございます」
「……くっ……無駄足」
「ああ、こんな早朝からの押し掛け迷惑料は陛下へとしっかり請求させていただきますので、ご安心を」
「んなっ!? ち、父上に!?」
「はて? 当然でしょう?」
「~~~!」
そうして、エイダンはあれよあれよとリュドヴィク公爵家を追い出された。
目的のフレイヤにも会えず、何処に行方を眩ませたのかも分からずに迷惑料の請求だけを突きつけられて帰城する事になった。
◇◇◇
まさか、エイダン様が迷惑極まりない早朝の突撃訪問をやらかしていることなど知りもしなかった私はその頃───
「───ああ、おはよう、フレイヤ嬢」
「お、おはようございます……シオン殿下」
食堂に現れた私を見たシオン殿下は朝から眩しそうな笑顔で挨拶をくれる。
私はなぜだか緊張してしまって上手く顔が見られない。
「よく眠れた?」
「は、はい」
「それなら良かった。昨日バタバタの状態で移動させてしまったから心配していたんだ」
「……殿下」
優しく微笑む殿下の顔を見ていたら、胸がドキドキした。
「生活していくのに不便な事があれば遠慮なく言ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
私が頭を下げるとシオン殿下はもう一度優しく微笑んだ。
「硬っ苦しいのは抜きだと言っただろう? さあ、まずは朝食にしようか? 席にどうぞ」
「は、はい!」
言われた通りに席について、朝食を摂りながら私は昨日のことを振り返った──
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